第11話 ことのは遊びと試行錯誤
「“充分に議論をして結論が出る状態に至ったこと”ぐらいの意味だったと思う」
「じゃあ何と勘違いしてるのかしら……」
「『行き詰まる』でしょ、多分」
話の脱線を、高谷ももう止めずに、乗ってきた。
「本来、議論が迷走して結論が出そうにないことを言い表すののは『行き詰まる』でいいのに、『煮詰まる』を使うようになったのは恐らく、鍋を焦がしてしまったときの経験が頭のどこかにあるからなんじゃないかと私、思うのよね」
「あー、鍋をコトコトやってて、他のことに気を取られて火を止めるのを忘れるっていう」
「そう。ああなったらもうどうしようもないって感じよね」
「間違いやすい言葉っていえば」
蒼井も参戦。暗号解読はひとまず棚上げになった。
「俺、前から不思議なんだけど、『役者不足』ってそんなに間違えるかね? どこからどう見たって、役者の数が足りないとしか解釈できないんだけど」
「蒼井君、意外と素直だねえ」
高谷が珍しく茶化し気味に反応した。
「意外とは余計だろ」
「『役不足』って言葉があるからとしか言えないわね。でもまあ『役者不足』を役者としての力量が足りないっていう風に捉えれば、身に余る重い役目を与えられたことを意味すると言えなくはないでしょ。『役者が違う』なんて表現もあってその意味からすれば、役者イコール人ではないのは明らかだわ」
「だったら『役者不足』なんて言わず、『力不足』でいいじゃん。字の節約にもなる」
「何でもかんでも短くすればいいってものでもないけれどね」
「無理にややこしくして、分かりにくくなるくらいなら、『力不足』に統一すりゃいい」
「――分かりにくいって言ったら、『情けは人のためならず』も分かりにくい言い回しだと思う」
瑠音が言った。ちょうどいい例を思い付いた。
「“情けを掛けることはその人にとってよくない”というのが誤用で、本来は“人に情けを掛けておくと、いずれ回り回って自分にとってよいことにつながる”ぐらいの意味だっけ。どこが分かりにくい?」
「分かりにくいって言うか、分かりにくくしているのは、『ためならず』だよね。私らからすれば『ためにならない』って受け取って当然だもの。ここをちょっと言い換えるだけで、ちゃんと伝わるのにって思ってた」
「どう変えよう?」
「『情けは人のためにあらず』。これだけですっごく分かり易くなった気がするんだけど、私だけ?」
「なるほどー」
拍手がぱらぱらと起きたところへ、部屋の戸がノックされた。「はい?」と皆で応じると、野木村の声で「入っていいかい?」と返ってくる。
「いいよー」
「じゃ、お邪魔するよ。何だか言葉の意味についてしゃべっていたようだけれど、宿題のテーマ、早くも変更かい? 簡単にあきらめずに、粘り強くやんなきゃいけないよ」
「いえ、あきらめてはないってば。ていうか、私達の話、聞こえていたんですか」
「声、結構大きくなってたよ」
指摘されて、やばっ、と瑠音達は顔を見合わせた。
「気を付けなくちゃ。それよりも野木村さんも泊まらせてもらうことにしたって?」
「ああ。こんなに親切にしてもらっていいのかと思うぐらい、すんなりOKしてくれた。真面目な話、こちらでも大きな被害がもし出たら手伝わないといけないな」
「縁起でもないからやめようよ、そういう話」
「あはは、ごめんごめん。天気予報ではそんなことは言ってなかった。心構えをしておくに越したことはないって意味。あ、三時になったらおやつを用意してくれるって、月子さんが」
「やった!」
若干、だらーっとした空気になりつつあったが、おやつと聞いて復活した。
「宝探しの暗号解読はどうなってるのかな」
「うーん? 何か意見はたくさん出た気がするんだけど」
瑠音は高谷の顔を見た。彼女は記録を取っているノートに目を通し、そうねとうなずく。
「まだまだだわ。事実を確かめただけって感じです」
「どれ、暗号を見せて」
野木村があぐらを掻いて座る。蒼井がその手前に暗号文の書かれた紙を滑らせて送る。
「四つの世界遺産が分かった段階か」
「確実なのはそれだけで、どれが紛れなのかは不明のままです」
高谷が言うのへ被せるようにして、蒼井が質問する。
「清順くらいになると、日本で最初の世界遺産がそこにある屋久島や法隆寺などの四つだっていうのは常識?」
「いやあ、どうだろう。ここに書いてある四つが世界遺産だということは知っていたけれども、日本で最初に登録された物かどうかっていうのは、はっきり記憶してはいなかったな」
「そうなんだ? じゃあ、この暗号を作った奴も、思い付きではなく、色々調べてからこういう世界遺産をヒントに入れた暗号にしたのかなあ」
「ふむ。目の付け所は面白い。けど、僕が知らなかったというだけで、常識じゃないというのはちょっと言い過ぎだろうね。月子さんから聞いたのだけれども、この紙を残した可能性が高い急患の人って、若いと言っても僕よりは年上だったそうだし」
「あ、その人の名前、関係あるかも?」
倉持が叫ぶように言った。
「僕は名前までは聞かなかったよ。瑠音さん、君は聞いてるんじゃないのかな」
「あ、えっと確か寺北さん。寺北保仁という名前を聞いたわ。委員長、えんぴつと紙、借りていい」
「もちろんいいわよ」
「ありがとう。――こういう字を書いて、寺北保仁」
最初に聞いたときは漢字まで気にしていなかったが、何度か月子と電話で連絡を取り合う内に、再び話題に出て何となく字面まで聞かされていたのだ。
「名前は四文字。世界遺産の数とおんなじだ。一つの漢字が一つの世界遺産に対応する、なんてことはないかなあ? 漢字の画数がそれぞれの数値になるとか」
倉持が早口でまくし立てる。が、漢字一つに世界遺産一つを結び付けようにも、手掛かりゼロだ。
「たとえば、一番北になる白神山地が『北』に対応……ぴんと来ねえ」
否定的な見解を述べた蒼井に続き、高谷が口を開く。
「画数を数値とするなら、平均を取っても、あんまり元と変わらないわね。四から九の狭い範囲に収まる。何て言うか、暗号らしくないような」
「そうか……確かに、これで計算して出る答は一桁の整数か、0.5の入った数。次の建物の場所を示すんだとしたら、番地にも電話番号にもなりそうにないや」
見込みがなさそうと判断したら、思い付きに執着することなくすぐに次に移る。粘り強さとは正反対の性質だが、これも宝探しには必要な才能かもしれない。
「そうか、世界遺産から何かを導き出したら、それはまた別の建物を示すのか……」
今になって気が付いたという風に野木村はつぶやき、顎をさすった。
「野木村さん、何か分かったの?」
「分かったというのはまだ早いな。考え方のポイントを掴んだかもしれない」
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