第10話 つまらない洒落に詰まる議論

「いやいや、何で謝るんですか。そんなことしなくていいですよ」

 野木村は口元に右手の甲をあてがいながら言った。

「このふられたばかりの男でも役に立てるのなら、協力します。お昼ご飯のお礼には足りる?」

「足ります足ります。むしろこちらこそお昼だけでは足りない。今晩からしばらくいてくれるんですよね、野木村さん?」

「はあ、協力するからには当然そうなるかと」

「だったら、おられる間、なるべく快適に過ごせるようにさせてもらいます」

「お気遣いなく。この子達と同じ扱いで充分ですから」

 野木村は瑠音達の方を見た。

 状況をすべて飲み込んだ瑠音と高谷は、一旦顔を見合わせてから月子の方へと振り返り、声を揃えて言った。

「私達の扱いをグレードアップしてくれてもいいですよ、月子さん」


 形の上では、月子が野木村にお願いして引き留めたのではなく、あくまでも実際の天気と今後の予報とを考え合わせ、野木村が彼自身の判断で関西行きを中断し、しばらくいさせてほしいと言い出したことにしなければならなかった。

 無事に野木村も泊まれるように、家の者に早めに話しておく必要があると、遅めの昼食の席に月子と野木村二人して出向くことになった。

 一方、瑠音と高谷は月子の部屋を訪ねた目的の一つ、インターネットにアクセスするツールを無事に手に入れて、広間に戻ってきた。

「このタブレットって、誰の?」

 テーブルに置かれたそのツールを見て、倉持が聞いた。

「野木村さんが持って来た物よ。貸してもらえたの」

「使い放題?」

「うーん? そこまでは聞かなかったわ。でもまあ、野木村さんは他にスマートフォンも持っているし、割と自由に使わせてくれそうな雰囲気だった」

「いいから、早く調べようぜ」

 蒼井が急かす。が、言葉とは裏腹に、手は全く動いていない。他人の持ち物に触ることに極度に慎重になるタイプなのだ。

 結局、瑠音が電源を入れた。あとは四人の中で一番機械慣れしている倉持が受け持つ。何はともあれ、インターネットに接続し、検索窓のあるページに移動した。

「何から調べよう?」

「もちろん、日本で最初の世界遺産よ」

 瑠音の声に応え、倉持は“日本初”“世界遺産”と言葉を打ち込んでいき、検索を実行した。

「あ、出た。一番よさそうなのは……これかな」

 倉持が上から四つ目ぐらいの検索結果を押した。

「ちょうど欲しい情報が揃ってるよ。日本で最初の世界遺産は、四つが同時に登録されたみたいだ」

 倉持が画面を指差すのに合わせて、みんなも額を集める。やや窮屈な感じになって、「どこ」「どれ」と画面上に目線をさまよわせる。

「ここよ」

 高谷が冷静に人差し指で示した。

「ええっと、屋久島と白神山地が世界自然遺産、姫路城と法隆寺が世界文化遺産として登録された、か」

「一九九三年て、随分昔だったんだ」

 そのサイトにある文章を読み始める蒼井と倉持、そして瑠音。

 高谷は一歩引いた立場で、「ちょっと」と三人に声を掛ける。

「読んで知識を深めるのも結構ですけど、とりあえず暗号を優先に考えることにしなくちゃ」

「それもそうか」

「てことは、次に考えなきゃいけないのは……」

 倉持が暗号文に視線を一度移す。

「日本で最初の世界遺産が四つであることは、暗号に書かれていた通りだった。問題は、どれが紛れなのかってことだね」

「そうなるよな。けど」

 蒼井はしばらく無言で考え、程なくして頭を掻きむしった。

「分かんね。ヒントらしきフレーズ、何にもないじゃん」

「そうね。紛れがあることを言っておきながら、次はもう別のことに話が移ってしまっている感じ」

「ヒントがないんじゃあ、どうすればいいのかしら。四つの世界遺産を一つずつ、偽物と見なして試せってこと?」

「うーん、試すとしても、何をどうすればいいのか、つかみどころがないって気がするよ」

「そういや、『ん』の連続や平仮名の『え』はどうだったのさ? 間違いじゃなかったのかどうか」

 蒼井に問われて思い出した。瑠音が答える。

「安心して解読していいわ。元の文からそっくりそのまま書き写した物で、どこにも誤りはないって」

