第22話 なぜここに来たのか?

「もしそうなら、あわてんぼうだな」

「使い慣れていないプリンターだったとか、そもそもプリンターに不慣れだったとか。宝を隠した人の特徴になるのかしら、これって」

「可能性は否定しないけれども、暗号を解くのには関係なさそう」

 瑠音は高谷の推測を認めつつも、やんわりと軌道修正を試みる。

「どんな人が隠したのかは確かに気になる。でも、最優先は暗号解読だよね」

「うん。……亡くなった人はどういういきさつからこの暗号文を手に入れたのかしら……」

 高谷はまだ気になっているらしかったが、ここは辛抱してもらわなくては。

「委員長~、班の中で一番成績のいい高谷さんに横道に逸れられたら、宿題が進まなくなるって」

「今やっているのは普通の科目じゃないから、あんまり関係ないと思うけど。それに私、ちょっと前から気になってはいるんだ。亡くなった人、寺北さんだっけ。その人のことも暗号解読に取り入れるべきなのかどうか。万が一、その人が暗号文を作った人と同一人物なら、記憶喪失になっていたことになるわね、とか色々考えてしまって」

 自分で暗号を作っておきながら記憶喪失により解けなくり、必死になって一から解読しようとがんばっていたのなら喜劇だ。その結果、病気とはいえ命を落としたんだとすれば、最早、悲劇である。

「記憶喪失なら、月子さんや応対に当たった人が気付いていると思う。専門医ではないけれども、お医者さんや看護師さんなんだから」

「そういうものなの? だったら……」

 どうにか丸め込んで、暗号解読に意識を向けさせた。早速、別の見方を示してくれる。

「逆から計算するのは流儀に反するからなしになるのかしら」

「逆って?」

「これまでのやり方が基本的には合っていると仮定して、さっき計算で出した地点も東経か北緯、どちらかは正解してるわけでしょ? だから東経を固定して地図を縦に見ていくか、北緯を固定して地図を横に見ていくかすれば、そのどちらかの線上に目指すお屋敷は建っているはず」

「理屈はあってるけど、それ試していたら、時間がいくらあっても足りない」

 間を置かずに否定したのは倉持。

「屋敷について何か特徴になる手掛かりでもないと、絶対に無理。いや、手掛かりがあっても厳しいんじゃないかなー?」

「流儀をどうこう言う以前の問題ってわけね。スーパーコンピューターでもない限り」

「暗号文を見た限り、屋敷の特徴ってのもないみたいだな」

 蒼井は念のためという風に、関連のありそうな文章を指でなぞりながら追っていた。やがて無駄と確認し、あきらめる。

「考えてみりゃあ、この暗号を書いた人って妙なところで親切だよな」

「親切?」

「だってそうじゃん。ちゃんとヒントを書いてくれている。たとえば世界遺産に紛れがあるっていう情報がなかったら、俺達は解読方法そのものが間違いだと判断して、他のやり方に目移りしていた可能性大だろ?」

「それは親切って言うんじゃなくて、宝を隠した場所を知らない人に知っている人が教える形なんだから当然なんじゃないの」

「それくらいは分かってるさ。直接教えれば済むのに、わざわざ暗号文にしているってことは、宝を隠した人もしくは暗号を書いた人と、暗号文を持っていた寺北という人は必ずしも仲間とは限らないってことが言いたいの、俺は」

 また寺北という人の話に戻ってしまった。瑠音は内心、ため息をつく思いだった。こうなったら流れに任せるほかなさそう。宝を隠した人と探していた人との関係性を探る内に、暗号解読につながるヒントが眠っていないとも限らないんだし。

 だけどその前に、大人の意見を聞いてみよう。

「野木村さんはどう思ってるの? 寺北っていう人の立場とか、いい人なのか悪者なのかも含めて、暗号の解読と関係あるのかなあ?」

「簡単には判断できない、けど」

 ためを作る野木村。宗久が立ち去ってからしばらくの間静かにしていたのは、何か思うところがあったからみたいだ。

「君達の話し合いを聞いていて、寺北という人の行動に、あれ?何で?という不思議な点があることに気付いたんだ」

「うーん? そんなのあったかな」

 瑠音はクラスメートに向き直って尋ねる。三人からはいずれも否の反応が返った。

「教えて、野木村さん。直に教えるのがだめなら、ヒントだけでも」

「どうしようか。今度のは僕も気付いたばかりで、疑問に対する答はまるで浮かんでいないから、直接教えるよ。まず再確認をしたい。寺北さんはここが地元じゃないんだよね?」

「ええ。月子さんの話では、どこかに泊まっていたんだって」

「それなら寺北さんは宝探しをする目的で、よそからここを訪れたってわけだ。どうしてここに来たんだろう?」

「それは……あれっ?」

 戸惑いが広がる。当たり前すぎて、最初からまったく疑わずに受け入れていた。

「な、不思議だよね。暗号文のどこにもT市のことは出て来ないし、解読しても今のところはT市が関係している気配は一切ない」

「寺北さんが独自に北緯と東経を計算して、出て来た答がこの周辺のどこかだっていう可能性はありますよ」

 倉持が言う。

「もちろんそれもあり得る。ただ、もしクラッチの言う通りだとしたら、寺北さんはもっと急ぐんじゃないかなとも思う。スコップを担いで解読の結果分かった屋敷に行って、そこから掘るべき場所を見付けようと奮闘している……。ところが聞いた話だと実際には、何かのんびりしている気がするんだよ。ここの診療所を訪ねて場所の確認をしている。何のために?」

「まさか、この家こそが計算の結果出て来た屋敷だとか?」

「蒼井君の言う可能性もゼロではないだろう。が、やはりのんびりしていると思う。道端で倒れたとき、スコップのような道具は持っていなかったことから、寺北さんはまだ掘る段階ではないと思っていたはずだよ」

「そうか……」

 間ができた。疑問に対する答を誰も持ち合わせていない。

 静かになるのを待っていたかのように、戸がノックされた。続けて月子の声が告げる。

「きりが悪いところかもしれないけれども、一段落にしてもらえる? 父と母の手が空いたから」

「あっ、はい。分かりました」

「それから、もうこのまま夕飯にするので、ざっとでいいから片付けておいてね。特に、例のメモ書きは大切に」

「はーい」

 お昼ご飯におやつにと、よく食べたつもりだったけれども、夕飯だと聞くとおなかが空いていることに気付く。ほとんど身体を動かしていないのに、頭を使うのって結構エネルギーを使うんだと瑠音は感じた。

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