第21話 一足遅い

「いいですけど、おじさん、声の調子が。うわずっているというか」

「うわずりもするさ」

 しゃべりながら入って来た宗久は、おほん、と改まった雰囲気で咳払いをした。

「諸君、謎の一部は解けたぞ。連なった『ん』と平仮名の『え』の謎だ」

「え?」

「驚くには当たらない。なーに、私も偶然気が付いたんだ。駅の床に東西南北を示す印が描かれてあったのを、何となく覚えていたんだな」

 得意げに語り始めた宗久を、瑠音が申し訳なく思いつつも止めに入る。

「あのー。宗久おじさん。東のEと北のNっていう話なら、タッチの差で解けたところ」

「ええ? そうなの?」

 目を見開き、ぽかんとする宗久。ついで、肩を落として大きく嘆息した。

「はあ~、遅かったか。これで役に立ってやれると思ったんだがなあ」

「でも、わざわざ来てくれてありがとう、おじさん」

「それは来ないと伝えられないから」

 ちょっと照れたように自身の顔を撫でる宗久。

「瑠音ちゃんがスマホ持っていたら、そちらに知らせたのに。それよりも今はどこで躓いているんだい?」

「すぐ次の段階よ」

 瑠音は計算した地点が海の中になってしまったことを伝えた。

「それでどの世界遺産が紛れなのか、求めなければいけないってわけか。ようし、今度こそおじさんが解く」

「無理しなくていいよ。忙しいんでしょ」

「天気次第だ。明日、全然動けそうにないくらい悪天候だったら休める。予報では微妙だがね。朝までにはピークを越えそうだから、あとは橋や川や道路に被害が出てないかどうか。いや、もちろん、被害なんて出ないことを願ってるがね」

 話している途中で不意に思い出したように、宗久が野木村を見た。

「休みになったら、近所回りだけでいいから車、走らせていいかい?」

「いいですよ。ただ、もしかしたら僕もこの子達の調べ物に付き合って、図書館などに行くことになるかもしれませんが」

「そのときはそのときだ。仕方がない」

 ではお邪魔したねと、宗久は足早に引き返していった。


 仕切り直しとなった暗号解読だが、とっかかりが見付けられない。ヒントが紛れというだけでは、何をどう調べればいいのか分からなかった。

「『紛れ』を辞書で引いても、特に手掛かりになりそうな事柄はなし」

 ぱたりと辞書を閉じる高谷。ネット検索はなるべく使わないという自分達で課したルール故、この家にある国語辞典を借りて調べたのだ。

「糸と分……関係ないか」

 蒼井のつぶやきを瑠音が拾った。

「いととふん?」

「いや、紛れって漢字を分解したら、糸と分になるってだけ」

「あ、言われてみれば。……でも、暗号解読には……」

「分解って言い出したら、どこまで分解するのかって話になるんじゃないかなあ」

 倉持が口を挟みつつ、ノートの白紙のページを開いた。そこにえんぴつで書き付ける。

「糸はさらに『く』『ム』『小』に分けられるし、分は『刀』の上に漢数字の『八』か片仮名の『ハ』がのっかっている形と言える」

「続けて読むと、『くむしょうはかたな』とか。意味をなさないわねえ」

 その後も紛れの『まぎ』は魔法や魔術を意味する『MAGI』ではないかとか、『紛れる』の英語表現を調べては、空振りに終わった。まさしく苦し“紛れ”だ。

「屋久島には『く』が含まれていて、姫路城には『しょう』が含まれていると言えなくもない。『刀』を片仮名の『カ』だと思えば、白神山地は『カ』を含んでいる」

「だから残りの法隆寺が紛れ? 全然説得力ないよ~」

 蒼井のこじつけ推理もあっさり却下。

「だったら班長、何か一つ、おっと思わせるようなこと言ってくれ」

「それができたら苦労してないってば。ただ、紛れを見付けることが目的になっているけれども、それだけじゃ足りないんだよね。代わりになる経度と緯度を突き止めなくちゃいけない。あ、計算に使うのは経度か緯度、どちらか一つだけでいいんだろうけれど」

 文化遺産のどちらかがが紛れとして外れる場合は緯度、自然遺産が外れるなら経度が新たに分かれば必要最小限の再計算はできる。

「そうなのよね。亡くなった人は、どこまで解読できていたのかしら?」

 高谷の言葉に、瑠音は月子との会話を思い起こした。

「全然、その辺りの話は出なかった。多分、何かに記録していたんでしょうけど、暗号文と同じかそれ以上に大事な物だろうから、メモにして隙間に押し込むとは思えない」

「そうかしら。他人の目からどっちをより隠しておきたいかと言ったら、解読の過程が書いてるメモじゃない? 身内の人にも秘密にしておきたいんだったら、そうなる」

「それもそうか……」

「難しく考えることはないんじゃねえの」

 蒼井が言った。お気に入りの場所になったのか、出窓の枠に腰掛けている。雨は強まりつつあった。

「多分だけど、亡くなった人は解読した内容、全部頭の中に入っていたんだろ。でなきゃ、全部、あの暗号文に書き足していたはずだ。矢印はあとから書き加えてあるんだからな」

「なるほどー。でも、東経とか北緯の数値まで覚えていられる?」

「それは調べたらすぐに分かることだから、数として覚えたんじゃなくて、世界遺産の緯度経度が重要だっていう風に覚えればいい」

「じゃあ、円で囲んで矢印っていうところだけ書き込んだのは何で?」

「前半部分の暗号とは無関係だってことを強調するため、かな。三文字が重要とかいうのは、屋敷を見付けてそこに行ってからの話だっていう」

「それって考えようによっては、プリントアウトした人のミスとも言えるんじゃあ……」

 倉持が思い付いて述べる。

「絶対に奪う、三文字が重要っていう文章を一番最後に持って来れば、余計な書き込みしなくて済むのに」

「そりゃやっぱり、お宝を隠そうっていう気持ちの表れじゃないか。間を空けることで、難しくなるように」

「もしくは」

 蒼井の反論を倉持ではなく、高谷がすくい上げた。

「暗号文をプリントアウトするときに何枚か作ろうとして、失敗したのかも」

「失敗?」

「ロール紙をセットするタイプのプリンターで、いっぺんに印字したあと、切る場所を間違えたとしたら? 最後の行に書いた文章が、冒頭になってしまうこともあるでしょ」

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