第13話 なるべく正攻法で行こう
食堂に行くと、冷たい飲み物と皿に盛ったアイスクリーム、焼き菓子を出してくれた。
「何かもう、すみません。僕まで」
野木村が改めて平身低頭するのを、月子はかまいませんとこれも改めて言った。
「それよりも」
食べ始めようとしている瑠音達に向けて、月子が話し掛ける。
「夕方の挨拶の話なのだけれども、夜にまで延びるかも」
「えっ、何で?」
「明日、天気が悪くなるから、今日の内に診てもらいたい、薬を出して欲しいっていう患者さんが大勢来ていて、大わらわみたいなの」
「それだったら仕方ないです」
「早く挨拶して、緊張から解放されたいのになあ」
緊張から一番縁遠そうな蒼井が言った。月子は自身もテーブルに着き、アイスを食べながら続ける。
「その代わり、叔父が早めに帰ってくることになったから、挨拶してね」
「おじ、さん?」
手を止めて聞き返す蒼井。もちろん瑠音には、誰のことだかすぐに分かった。
「
「今日、ちょうど関西方面に営業で行って、本来はもっと遅くまでいるはずだったけれどもこの荒天でしょ。最低限の仕事を片付けたら戻るようにって会社から言われたらしいわ。もうこちらの駅に着いて、会社に報告したと聞いたから、小一時間もすれば戻って来ると思う」
「ねえ、瑠音。その宗久おじさんて、何の会社の人?」
高谷に問われた瑠音は、月子の顔を窺いながら答えた。
「医療機器の営業担当、だったよね?」
「ええ」
「営業社員と聞くと、汗水垂らして歩き回って、契約取るまで帰ってくるな!って命令されているイメージだけど、天気が荒れそうだとちゃんと呼び戻してもらえるんですね」
倉持は偏ったイメージを抱いているようだ。
「宗久叔父さんは技術的なことをよく分かっていて、重宝されているのよ。商品の説明は分かり易くて評判だし、使ってくれる医療関係者の声をくみ上げて、メーカーへ改善の提案もしている」
「おお、何か凄い」
瑠音や男子達は素直に感心したが、高谷は慎重というか疑り深いというか、「その評判はどなたが言ったんでしょう?」とつっこんで聞いた。これには月子もおかしくてたまらなかったらしく、噴き出した。
「あははは、安心してちょうだい。叔父さんの自画自賛じゃないから。ちゃんと同僚の人から聞いた話よ。父も関係者から評判を聞いているし」
「失礼しました」
ひょこっと頭を下げる高谷。
「委員長の男を見る目は厳しいなぁ」
蒼井が混ぜっ返すも、素知らぬふりでおやつに戻った。
「それにしても天気は医療にも影響を及ぼすんですね」
感心した口ぶりで言ったのは野木村。
「これはもし仮に宝探しがうまく行かなくても、病院の大変さを伝えるレポートは書けるかもしれないよ」
「そうだわ、宝探しの暗号はどうなっているの?」
「世界遺産の場所を調べて、東経と北緯の平均を出すのかと思ってやってみたけれども、うまく行かない感じ。遺産の一つが紛れっていうのもまだ分かっていないし」
瑠音が口火を切って答え、高谷や倉持が補足説明に回る。
聞き終えた月子は、スプーンですくったアイスをそのままにして、しばし考え込む仕種を見せた。
「場所をここだって一つに特定するには、緯度と経度が一つずつあればいいのよね。計算で出したのは東経も北緯も二つずるあるから、どちらか一つを使うんじゃない? 文化遺産の方から一つ、自然遺産の方から一つという風に」
「――それだっ」
口をもぐもぐさせてから蒼井が言った。
「理にかなっているっていうやつ? 二つから一つに絞り込むにはそれしかない」
「合っているとして、どちらの東経を選んで、どちらの北緯を選ぶのかを決定しないと」
「そんなのの、全部試せばいいじゃん。たったの二つだろ? 文化遺産の緯度と自然遺産の経度を組み合わせたのと、自然遺産の緯度と文化遺産の経度とを組み合わせたのと」
「いや、それで二箇所が浮かび上がったとしても、二つ候補がある状態は元と同じじゃないの」
「それはそうだけど……」
「まさか、二箇所とも現地に行ってみるなんてことはできないだろうし」
瑠音はそう言いながらも、一応、野木村の顔を見た。瑠音から見られていること、そしてその意味に気が付いた様子の野木村は、ぶるぶると顔を振った。
「どこの地点になるかまだ分からないけれども、そんなあちこち回るのは無理だと思うよ。さっきの計算では一つが海だったから、今度もどちらかは海、あるいは島になる可能性が高そうだし」
「だよねえ」
「そもそも、分からないから全部試してみようっていうのは、暗号の解き方じゃないと思います」
突然、倉持が主張した。
「やるとしてもそれは最後の最後の手段。できる限り暗号を解いて、正解を見付けていくこと。これが本道であり王道じゃないですか、蒼井君?」
「分かってるよ、俺だってそんぐらい」
肩をすくめる蒼井。
「クラッチ、意外と熱血だったのな」
「キャラに似合わないことしてるなって?」
「別に批判してるんじゃないぜ。俺もそういうのは好きだからさ」
意見、いや、志の一致を見たところで、本題に戻る。
「どっちが東経で、どっちが北緯かを決めるための手掛かりは、『紛れ』か、『んん』、平仮名の『え』のどれかなんだと思う」
瑠音が班長として言った。異議はなし。
「この内、『ん』連続と平仮名『え』は二つで一つ、セットの可能性もあると見たんだけど、どうかな」
「そうね、同感だわ」
高谷がすかさず賛成する。
「逆に『紛れ』の方は多分、単独っていうか独立している。他の二つのどちらかとセットになることはないでしょうね」
「むしろ、『紛れ』は緯度と経度に関係してきそうで、嫌な感じがするよ」
今度は倉持。
「どれか一つ世界遺産が使うべき数値じゃないってことだとしたら、計算をやり直さなきゃいけない。それはまあ平均を出すくらいなら簡単だからいいとして、紛れではない、正しい緯度経度はどこを見たら分かるんだろうっていう……」
語尾が消え入る倉持。その原因は発言に自信がないからとか言うべきことがまとまっていないからとかではなく、足音がどたどたと近付いてくるのが分かったからだろう。
「あ、帰ったみたい、叔父さん」
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