第17話 侵入者の痕跡
額に手のひらをやった宗久は、少しだけ考える様子を見せたかと思うと、愛用の携帯端末を取り出した。
「実際のところ、片付けるべき仕事があってねえ。すきま時間ができたら考えてみたいから、その文章、写真に撮ってもいいだろうか」
「いいんじゃない?」
瑠音は班の三人とアイコンタクトしてから、承知した。
パシャッと撮影音をさせて暗号文を写真に収める宗久。
「あのー、くれぐれも流出させないよう、気を付けてください」
倉持の注意に、宗久は目をぱちくりさせた。
「はは、なるほどなあ。確かに、大事なお宝のありかに通じる暗号を、簡単に流出させるのはまずいな。最大限、注意を払うと誓おう」
機械を持った右手を小さく振りながら、宗久は退出していった。
「今のやり取りを聞いていると、宗久さんからはいいアイディアはまだ出ていなかったんだ?」
野木村が推測の確認をする。子供達を代表する形で、高谷が口を開いた。
「暗号解読をちょっとでも進めるっていう意味では、役立つアイディアは出なかったかもしれないけれど、この、あとで書き加えられた矢印の部分は信用していいんじゃないかっていう話をしてくれた」
その理屈をざっと説明する高谷。野木村は納得顔で大きくうなずいた。
「あの前書きみたいな部分を一度は疑ってみるという発想はなかったな。結果オーライみたいだからいいようなものの、これからはもっと細かなところも注意して見ないといけないね」
「細かなことで思い出した。暗号とは全然関係ないんだけどさ」
蒼井が野木村の方を向く。
「何?」
「さっき、外から車の音が聞こえたから焦ったじゃないか。あんなこと言ってたけれど、やっぱり出発するのかって思って」
「ああ、聞こえてたのかい。あれは駐車する場所をちょっと変えただけだよ」
ふくれ面になっていた蒼井を宥める野木村。そこへ倉持が加わる。不思議そうに首を捻りつつ、
「さっきまで蒼井君、そんなこと全然言ってなかったのに」
と疑問を呈した。対する蒼井は、クラッチ余計なことをと言いたげに口元を歪めた。
「騒ぎ立てるのもみっともないと思ったから、静かにしてたんだよ。座ってる場所のせいか、駐車場の物音が聞こえてきたのは俺一人みたいだったし」
空調の音にエアコンの駆動音が加わって、部屋のどこにいるかによって外からの音の聞こえ方に差があるようだ。
「それで宗久おじさんが話しているとき、蒼井君はほとんど会話に加わらなかったのね」
瑠音が思い出しつつ指摘する。
「おじさんと気が合いそうな感じなのに、ノリがよくなくて変だと思った」
「余計なお世話だ」
ふんとそっぽを向いた蒼井。そんな小学生男子に、野木村から別の質問が投げかけられる。
「外からの音が聞こえたというのなら、他に気が付いたことはなかったかなあ」
「他の音ってこと? んー、足音ぐらいだよ。あ、でも、入って来た感じじゃなくて、駐車場をぐるぐる歩き回ってる感じに思えた。砂利を踏んでいるようなずっ、ずっていう音が不定期に聞こえて来たから」
「それは僕が車を動かすよりも前だったか。それともあと?」
「車を動かすよりも前に聞こえた。あの足音って、清順さんのじゃないよね?」
「断定はできないが、僕は砂利の上をそんなに長く、ぐるぐるっていうほどは歩いていないつもりだけど。踏み石があったし」
「ねえ、野木村さん。いったい何を気にしているの?」
辛抱できなくなった瑠音が口を開いた。
「暗号に関係あるとは思えないんだけど」
「やあ、ごめんごめん。全然たいした話じゃないんだ。この荷物を取ってこようと車まで行ったとき、ドアのところがちょっと汚れていたのに目が留まってさ。土というか泥が渇いた感じで、子供が触ったあとみたいに見えた。あっ、君達のことを言ってるんじゃないよ」
四人からの視線を感じたか、野木村は早口で言い足した。
