第5話 蜜の味というけれど

 寄り道はしないと言っていたが、瑠音達の希望により、ルート終盤のサービスエリアでトイレ休憩を取った。

「ごめん、どうしてもがまんできなくて」

 駐車場近くのベンチで休む野木村に、瑠音が頭を下げる。

「いや、僕もみんなも行ってるし、お土産も買えてよかった」

「あ、アイスやジュースをおごってくれてありがとう。みんなの分まで」

「どういたしまして。またトイレに行きたくなったとしても、それは僕の責任だから遠慮なく言って」

「もうっ」

「怒らなくても。それにしても君達は本当に仲がいいんだね」

「同じ班でずっとやっているからよ」

「うん。瑠音さんがトイレ休憩を言い出しても保奈美さんはもちろんのこと、蒼井君や倉持君も、からかうような言葉は口にしなかった。普通、蒼井君みたいなタイプはからかいそうに見えるんだけどね」

「そうなのかな? 全然意識してなかった」

 そうこうする内に、サービスエリア内の店を見て回っていた三人が戻って来た。

「お待たせ~」

 結果、東海地方A県Tに入るまではおよそ四時間半を要した。そこからは瑠音の案内で、白上月子の家を目指す。

「そういえば」

 信号待ちで停まった際に、倉持がふとした口ぶりで言った。

「野木村さん、この車は凄く広くて高そうで、装備も揃っているのに、どうしてカーナビを付けてないんですか?」

「……参ったな。君らは分かっていて言ってるんじゃないよね?」

 変わった返事をされ、倉持だけでなく、瑠音達も首を傾げた。

「何のこと?」

「ピンポイントで痛いところを突いてくるって意味さ」

 全然そんなつもりのない様子の倉持は、ますます分からないとばかりに首を振る。

「付き合っていた彼女がぶっ壊したんだよねえ」

「え、恋人――元恋人が?」

 興味津々なのは瑠音と高谷。女子はこの年頃からすでに他人の恋路に関心を持たずにはいられないのだ。

「ああ」

 信号が青になった。ほんのちょっぴり遅れて発進する。

「彼女はカーナビの履歴を見て、僕がどこに行ったのかを邪推したんだ。邪推ってまだ習ってない? 悪意や疑いを持って想像を膨らませること、とでも言えばいいかな」

「だいたいのニュアンスは分かるから、続きを早く」

 蒼井が急かしてきた。男子でもそれなりに興味を持つものらしい。

「文字通りだよ。履歴に残ったルートを実際の地図に当てはめて、僕が美人で評判の女性占い師の店に足繁く通っていたと決め付けたんだよね。いくら説明しても聞く耳を持ってくれなくて。それどころか言い逃れをしようとしてるって受け取られて、頭に血が上った彼女はカーナビを靴でがつんと」

「うわぉ」

「その靴で、顔や頭を殴られなくてよかったですね」

 高谷の冷静な指摘を、野木村は苦笑いとともに「それもそうだ」と肯定した。

「実際はどこへ何しに行ったんですか」

「同じビルの一つ上のフロアにある会議室で、マジック教室に参加してたんだ。後日、彼女へのプチサプライズを演出するためにね。まったく、とほほな結末だよ」

「ひどい。ちゃんと説明して、分からせた方がいいよ清順さん」

 蒼井が憤懣やるかたないという風に、床を踏みならした。

「よりを戻すかどうかは別にして」

「えっ、よりを戻すつもりがないのなら、放っておいた方がよくない?」

 瑠音が目を丸くして反論すると、蒼井もまたびっくりしたようだ。

「何で? 勘違いされたままだっていうのは我慢できない」

「でも、話を聞いた限りだと、思い込みの激しい彼女さんみたいだから、誤解を解こうとしたら、野木村さんの方がよりを戻したがっているって感じ取るわよ、多分。それでよりを戻しちゃったら、また同じことを繰り返しそうな気がする」

「だからよりを戻さなければいいじゃん。誤解だけ解いてさ」

「それができればいいけどねえ」

 議論に高谷も参戦する。

「思い込みが激しそうっていうのがポイント。自分にとっていいようにしか解釈しないし、強引なんだろうなってイメージがあるわ。ねえ?」

「そうそう」

 同意を求められ、うなずく瑠音。

「それに野木村さんは女の人に弱そうだから、よりを戻しましょうって言われたら押し切られちゃうよ、きっと」

「君ら、小学生でどんな人生経験してるんだい」

 野木村は片手で額を拭う仕種をしつつ、笑い声を立てた。

「だいたい物語からの受け売りよ。ドラマや漫画、映画や小説……」

「そういうことかあ。面白い分析だったけど、ちょっと違うな」

「どこがです?」

 高谷がいささか不満げに問い返す。

「恐らく彼女の方に僕とよりを戻すつもりはない。何故なら、すでに新しい彼氏がいる、という話を聞いたから」

「あ、そうなんですか」

 情報が足りなかったんだから間違えるのは仕方がない、と納得した風の高谷。その隣で瑠音は思った。野木村さんが失恋したのはついこの間だった気がするけど、その彼女さん、切り替えが早すぎ!と。

「だったらやっぱり、ずばっと言ってやらなきゃ。おまえがカーナビを壊したのは誤解だからなって」

「それをすると、収まった話がぶり返して、ややこしくなりそうだな。それに……小学生の君らにぶっちゃけるのもなんだけど、僕の本心は、前の前の彼女と復縁したいなって気持ちが強くてさ」

 はははと空虚に笑う。大丈夫だろうか。まあ、運転の方はしっかりしている。

「前の前の彼女さんて? 下宿に来てからお付き合いのあった人?」

「どうだったかな。しかと覚えてないよ」

「いつお付き合いをしていつ別れたかよりも、どのような人なのかが重要だわ」

 高谷が主張するが、野木村はもう一度笑って、「この話題はここまで」とシャッターを下ろす。

「えー、面白くなってきたところだったのに」

「他人事だと思って、失恋を面白がらないで欲しいな」

 野木村は芝居がかってため息を吐くと、口をへの字にした。

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