第16話 夢多き現実主義者


             *           *


 時間を少しだけ巻き戻す。


 おやつを食べ終わった瑠音達は、ごちそうさまをしたあと、自由研究に取り組むべく広間に戻った。

「ほんと、野木村さんがいて助かるかもしれないね」

 高谷が前と同じ場所に座って言った。

「経度と緯度がどんな計算結果になったとしたって、私達だけでは到底行けそうにない地点になるのはほぼ決まりだろうから」

「そうだね。けど、さっきの話し方では、この近所限定っていう感じだったわよ。島かどうかとは関係なしに、遠いところは無理っぽい」

「そこは瑠音、あなたがうまく言って」

「できるかな~?」

「清順さんは瑠音のところの下宿暮らしなんだろ? 家賃を下げるとか言ってみたら」

 これは蒼井の発言。他人事だと思って、随分とお気楽だ。

「無理無理。そんな勝手なことできないって。だいたいさあ、あの車を見れば分かるでしょ。野木村さんのご両親、絶対にお金持ちよ」

「そうか。下宿の家賃を下げたくらいじゃ、心は動かされないかな」

「宝探しにもっと興味を持ってくれれば、積極的に力を貸してもらえると思うんだけどな」

 倉持はタブレットを起動させ、宝探しや暗号解読に役立ちそうな便利なサイト――地図や謎解きのサイトを開いていった。

「やる気を起こさせるのに、確実な方法があるわね」

 高谷の話に、瑠音達三人が「どんな?」と注目する。

「前の前の彼女さんを見つけ出して、野木村さんに頼んでもらう。小学生の宝探しを精一杯手伝ってあげなさいって」

「そんな現実味の薄そうなこと言われても」

 瑠音が苦笑いを浮かべたところで、部屋の戸がそろりそろりと開けられていった。

「誰?」

「あちゃ、ばれたか。私です」

 一気に戸を開け、宗久が姿を見せた。早々に着替えて、浴衣を着流し風に身に付けている。

「おじさん、ノックぐらいして」

「悪かった、瑠音ちゃん。驚かそうと思ってゆーっくり開け始めたんだが、いいネタが思い浮かばなくて」

「そういうときは、先にびっくりさせるネタを考えてからにしてください」

「それよりも、面白そうなことやっていると聞いて、また顔を出したんだ」

 入って来た宗久は、瑠音の隣、少し距離を取って腰を下ろした。

「宝探しやってるんだって?」

「はい。おじさんも見たんじゃないの、急患の人が残していった物かもしれない紙」

「うん。その話だけは聞いてたんだ。急患の人が担ぎ込まれたときは、関東から東北に仕事で回っていたから、居合わせてなくてね。戻って来てからしばらくして見せてもらった。よく見ようとしたら、すぐに取り上げられたっけ。月子ちゃんは私が昔、宝探しの冒険家に憧れていたなんて話をしたのを覚えていたらしくて。私だっていい大人なんだし、今さら宝探しにうつつを抜かしはしないんだけどねえ」

「けど、子供の頃は憧れていたってことは、暗号なんかを見たら解きたくなるんじゃあ?」

 蒼井が言った。明らかに暗号をちょっと見て、いい案を出してよと水を向けている。

「どうかなあ。解きたいとは思うんだけどね」

 自信なさそうな言葉とは裏腹に、宗久は身を乗り出してきて暗号文に目を通していく。

「どこまで進んでるんだい?」

「まだまだです」

 瑠音と高谷の二人で、進展具合を簡単に説明した。

「なるほど、北緯と東経か。うーん、やはり頭が固くなっているなあ。私だったらそんな値を使うなんて思い付かないよ」

「まだこれで正解と決まったんじゃないですから……」

「それもそうか」

 肩を落としてどよんとしていたのが、ころっと明るくなる。

「何にしても、紛れとやらがどれのことを差しているのか分からないと、先に進めないわけだ」

「そうです。でも、全部試すっていうのはやらないつもりですけど……」

 倉持がちょっぴり遠慮気味に言った。

「いいね、志が高い。さて、大人として私が言えそうなことは何があるかな」

 宗久はそう言うなり、暗号の一番上を指差した。

「この『“宝”を奪う!』や『三文字が重要』は、今のところ無視しているんだね」

「ええ。矢印を信じていいと思いますから」

「ふむ」

「おかしい? 疑った方がいいですか、おじさん?」

 考え込む宗久の横顔を見て、瑠音は心配になった。

「いや、正しい判断だと思う。人に見られることを予想して書かれた物じゃないだろうからね、これ」

「人に見られることを予想……?」

 瑠音と蒼井と倉持とが顔を見合わせる。残る一人、高谷も眉間にしわを作って思案投げ首していたが、程なくして、閃いた!という風に人差し指をぴんと立てた。

「他人に見られるつもりがない、自分しか見ない物なのだから、嘘を書く意味がない、という意味ですか」

「はい、その通り」

 音を立てない形だけの拍手をする宗久。

「ただし、この暗号文を持っていた人がとても用心深くて、万が一落としたときや奪われた場合を考えて、嘘を書いていた可能性もゼロではないだろうがね」

「それを言い出したらきりがないような……」

 表情を曇らせる高谷や瑠音に対し、宗久は顔の前で手を振った。

「可能性はごく低いだろう。気にしなくていいレベルってやつだ。何故なら、落としたときのことまで用心しているのなら、この暗号文がそのまま読めるような形にしておくはずがないよ。全体に色んなことを付け足して、日本語として意味がさっぱり分からなくするぐらいのカムフラージュはやると思うね」

「それもそうかな……」

「集中的に考えるべきは、やはりいかにも誤字っぽい『んん』だろうな。『え』の方は正直言って分からんね。『え』に注目しろってことなのか……」

 腕組みをして首を傾げた宗久。

 瑠音達も静かになって考え込む。そのとき、廊下から足音が聞こえて来た。近付くのが分かる。

「野木村さんが戻ってきたみたい」

 呟いて戸の方を見る。入ってもいいかと問うてきた声はやはり野木村のものだった。小ぶりのナップサックを持って来た彼は、宗久の近くに座った。

「宗久さんも宝探しに参戦ですか」

「ん、まあ、ちょっと面白そうだと感じたのでね。これでお宝の正体がはっきりしていれば、もっとやる気が出るのだがな」

 野木村とそんな言葉を交わした宗久は、よっこらせと歳を感じさせるかけ声とともに立ち上がった。

「もう行くの、おじさん?」

「うれしいね、引き留めてくれるのかな、瑠音ちゃん。部屋に二人も大人がいたら気詰まりだろうから入れ替わろうと思ったんだが、いてくれって言うのならいるよー」

「うーん、いいアイディアを出してくれるのなら」

「たはっ、こいつは厳しい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る