「そうだったか。やっぱりな、しっかり者って感じだもん月子さん」

 分かった風な口をきく蒼井。瑠音は笑いをこらえるのに苦労した。

「ついでにだけど、野木村さん、関西の方に出発するのを遅らせるんだって。早くても明後日以降になる見込みだって言ってた」

「そんなに天気悪いのかよ」

 蒼井が言い、倉持がネットでニュースを調べた。

「――おわ、天気が悪いのはほんとだよ。ほら、川が流されている」

「え? ああ、川じゃなくて橋ね」

「あ、間違えた」

 わけの分からないことを言われて一瞬面食らった瑠音だったが、画面を覗き込んで理解できた。どこかの河川敷が水浸しになり、橋の脚には流木や水草が大量に絡みついている。さっき倉持が言ったように、橋そのものが流されている箇所もあった。雨粒はタブレットの小さめの画面で確認できるほどに大きく、また降り方も激しい。

「これは行かないのが正解だ。清順がここを通るかは知らないけれども、ここみたいな場所を通るのなら水陸両用ジープでも無理、危ない」

「はい、軌道修正!」

 大雨のニュースに見入る瑠音達三人に、高谷が声高に言い、手を打った。

「はいはい、宝探しの暗号解読ね」

「ひとまず、役割を決めましょ。倉持君は検索して調べる。私は宿題として提出できるよう、記録を取っていくわ。瑠音と蒼井君は暗号文を見て、思い付いたことをどんどん言って」

 てきぱきと決める高谷。その勢いのせいか、誰も反対せずにいた。

「本来なら班長が決めることよ」

「すみません……穴埋めってわけじゃないけれども、思い付いたことがあるわ」

「いいじゃない。言ってみて」

 えんぴつを構える瑠音。倉持もキーを叩く準備。蒼井は、自分も何か見付けなければいけないと、腕組みをして考え始めたらしい。

「ナチュラルって自然を英語で言ったものだよね」

「そうね」

「カルチャーはまだ習った覚えがないけれども、確か英語で文化のことだったんじゃないかなーって」

「ああ、なるほど。言いたいことは分かったわ」

 表情を明るくする高谷。二人の男子はまだぴんと来ていないらしく、首を傾げることしきりだ。

「何の話を知るんだか、さっぱり分からねー」

「ほら、世界遺産について調べたときに、言ってたはずよ。屋久島なんかは世界自然遺産、姫路城のような人の手で作られた物は世界文化遺産だってこと」

「おおー、すげえ。来たーっ!て感じだ」

「いや、そこまで凄くはないから。単なる英語の問題」

「でも、暗号解読の第一歩を踏み出したのは確かだろ。文化遺産同士は平均値っていうかへいきんん値を取り、自然遺産同士は絵のような物を重ねてその中を取ればいいってわけだ」

「でも、世界遺産の平均値と言われてもねえ」

 高谷は倉持の方を見た。

「何かない? 特徴的な数値みたいなものが」

「もちろん世界遺産一つ一つにはあるよ、広さとか高さとか古さ。だけど当然、てんでばらばら。何を採用して計算すればいいのか分からない時点で、違う気がする」

「共通する何かがありそうだって言いたいのね」

「うん」

 そこからしばらくはみんな唸るばかりで、たいした意見は出て来ない。せいぜい、蒼井が、

「白神山地って、別の字を当てたらおまえの家になるよな」

 と瑠音に向けて言い出したときが変に盛り上がったくらい。

「何のことよ?」

「しらかみさんちという発音、しらかみさんの家という意味にも取れるだろ」

「くっだらな~い」

 当事者の瑠音は一蹴したけれども、倉持は「駄洒落としては悪くないと思う」、高谷は「それなら私の家もどこかにあるかな、たかやさんちって」と面白がって反応した。

 ネタはあっという間に尽き、仕方がないので“日本の世界遺産”“平均値”や、“日本の世界遺産”“絵はがき”といった組み合わせでネット検索をしてみるも、特に芳しい成果は上げられず。

「早くも煮詰まった感が」

 瑠音がぼやき気味に呟くと、倉持が「――その単語の使い方、おかしいよ。『煮詰まった』」と食い付く。

「あ、そうだっけ。聞いた覚えあるんだけど、記憶があやふやで」

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