第7話 宝の暗号?
いただきますをした直後でも、すぐには箸の行き先が定まらない。目移りしてしまう。
たくさんの三角おにぎりは海苔にふりかけに薄焼き卵となかなかカラフルな衣をまとっていて、しかも大きな皿にきれいに並べてある。おかずの方も大皿に山盛り。唐揚げに白身魚のフライ、麻婆豆腐やポテトサラダと子供が好きそうな物を中心に七種類ほどあった。
「まるでビュッフェだね」
高谷の感想に瑠音は黙ってうなずいた。ここまでの料理を準備しているとは、瑠音の予想をも超えていたのだ。
「月子さん、大変だったでしょ。こんなにいっぱい」
「そんな心配されるより、もっと聞きたい言葉があるんだけどな」
エプロン姿で動き回る月子のそんな言葉にきょとんとした瑠音。だが、真向かいに座る男子達の反応で気付かされた。
「うめーっ。唐揚げもフライもやたら香ばしいんだけど何だろこれ」
「麻婆豆腐、おいしい。辛いの苦手だけどすっと消える」
月子は満足げに一つうなずくと、「飲み物がまだなかったね。麦茶でいいかしら」と場を見渡す。すぐさま、「冷たいのなら麦茶がいい」とリクエストが上がって、反対意見もなかった。
月子が台所の方に消えると、瑠音は蒼井達男子に声を潜めて言った。
「おいしいって言うのはいいけど、口に食べ物入れたまましゃべらないでっ」
「あ、そうだった? 悪ぃ悪ぃ。どれもこれも好みに合う味で、満腹感を感じない内に食わなきゃって焦ってた」
「そういうときこそ、よく噛んで食べないと」
「おまえは俺の母ちゃんか」
「ばっ」
ばかなこと言わないでと声を出そうとしたが、ちょうどマカロニサラダを口に運んだところだったので、どうにか自重。咳き込みそうになるのを堪えていると、麦茶のボトルを持った月子が戻ってきた。
「あら、大丈夫? コップを――野木村さん頼みます」
テーブル中央には料理の大皿とは別に、ガラスのコップがいくつか伏せた状態でトレイの上に並べてあった。野木村が腕を伸ばしていくつかまとめて取り、その内の一つを月子に渡す。
月子は麦茶を注いで、瑠音の前に置いた。
「ここに置くからね。こぼさないように」
「はい、ありがと、月子さん」
若干、切れ切れになる声で応答してから麦茶を飲むと、落ち着いた。
「まったく、蒼井君のせいだよ。いきなり変なこと言うから」
「さっきのを変なことって文句付けられるのだったら、俺は食事中しゃべれなくなっちまう」
「だったらそうすれば」
「まあまあ、二人とも」
高谷が割って入った。
「宿題に取り掛かる前からこの調子だと思いやられるわ。気分よくやれるように、水に流して」
「あっ。その宿題のことだけれども、テーマは決まったの?」
ボトルを置いた月子がぽんと手を叩く。代表する形で答えるのは瑠音、と行きたいところだが、まだ喉にいがらっぽさが残っている。説明を高谷に頼んだ。
「候補を二つにまで絞ったんですが、決めきれなくて」
「候補って、何と何? 瑠音ちゃんから大まかには聞いたけれども」
「一つはやはり病院のこと。地域医療の問題につなげて、何か形にできないかなって思ってます」
「そうなるかぁ。まあ、あの診療所を見たらその気持ちは強くなるかもね」
「もう一つは、蒼井君達男子が推していて、化石を調べたいと言い出してます」
あとは任せるという風に、蒼井と倉持に目線をくれた高谷。
「だって、病院も大事だと思うけど、調べてみたらこのTの周辺て、化石が結構出ているじゃんかと分かったから」
蒼井が興奮気味に言った。口の中に食べ物が残っていなくて幸いだ。
そこへ倉持が小刻みにうなずいてから、補足する。
「貝殻やアンモナイトが多いみたいですけど、恐竜も出ていますよ。夏休み中には、発掘体験が行われることもあるって。保護者がいないといけないとあるので、そこはあきらめてますけど、見て回るだけでもできたらいいかなって」