「汚れは乾いていたものの、着いてまだそんなに時間は経っていない雰囲気だった。多分、見慣れない車が止まっているのに気付いた近所の子供が、こっそり見に来たんじゃないかな。そう思って月子さんに尋ねたら、近所には小さな子供のいる家があるというから」
「そういうことだったの」
合点が行って首肯した瑠音。だけどそばにいた高谷には、まだ疑問が残っていた。
「そこまで納得しておいて、どうして今また蒼井君に聞いたんですか、足音のことなんて」
「はは。なかなかの目の付け所だね。僕自身、説明しづらいんだ。一応の納得はしたものの、納得し切れてはいないというと変かな。道端に一時駐車してあったのなら分かるけれども、明らかに人の家の敷地内に駐めてある車を覗きに来るなんて、今どきいるのかなあ」
「車好きならどうなるか分かりませんよ。僕、三年生の頃にはまったアニメがあって、そのキャラクターの絵が全面にデザインされた車を見掛けて、追いつけないと分かってるのにしばらく走って追い掛けたことあったくらいですもん」
倉持が体験談まじりに述べた。
「分かるよ。でもそれにしたってね。堂々と見てればいいじゃないか。子供なんだから、見付かっても逃げるか謝るかすればそれで済む。君達はそういう感覚にはならない?」
「ときと場合によるとしか……」
答えにくい質問に、瑠音達は逃げを打った。
野木村は腕を組み直し、「あくまでも空想、想像と思って聞いてくれよ」と前置きして、
「もしかしたらと僕が考えているのは、ハイエースみたいな車は、身を隠すのにちょうどいいんじゃないかってこと」
「隠れるって、何のために? 車を見るためじゃないんだとしたら……」
「まさか、この家を覗きに?」
女子二人の反応が早い。いやだぁと声を揃えた。
「何者かがこの家にできるだけ近付くために身を隠して、何かを見ようとしてたのなら、考えられることが一つあるんじゃないか?」
野木村は四人の子らを順に見つめた。蒼井がいち早く察した。
「清順さんが言おうとしてるのって、もしかして宝?」
「そうだよ」
ええーっ、と高い声からなる反応が起きて、野木村は一瞬、耳を塞いだ。
「他にも可能性はいくつかあるだろうけれど、一番に思い浮かぶのは、宝のありかを示した暗号文じゃないか?」
「考えてみれば……」
瑠音は、月子から聞いた暗号文を手に入れた経緯を思い起こしてみた。
「大八車に紙が挟まっていたのを知っている人は何人かいるだろうし、亡くなった寺北さんの知り合いの中には、宝探しをしていたことを知っていた人もいるかも」
「ちょい待ち。はいはい!」
蒼井が大きな動作で左右とも挙手している。瑠音への話かと思いきや、彼は野木村に質問した。
「清順さんの車にあった汚れって、子供が触ったような痕なんじゃないの? 俺達ぐらいの年齢だとしても、子供らだけでそんな見張るようなことするかなあ」
「そこは何とも言えない。子供かもしれないし、小柄な大人なのかもしれない。断定は避けさせてもらうよ」
「そういうのなら仕方がない。認めるしかないか」
畳に両腕を突き、足を前に投げ出す風に伸ばした姿勢になる蒼井。
「その痕跡は、もう拭いたんですか」
今度は倉持が野木村に聞いた。
「いや、まだだけど」
「もしもに供えて、その汚れの痕跡、撮っておいた方がいいんじゃないかなって」
倉持が半ば独り言のように言い、高谷が「取ってって、足跡の化石みたいに型取りしようっての?」と文字通り“取り”違えた。
「違うよ、委員長。写真で撮るんだ」
「あ、そういうこと」
ちょっぴり恥ずかしそうに顔を赤らめた高谷は、次に窓からの景色に目を移して――がばっと立ち上がった。
「ど、どうしたの?」
「写真撮るなら急がなきゃ」
鋭く言って、窓の方を指差す。
「雨よ」
つい先ほど降り出したばかりと見える雨は、一気に勢いを増し、さーっと音を立て始めた。そこに地面を雨粒が叩く音が加わって、途端に賑やかになった。
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