第8話 宝が何かは分からないけれど

「それは面白そうだけど、宝探しなんて宿題になるのかな。ごっこ遊びみたいに思われないかしら」

 懸念を表すと、月子は意外と気楽な口調で答える。

「問題ないんじゃない? 紛れもない事実なんだし、旅先で亡くなった人の無念と想い、見たいな切り口でもいけると思うわよ」

「うーん、まあ、そうも言えるよね」

 多少強引な理屈ではあるが、瑠音は肯定的に捉える。内心、宝探しという言葉には彼女もわくわくしていた。

「さあどうする? 私は忙しくて探すのをずっとは手伝えないし、多分、結構難しい暗号みたいだから、解けないまま夏休みが終わる可能性も高いかもね。それでもやってみると言うんだったら――」

「もちろんやるっ!」

 蒼井が一人、勝手に先走った。元気いっぱいの返事のあと、瑠音達三人へと向き直り、「やるよな?」と同意を求めてくる。

「私はやってもいいわよ。ううん、やりたい」

 高谷が賛成を表明すると、倉持も「恐竜も気になりますが、レア度で言ったら宝の方が上回りますから、断然宝探し」と続き、残った瑠音も「反対する理由がない。宝が何なのか見たい」とこれまた賛成。全員一致だ。

「本当にいいのね。二日掛けて議論して決めようとしていたテーマを、宝探しに変更しても?」

「いい。全然問題ない」

 むしろ決めていなくてよかったという気がする。テーマを決めていたなら、現地に着いてから急に他に変更するには一悶着あっても不思議じゃない。

 意見はあっさりまとまった。月子はメモ書きを渡す前に「それじゃあ一つだけ、約束というか、覚えておいて欲しいことがあるの」と言った。

「月子さん、何?」

「もし本当に宝物が見付かったとしても、そっくりそのままみんなの物になるわけじゃないってことよ」

「あ、そか。そりゃそうよね」

 瑠音がそれは当然だわと納得する横で、高谷と倉持が「確か……拾得物と同じ扱いになる?」「土地の持ち主にも権利が」なんて話をしている。

「何でもいい。全然気にしないぜ。宝探しの謎を解くことに意味があるんだからな」

 蒼井が言い切った。

「だから早くその紙を見せてよ、月子さん」

 両手を出す蒼井だったが、お預けを食らわされた。

 月子は野木村の方を向くと、「野木村さんにも念のため聞いておかなきゃ」と言った。

「え? 僕ですか。でも僕は、今日中にはここを発ちますよ」

 前にしたのと同じ話を繰り返す野木村。それでも月子は首を左右に振った。

「あの子達の宝探し、手伝うことになるかもしれませんよ」

「一体それはどういう……」

「実は、先ほどこの紙を取りに行ったときに、ニュース番組のお天気コーナーをちょうどやっていて、言ってたんです。予想を大きく違えて大荒れの天気になるって。ゲリラ豪雨とか線状降雨帯とか」

