第12話 絵のない宝の地図

「考え方のポイントと言うからには、私達の考え方が誤っているということなのですね」

 高谷がショックを隠しているのか、固い調子で言った。

「いや、だからまだ分からないって。それにたいした発見じゃないんだ。この紙――」

 野木村はテーブルに置いたままの暗号文を、人差し指でとんとんと叩いた。

「宝のありかを示す暗号文だという思いが先に来て、つい忘れがちになったかもしれないけれど、見方を変えれば宝のありかを示す地図であってしかるべきなんじゃないか」

「地図……絵のない地図?」

 瑠音が呟くと、野木村は「うまいこと言うね」と微笑した。

「まさしく絵のない地図だとしたら、この暗号文は何を使えば最も正確に建物の位置を表現できるだろう? こう考えたとき、一番に思い付くことがあるはずだよ」

 瑠音と高谷と蒼井と倉持、四人はそれぞれが考え、そしてほぼ同時に思い当たった。

「GPS?」

 この答に、野木村の表情は少し苦笑いになった。

「そうか、君達の世代はGPSって表現するんだねえ。同じことだけど、経度と緯度と言って欲しかった」

「うん、それが言いたかったんだ」

 本当にそう思っていたのかどうか分からないが、言い切ったのは蒼井。彼は倉持に顔を向けた。

「よし、クラッチ。四つの世界遺産の経度と緯度って調べたら分かりそうか?」

「ちょっと待ってよ……全部同時なんて無理だろうから、一つずつ……分かり易そうなのは建物の方かな……」

 ぶつぶつ言いながら、キーを叩く倉持。少し時間を要して、まずは法隆寺と姫路城それぞれの緯度及び経度をネットから見付けてきた。


  法隆寺:北緯34度36分51.63秒  東経135度44分3.4秒


  姫路城:北緯34度50分21.96秒  東経134度41分38.02秒


「同じ関西にあるから、数字の上でも近く感じるね」

「次は屋久島にしよう。山地よりも島の方が範囲が狭いから、見付けやすいはず」

 今度はさらに時間が掛かったが、それでも見付けてきた。


  屋久島:北緯30度22分16.5秒  東経130度39分56.9秒


「最後は白神山地だけど、どこを中心に取ればいいのか……」

 検索を始めてすぐさま倉持は困惑気味に言った。タブレットの画面には、地図が大きく映し出されている。

「何だこりゃ。確かに困ったな。広い」

「屋久島の場合はどこを基準にとってみたの?」

「えっと役場だよ」

 高谷の問い掛けに倉持は即答した。

「白神山地には役場はないようだから……ああ、これなんか行けるかな。だいたいの中心みたい」

 そう呟くと、倉持は数値を読み上げた。北緯40度28分、東経140度7分。

「桁数が違うのね」

「うんまあ、仕方がないよ。とりあえずはこれで」

 曲がりなりにも数値を導き出したことで、道が開けたような気がしてくる。

「これを元にして、文化遺産同士の平均値を求める。『ん』が一つ多い件はとりあえず脇に置くとしてよ」

 高谷は自ら手計算を始めた。

 その間に、瑠音は自然遺産についての意見を述べてみることに。

「自然遺産の方も変わった言い回しをしているけれども、『え』を地図と解釈したら、平均値を求めよっていうのと同じことを言っている気がする。地図を二枚重ねて、その間を取るようなものでしょ」

「じゃあ、計算してみるよ」

 倉持はタブレットの電卓機能を起ち上げると、ややおぼつかない手つきで数を打ち込んでいった。仮名文字を入力するのに比べて、数は打ち慣れていない様子がありありと分かる。

 二人の計算はほぼ同時に結果が出た。

「桁数を揃えるために、文化遺産の方も秒の値は四捨五入って言うか、計算結果が整数になるように適宜丸めてみたわ。平均を取ると、北緯34度48分、東経135度12分といったところね」

「秒を捨てるんだったら、僕がやった自然遺産の方はおおよそ、北緯35度25分、東経135度23分だね」

「……で?」

 蒼井が言った。

「これを地図の上に取ったらどうなる?」

「地図上の二点を示すことになる。うーんと、ここと……この辺り」

 倉持が画面に表示させていた地図は、緯度と経度を入力すればその地点にクロースアップしてくれるサイトの物だった。

「大阪湾の中と京都の……山の中になるのかな?」

「ちょっと待って。二箇所ある時点でおかしいでしょ。示される建物は一つのはずなんだから」

 瑠音が至極当然の意見を出すと、蒼井が大阪湾の方を指差して、「海の中に建物があるとは思えないから、京都の方を採用すればいいんじゃないか」と応じた。

「それだったら片方の計算はいらなかったってことになる。文化遺産の方だっけ?」

「そうね。これが紛れを意味しているのかしら……」

 確かに、暗号によれば、世界遺産四つの内の一つが紛れだと言っている。

 瑠音は首を傾げた。

「それもおかしい。二つが紛れって言うのならまだしも、一つしかないっていうのなら辻褄が合わない」

「その通りだわ。――野木村さん、何か気になること、ありませんか?」

 高谷は話を野木村に振った。行き詰まりを感じたのかもしれない。

 唐突に問われた野木村は、「言われる前から考えてはいたんだけどね。今のところしっくりくるアイディアは浮かんでいない」と答えるにとどまる。それから時計で時刻を確かめた。

「ぼちぼち三時になる。休憩にしよう」

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