「幸い、時間はあるので、一日か二日ぐらいは話し合ってみようということに、今なっています」
「なるほどね。二対二、女と男とで真っ二つに分かれているわけだ」
うんうんと首を縦に振り、「もし決まらなかったらどうするの?」と月子。
「そのときは……じゃんけんかな」
瑠音は高谷と顔を見合わせて、そうなっても仕方がないという空気を醸した。
「だったら参考までに」
月子はエプロンの前ポケットに右手を入れると、何やら白い物を取り出した。縦長に折り畳まれた白い紙だと分かる。彼女が広げていくと、大学ノート一枚分ぐらいありそうなサイズになった。
「『絶対に“宝”を奪う! 三文字が重要!』」
いきなり、朗々とした調子で読み上げた月子。その場にいる他の者は皆、ぽかんとなった。
「『日本初の世界遺産』」
「ちょ、ちょっと待ってください月子さん」
思わずストップを掛けたのは野木村。布巾で指先を拭うと、月子に落ち着いてもらうためか、「あの、まずはお昼ご飯、ごちそうさまです。美味しいです」と言った。
「よかったわ。お口に合って」
「それでですね、今読み上げたのは何なんでしょうか。参考までにと言ったけれども、僕にもさっぱり分からない」
「宝のありかを示すメモ――だと思います」
「たから……」
非日常的な単語が飛び出して、眉間にしわを作った野木村。意味を考えようと、沈黙する。
対照的に瑠音達は大はしゃぎだ。
「え、宝?」
「宝の地図か何かってことですか」
「宝って一体何があるの?」
「真新しい紙に見えますけど、いつの物なんでしょう?」
いっぺんに三つの質問が飛んできて、月子は順番に答える。
「見たところ、地図はなくて、暗号文みたいなのが書いてあるわ。宝の正体は不明。このメモがいつの物かも分からないけれど、紙の出所ははっきりしてる。大八車よ」
「だいはちぐるま?」
何それ初めて聞いたという反応は蒼井一人で、他の三人は知っている様子。
月子は細かな説明は省き、大八車に乗せられて急患が運ばれてきたときのことを話した。
「――そうしてその人はお亡くなりになってしまったんだけれども、後日、大八車を出してくれたご近所の
「あの」
一歩引いて聞いていた野木村が挙手して発言を求めた。
「何でしょう?」
「その言い方だと、月子さんが今手にしている紙は現物ではないということになるのかな」
「耳ざといですね。その通りです」
気付いてくれてよかったという風に、月子が目を細める。そして改めて小学生達をメインに話を進める。
「紙はこれと同じような大学ノートのページを一枚、切り取った物だったけれども、もう少し汚れていたわ。運び込まれた若い男性の物とは言い切れないけれども、可能性は非常に高い。そんな物を勝手に取っちゃうわけにいかないでしょ。でも凄く気になる文面だったから、書き写した上で、お返しすることにしたの」
「返してもらった遺族の人達は、何か言ってました?」
高谷が先回りしたような質問をぶつけてきた。
「私はその場にいなかったけれども、『あの子ったらまだこんな遊びみたいなことに熱を上げていたのね』というような意味のことを言っていたそうよ。しょうがないわねっいうニュアンス」
「ふうん。それはご家族の方は宝のことを本気にしていない」
「多分ね。誰か中を読んだかどうかも気にしていなかったらしいし」
「だったら俺らが見付けて、手に入れてもいいのかな」
蒼井は身を乗り出し気味になっている。化石云々はどこかに行ってしまったようだ。
「もしかして月子おねえさん。私達の班の宿題、宝探しにしろって?」
瑠音が心に浮かんだことを口にする。月子は大きな動作でうなずいた。
「瑠音ちゃんは面白そうと思わない?」
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