「線状降水帯、ですね」

「あ、はい、それです。河川の氾濫も警告されていました」

 笑みをたたえて淡々と伝えてくる月子。対照的に野木村は片手を額に当てて、苦い表情になる。

「あり得るかなと思わないでもなかったけれども、想像した以上に早いみたいだ。あの、テレビかネットで」

「どうぞ、ご自身の目で確めてください」

 案内しますと、先に行く月子。続いて野木村も食堂を出て行った。二人を見送った蒼井が、ぽつりとこぼす。

「宝の暗号、置いていってくれりゃいいのに」

「それよりも、野木村さん、足止めを食うことになりそうね。これは天の助けになるかもしれない」

 高谷はみんなの顔を見た。どうして?と聞き返したがっているのが分かる。

「もし野木村さんが残ることになったら、宝探しの足になってもらおうと思って」

「足ってつまり、運転手役に?」

 割とひどい。故郷に帰るに帰れなくなった大学生をつかまえて、私達小学生の御守を続けるようにお願いするなんて。

 瑠音はそう思った。けれどもそれ以上に、

「いい考えだわ」

 という気持ちが上回った。

 蒼井と倉持、二人の男子がどう感じたかはさておき、表面上は彼らも賛成した。

「雨よ降れ、降ってくれってお祈りでもするか」

「それはやめときましょ」

 両手を組んで拝むポーズを取った蒼井に、瑠音はすかさず忠告調で言った。

「何でだよ。いや、お祈りは冗談だけどさ。真っ向からだめ出しされるとは思わなかったぞ」

「だって水害になるかもしれないんだよ。そんなの祈ったらだめ。たまたま野木村さんが行けなくなったとしたら、私達に協力してもらおうっていう話なんだから」

「……分かったよ。俺が軽率でした」

 素直に謝る蒼井。そんな彼に倉持が思い出した風にぽつりと言った。

「そういえば蒼井君、少し前の漢字の小テストで『軽率』を軽い卒業の『軽卒』って書いて、間違えたの二度目だったけれども、あの癖直った?」

「……知らね!」

 一声叫んだところへ、月子一人が戻ってきた。

「野木村さんはどんな様子?」

「食い入るように画面を見つめてる。天気図をある程度、読めるみたいね」

 それなら勝手な判断をして、無理に出発なんてことはしないだろう。だいぶ安心できた。

「さ、待ちかねたでしょ。お昼ご飯はもういいの? 食事が済んで片付けが終わったら宝のありかを示すメモ、渡すわね」

「あ、じゃあ、もうちょっと食べる」

 瑠音達はそれから五分ほど食事を続けて、ごちそうさまをした。そして少しでも早くメモを見せてもらおうと、みんなで食器やコップなどの後片付けを手伝う。

「みんなありがとう。おかげでいつもの倍ぐらい速く片付け終わった」

 どういたしましてそれよりも、と今にも言い出しそうな雰囲気で蒼井と倉持が目を輝かせている。高谷にせよ瑠音にしろもちろん宝探しは興味の的だけれども、もう一つ、別のことが気になってもいた。

「あの、他の家族の方へのご挨拶は……」

「気にしなくていいわよ。みんな時間が割とぴっちり決まっているからね。どうせ夕方になったら嫌でも挨拶することになるでしょうし、今は宝探しでも何でもいいから宿題を進めるのが、時間の有効活用よ」

 この家の人がそう言ってくれるのであればと、瑠音達も気に留めないことにした。

「それではお待ちかねのメモだけれども、誰が持っておく? 責任重大よ。写しとは言っても人様の物なんだからうかつに扱わない、なくしたり関係ない人に見せたりしない」

 両手を出そうとしてた蒼井が、急に引っ込めた。

「そういうことだったらやっぱり委員長か班長に」

「委員長は分かるけれども、班長は誰?」

「私」

 瑠音が手を挙げると、月子は「だったら班の宿題なんだから、班長に渡すのが適切よね」と紙を差し出してきた。

「みんな、いい?」

 瑠音が友達三人の気持ちを確かめる。反対意見は出なかった。

「それじゃ、返してくれなくてもいいから、とにかく責任持って管理してね。あ、それと、ネットに今のメモの内容を書き込むのもなし」

「分かってる」

 秘密を守るという以上に、自力で解かなきゃつまんない。そんな意識が強くある。

「宿題にはさっきの広間を使ってね」


 野木村が戻ってこないことがちょっぴり気に掛かったが、瑠音達はとにかく宿題に取り掛かることにした。厳密に言うなら、この宝探しのメモが宿題に値するものかどうか、検討会を始めた。

 とにもかくにも暗号とやらに目を通してみないことには始まらない。


 ~ ~ ~


  絶対に“宝”を奪う! 三文字が重要!



   日本初の世界遺産 四つのうちの一つにだけ紛れあり



     カルチャーはへいきんん値


     ナチュラルは二枚のえを重ねて真ん中を取る



    二つの交わるところに建つ屋敷こそ起点なり

    屋敷の鬼門に立て

    米の鬼の話す1から10までの数に耳を傾け、弱きもの四つを拾い上げよ

    弱きものたちの力を合わせ、答の分だけ米を進むべし

    そして足下を掘り起こすがよい

    宝につながるものがそこにある


 ~ ~ ~


 このような文章が手書きで記されていた。さらに、一行目は波線を使ってぐるっと横長の円で括られており、そこから矢印が弧を描いて、一番最後の行の“もの”の部分に結び付けられていた。

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