第14話 かき乱されて
腰を上げて出迎えようとする月子だったが、彼女の行動よりも早く、男性が食堂に飛び込んで来た。
「ただいまー、月子ちゃん」
元気よく帰りの挨拶を口にした男性は、たてがみみたいな量の髪の毛があって、恐らく実際の身長以上に大きく見えた。目も大きい。瑠音をまず見付けた。
「おお、瑠音ちゃん、久しぶり。また背が伸びたかな」
身振り、動作も大げさで、欧米ホームドラマに登場するマイホームパパを思わせる。瑠音は慣れたもので、「宗久叔父さん、お久しぶりです」と頭を下げた。次いで、友達三名プラス下宿の住人一名を紹介する。
「私の友達で同じクラス、同じ班の高谷保奈美さん、蒼井悠季君、倉持寛海君。それから向こうの下宿に入っている大学生の野木村さん」
いっぺんに紹介された四人は、とにもかくにもお辞儀をした。
「はいはい、話は聞いてるよ。よいなあ、青春の第一歩って感じで憧れるシチュエーションだ。ああっと、野木村さんはご苦労だったね。長距離を送ってくれて、今度は足止めを食らうとは災難だとしか言いようがないが、命あっての物種だ。我々は歓迎するから、遠慮なく滞在してください」
「どうもありがとうございます」
エネルギッシュな宗久に若干気圧されながらも、野木村は再びお辞儀。
「そういえば表に駐まっていたハイエース、君の?」
「ええ、親のすねかじりの一つですが……」
「気にすることはない。かじれる内はかじって、あとでたっぷり、何倍にもして返せばいい。それよりもああいう車、私は好きでね。ちょっと見せてもらえないかなあと」
「はい、いいですよ。何なら少し走ってみませんか」
「ありがたい。話の分かる人も好きだ」
「叔父さん!」
場の空気をガラッと変えた宗久に、月子が釘を刺す。
「図々しいですよ。野木村さんは瑠音ちゃんの連れてきたお客様なんですから、ほどほどに」
「堅いこと言わないよ、月子ちゃん。当人がよいと言っているのだし」
「だめです。関西から戻ってすぐの今はお疲れでしょう? そんな状態で慣れていない車を運転するなんて、やめておいてください。医療関係者としても立場がなくなる、と父が嘆きますよ、きっと」
「それを言われると弱い」
途端にしゅんとなる宗久。何というか、起伏の激しい人だ。
「それにちゃんと子供達とも挨拶してくださいな」
「ああ、そうだった。ごめんごめん。私は白上宗久。月子ちゃんの母上の弟に当たる。さらに父上とは学生時分からの知り合いでね。病院で使うような機械を、まあ作ったり売ったりしているんだよ」
「そこはすでに話しています」
「あ、そうなんだ? 他に言うことは……ああ、未だに独身だ」
「それはいらない情報です」
「そうかな? ま、いいや。みんな、知らない人の家に来るのって緊張してるかもしれないが、ここの家の人はみんな怖くはない。全員が優しいとは言わないが、怖くないことは保証する。ただ一つ、私も含めて嘘だけは嫌いだ。だから、もしこの家の中で障子を破いたり花瓶を割ったり、何か失敗したとしても、隠さずに打ち明けてくれればいい。以上。分かった?」
最後になって急に問われ、子供らは「は、はい」と返事するのが精一杯だった。
「よろしい。では嘘をつかないと約束してもらったところで質問。同じ学校に好きな人はいるかな? いれば名前を言うように」
瑠音を含めた小学生はみんなざわつく。
「叔父さんっ、ほんとにもうい加減にしてください」
月子は宗久の肩に手を掛け、向きを換えさせると、背中を両手で押して廊下へ追いやった。
「アイス、食べたいのにな~」
「あとで持って行きます」
そんなやり取りが最後に聞こえ、月子だけが戻ってきた。
「どうもすみません。みんな、びっくりしたでしょ。いつもはあそこまでテンション高くないのだけれど、災害が近付いていて興奮しているのかも」
「見ているだけなら面白い人だなぁ」
蒼井は右手の甲を口元にあてがいながら言った。笑いを堪えるのが分かる。
「同類ってやつじゃないかしら」
瑠音が指摘すると、「冗談じゃない」と激しい身振りで否定した。
「営業の人があんな髪型で大丈夫なんですか」
高谷がまた現実的な質問を月子にした。
「ああ、普段はオールバックなのよ。さっきのは多分、仕事が済んだあとだし、汗もかいたからくしゃくしゃにかき乱したのよ」
「なるほど、そういう」
「野木村さん、真に受けなくていいですからね」
「は? あっ、車の件ですか」
「はい。叔父は若い頃、カーレーサーを目指していたと言っていて、車好きなんです」
「へえ。だったらあの人の性格なら、医療品メーカーよりも自動車関連の会社に入りそうだけど」
「尤も、別の機会には、船乗りになりたかったとか、遺跡を発掘したかったとか、陶芸職人になりたくて弟子入りしていたとか、全く違うことを言うんです。どこまで信用していいものやら」
「はは……多分、全部本当なんでしょう。車はまあ、今日明日は無理としても、このあと天気がよくなってから乗ってもらおうかなと思います」
「いいんですよ、相手にしなくても。そんなことに時間を使うくらいでしたら、瑠音ちゃん達のお手伝いをしてやってほしいわ、なんて思うんですけど」
月子に話を振られ、瑠音達は野木村に対し、うんうんと首を縦に振った。
「手伝いったって、僕のあんまり柔らかくない脳みそが、どれほど戦力になるのか」
「暗号の解読だけじゃありません。みんなの足になるんです。移動手段としてのお手伝い」
「ああ、分かりました。調べ物をしに、図書館や博物館のような施設にね。オーケー、やりましょう。絶海の孤島に向かえ、なんてことにならない限り、付き合えると思う」
明確に引き受ける意思表示をした野木村。瑠音達は「やった」「万歳」と喜びを隠さない。
「これは気に入ってもらえたことになるのかな」
野木村は電話で話した内容を思い起こしながら、ぽつりと言った。
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