第20話 え・んの謎、解けたネ
* *
「分かったかもしれない」
席を外していた野木村が戻ってくるなり、叫び気味に言うものだから、瑠音達はきょとんとなった。
「分かったって、暗号? 暗号のどの部分が」
察しよく反応したのは蒼井。出窓の縁に腰掛けていた彼は弾かれてみたいにそこを離れると、野木村に近付いていった。
「もちろん、『んん』と『え』だ」
「ほんと? さっきからずっと考えているのに、何にも浮かばなくって。もう、『んん』に何か意味がないか検索してみようぜって言ったんだけど、女子勢に却下されたところだったんだ」
「もし仮に検索で何もかも分かったって、つまらないでしょ、少なくとも二十四時間は粘りたいと思ったのよ」
高谷が心外そうに説明した。
「なるほど。その心意気はいいと思うよ。でも蒼井君は蒼井君で、一刻も早く解読したいっていう気持ちの表れだもんな」
「そうそう」
「蒸し返すのはまた揉める元になるから、野木村さん、その新しくひらめいた意見を早く言って」
瑠音が促すも、野木村は口を開きかけて、また閉ざした。数瞬、間を取ったかと思うと、「僕に教えてくれっていうのは、ネット検索に頼るのと同じじゃないのかな」と言い出した。
「それはそうかもしれないけれど……正解じゃないかもしれないんでしょ?」
「だが自信はある。まあ、合っているかどうかは別として、僕のひらめきを君達で当ててみないか。ヒントを出すからさ」
「――どうしよう?」
瑠音は他の三人へと振り返った。
「答がそこにあるのに、試されるのはあまりいい気分はしないよね」
高谷が意見を口にする。
「でも野木村さんは班員じゃない。同じ班の人からこんな言い方されたら、早く言いなさいよってなるけれども」
「確かに」
倉持が同調し、付け加える。
「それに宿題として形にするときに、ここは大人の人から教えてもらいました、では全然しまらないよ」
「そうだよな。ネット検索で見付けましたと同じくらい、格好が付かない」
蒼井も自嘲を込めた言い種で同意した。彼らの言葉を受けて、野木村は瑠音に改めて聞く。
「さて、班長さんの判断はどうなる?」
「私は元々、自力で解きたいと思ってるから、もちろん受ける。ヒント、出してちょうだい、野木村さん」
「よしきた。ヒントと言っても、ほぼ答に近いんだけれどね。そうだな、二つの単語で表そう。ええっと……方位磁石とローマ字だ」
「方位磁石って、コンパスのこと?」
「そう。くれぐれも、円を描く道具と間違えないように」
余計なことを言いつつ、瑠音達の反応を楽しげに見守る野木村。
一方、四人の小学生は額を集めて相談に入った。
「方位磁石って言ったら、いかにも緯度や経度と関係ありそう」
「そこにローマ字……“方位磁石”をローマ字にしても仕方ないよねえ」
「方位磁石に書いてある字は?」
「それは当然、東西南北だろ」
「じゃなくて、英語。アルファベットでは北がNってなってなかった?」
「そうだそうだ。ノースのN。他は……」
「東がイーストで、西がウエスト、南はサウス。ローマ字じゃなくてアルファベットでいいのなら、EとWとSになる」
「そのEよ。ローマ字として考えたら『え』になるでしょ」
「あ。つながった。『え』は東の意味?」
高谷の推理にわっと小さく盛り上がる。瑠音はその考えを応用した。
「ていうことは、『ん』が一つ余計にあるのも、同じように考えればN。つまり北ってことになるのかしら」
「すっきりしたけれども、それが分かったからって、暗号の解読にどうつなが……」
蒼井が台詞を途切れさせ、次の瞬間、「あ! そうか」と暗号のメモ書きを指先で叩いた。
「北緯と東経、それぞれを差し示しているんだ。――当たりだよな、清順さん?」
「お見事。あっという間だったね」
軽く拍手してから野木村は子供達の輪に加わった。
「補足する必要はないと思うが、念のために言っておくと、『へいきんん値』とある文化遺産の方は北緯の数値を、自然遺産の方は平仮名『え』だから、東経の数値をそれぞれ計算に使えってことだろう」
「ようし、早速計算だ。クラッチ、頼む」
「任せて」
倉持がタブレットを使って、素早く計算する。
「全部読み上げるのが面倒だからざっとしか言わないけれども、北緯は34度48分ぐらい、東経は135度12分ぐらいになる」
「その緯度経度で示されるのは、地図上のどこ?」
瑠音の口調は急かし気味になっていた。倉持は例の地図サイトにアクセスして、緯度と経度を打ち込んだ。
「……あれ?」
画面いっぱいに水色が表示された。海か湖か、とにかく水上を表す地図上の表現だ。
「おかしいな。地面を意味する薄茶色が出ると思ったのに」
ぶつぶつこびしながら、画面サイズを調整していく。倍率を何度か下げて、ようやく大阪湾であることが分かった。
「最初に見たのとあんまり変わってないね」
「そうだな。ちょっと淡路島寄りになったか?」
「小さな島がある、なんてことはないのね?」
「うーん……完全に海だ」
倉持の言葉に当人を含めて、四人ともがっくり来ていた。
「野木村さ~ん。違ってたみたいだよ?」
「いや。考え方は合っているはずなんだ」
野木村の声は自信を保っていた。この結果に動じた様子は微塵もない。
「でも、現実を見ないと」
蒼井の反論にも、野木村は揺るがなかった。
「海になるんじゃないかなっていうのは、おおよその計算で見越していたんだ。だが、ヒントはまだあるじゃないか」
暗号文に一瞥をくれる野木村。つられたように瑠音も見た。
「紛れのことね」
「ああ。ここで生きてくるのが紛れのヒントだと思う。やっぱり、世界遺産のどれか一つは別の地点に置き換えるんだろうね。そしてそこの数値を使って、同じ計算をすればきっと地面のどこかになるさ」
野木村が楽観的な口調で言った直後に、廊下がまた賑やかになった。今度は何?と皆で扉を注目していると、程なくしてノックの音がした。
「えー、諸君。入っていいかな」
宗久の声だった。
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