第4話 東海方面行き車中にて
「それはまあ、初対面だし、野木村さん背が高いし」
「言われてみれば、そうか」
野木村はしゃがむと、子供らよりも目線を低くした。「みんな集合」と瑠音を含めた四人を呼ぶ。
「何してるの、早く行こうよ」
「待って待って。大事なことを忘れていた。僕は君達のことをそれぞれ何て呼べばいいかな? 瑠音さんは瑠音さんでいい?」
「いいわ。大人扱いされてる感じがして気分いいもの」
「じゃあ、高谷さんは何て呼ぼうか」
「私は……委員長と呼ばれることが多いから、それ以外で」
「では瑠音さんと同じで、下の名前にしようかな。保奈美さん」
「かまいません。何だか新鮮です」
「次、男子達は?」
まとめて呼び掛けられた二人は顔を見合わせ、先に蒼井が口を開いた。
「名字の呼び捨てでいいよ。こっちも野木村とか清順とか言っちゃいそうだから」
「おう、いきなりくだけてきたな、蒼井。さて君は?」
「僕は友達に呼ばれているのが気に入ってるから……」
「へえ、何て呼ばれてるの。あ、待った。当てさせてくれるかな」
「ど、どうぞ」
「下の名前は女の子っぽくも聞こえるから、あんまり好きじゃないかもしれないな。だから名字をもじったんだと思う。たとえば……クラッチとかモッチーとか」
「すげえ、当たり」
本人よりも早く、蒼井が反応した。
「山勘がたまたま当たっただけで、全然凄くないよ。で、どっち?」
「クラッチ」
「そっちだったか。ではクラッチ、蒼井、保奈美さん、瑠音さん。どうぞお乗りください」
野木村は車の真ん中のドアを大きく開けた。
「おっ、格好いい」「中もきれい。においは――うん大丈夫」「広い、八人は余裕で乗れる」と各人各様の感想を述べつつ、入って行く。
「お乗りくださいとは言ったけれども、どこに座るか決めてからの方がいいんじゃないか。そんなにわらわらといっぺんに乗り込んだら、いくら子供でも狭いだろ」
心配した野木村だったが、子供達はほとんど自然な流れで、位置を決めたようだ。二列目に女子、三列目に男子が収まっている。それぞれ窓際が高谷保奈美、倉持寛海である。荷物は三列目シートの空いているところにドサドサと。
「誰も助手席には来ないか」
運転席に座りつつ、野木村が言うと、「そこは恋人の座る場所ではないですか」「そうそう、次の人が見付かるまで取っておくのがいいよ」と反応が返ってきた。
「……瑠音さん」
「はい?」
「僕がふられたばかりだってことを、みんなに話したね?」
「え、ええ。だって、野木村さんがどうして送ってくれるのかの説明をしなきゃいけなかったから」
ばらしたのはやっぱりまずかったのかしらと、不安に駆られる瑠音。
「言っちゃあいけなかった?」
「いや。いいんだけどね」
ハンドルの上部に額を着け、はあとため息をつく野木村。
「出鼻をくじかれた心地だよ」
それでも気分を新たにするかのように肩を上下させて落ち着くと、「それでは出発進行!と参りますか」と言う。若干、無理して元気を出したようなかけ声だった。
しばらく一般道を行ったあと、高速道路に乗り、ひたすら西を目指す。
「何時間ぐらいかかるんだろ?」
蒼井が倉持の肩越しに窓外の流れる景色を見やりながらつぶやいた。当然、運転手に剥けての質問と考えられたので、みんな野木村を注目する。
「次に高速を降りるまでなら、四時間ぐらいかな。このまま順調に流れていけばの話だけど。そこからは多分、一時間弱。でも場合によっちゃ先にお昼を食べにどっかに寄らなきゃいけないのかな」
「あーっ、ごめんなさい!」
瑠音はあることを思い出して叫んでいた。隣の高谷は慣れたもので、耳を手のひらで素早く覆っていたが、後方の男子二人は対処が遅れて、なになにどうしたどうした?とざわついている。
「野木村さん、お昼ご飯は月子さんの家で用意してくれるって言ってたんだった。伝えるの、忘れちゃってた」
「何だ、そんなことか。いきなり大声を張り上げるからびっくりしちゃったよ」
かくいう野木村に驚いた様子は微塵も見当たらない。当然、ハンドルさばきもスピードも安定したままだ。
「月子さんというのが向こうで君達を泊めてくれる家の人だね。何時頃に着くっていうのは、向こうのお家の人に言ったのかい?」
「えっと、お昼過ぎに、遅くても午後一時ぐらいって。お父さんがそれくらいで着くだろうって言っていたから」
「ん、まあ、大丈夫だよ。どこかサービスエリアに立ち寄って、お土産でも買っていこうかなと思ってたけど、その余裕があるかどうかは微妙かな。高速降りてから道に迷う可能性もあるから」
「それは大丈夫。私がナビゲートする」
力強く請け合う瑠音だったが、野木村はルームミラー越しに苦笑を見せた。
「頼もしいな。でもお昼の準備をしてくださっているということは早い方がいいだろうから、寄り道せずに行くとしよう。それに」
野木村はカーラジオのボリュームを大きくした。天気予報らしき言葉が流れて来ているのが分かる。
「関西方面は雨になりそうなんだよね。僕自身も急ぎたい」
それからの四時間近く、瑠音達はしりとりなどの簡単なゲームやクイズをして過ごした。
しりとりは野木村も参加した(させられた)が、運転に集中している分、しりとりに回す頭脳は足りないらしく、語尾が「ん」の言葉を口にして二度、続けて負けた。二度目では、「いや、『ん』が頭文字の言葉なら世界中にある。たとえば」と倉持が言い出した。
「ンガトキハオルカ? 何よそれ」
「どこかの部族が使っている木彫りの船だったと思うけど」
「本当に?」
「いや、ほんとかどうかより、そもそも、『ん』が着いたら負けになるのがしりとりのルールだろ。何でクラッチは野木村さんを助けてるんだよ」
と、妙な盛り上がりを見せた。
クイズの方は各自がその場で作るという縛りの下で行われた。なので、微妙な出来映えの問題が連発して、つっこみ合戦の様相を呈した。
「よしできた。――問題。ある家具に泥が二滴跳ねたら、その家具が踊り出した。さてその家具とは?」
「はいはい! タンス? 点々を付けたらダンスになるから」
「正解……くそぅ、簡単すぎたか」
「今の問題にはクレーム着けたい」
「げ、またかよクラッチ」
「泥が跳ねたのがタじゃなくて、スだったらどうなったの? タンズだと踊らないよ」
「~っ。細かいこと考えるなよなぁ」
「あ、じゃあ、それをちょっと変えてこういうのはどうかしら。三つ刺さった串団子の一番上だけ水で洗ったら踊り始めた。何で?っていう」
「……なるほど、分かった。ダンゴの一番最初の文字ダから濁点が取れたらタンゴだ」
「最初のアイディアは蒼井君のだけど、保奈美の考えた問題の方がきれいだね」
「俺のだって簡単に直せるぞ。タンスの一番上の抽斗が汚れたことにすりゃいい」
二番煎じではあるが意地を張る様がおかしかったのか、野木村が何度か忍び笑いをしていた。
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