第2話 叙述トリックのつもりはなかったのに

「うん、多分それ。で、井戸の井に、ゆうは……あとでメール送るのはだめ?」

「うふふ、そうね。そうしましょう。でもついでだから名前の読み方だけは、三人目の子も聞いておきたいな」

「了解。倉持寛海くらもちひろみって名前よ」

「――うん、分かった」

 メモを取り終えたのか、紙を破り取る音が電話を通してかすかに聞こえた。

「女の子四人がいっぺんに増えたら、賑やかになるわ」

「え。あ……そのー、言うのを忘れていたんだけれども」

 思い違いをされていることに気付いて、瑠音は急にしどろもどろになってしまった。改めて言うのがちょっと恥ずかしい。

「どうしたの、瑠音ちゃん?」

「あのー、一緒に行く友達三人は、女子三人じゃなくて、女子一人に男子二人なの」

「……ええ? 嘘でしょ? だってこれ、保奈美ちゃんにゆうきちゃん、ひろみちゃんて」

「高谷さんは女子だよ。あとの二人は男子。蒼井悠季君に倉持寛海君」

「――はっは~ん。最近の小学生は進んでるんだねえ」

 あからさまに冷やかされて、瑠音は電話口だというのに頭を思い切り左右に振った。

「違うから! そういうのとは違うからねっ」

「そういうのって何かな。具体的に説明して」

「……月子おねえさんの意地悪」

 むくれたのが伝わったらしく、月子からはすぐに「ごめんごめん」と謝罪の言葉が返ってきた。

「分かってるから怒らないで。でもまあ、白上家としては小学生とは言え女子と男子を一つ屋根の下に泊めるからには責任を持たないといけないのよね。どういうお友達なのか聞かせて」

「班だよ班」

 早口で切れ目なく答えた瑠音。しかしうまく伝わらなかった様子。月子から戸惑い気味に、「え? パンダ? ヨハン?」と真面目な口調で聞き返されてしまった。

「違うって。だから、班。チームていうかグループっていうか、クラスで何人かずつに分かれてやること、月子さんでもあったでしょ?」

「あー、はいはい。班ね。あったどころか、高校生の今でもあるわ。そっかー、クラスの班か。だけどどうしてまた班単位で行動することになったのよ」

 全然説明になってなかったと気付かされ、瑠音は説明する言葉を考えた。

「宿題なの、夏休みの」

「班でやる夏休みの宿題というと、新聞作りとか研究発表かな」

「一応、自由研究ってことになってる。他の班の話に聞き耳を立ててみたら、新聞が多いみたいなのよね。あとは実験系かな」

「実験系? 何それ」

「そのまんまなんだけど。ペットボトルロケットを手作りして飛ばしたり、色々条件を変えてヘチマを育てたり」

「なるほどね。瑠音ちゃんところは何をするつもり?」

「それなんだけど、みんながやってるような新聞じゃ面白くないし、実験も被る可能性が高そうだから迷ってて」

「えっ。もしかしてまだ決めていない?」

 今、時期は夏休み突入目前である。月子が驚きの声を上げるのも無理はなかった。

「そうなの。そんな状態のときに私が親戚のおねえちゃんのところに行くって話をしたら、高谷さんが面白そうって反応して。診療所だって言ったらますます興味を持って」

「まさか、医院のことをネタに宿題を仕上げようという……?」

「そのつもりはちょっとある」

 今後のためにも、素直に認めておく。

「もちろん、プライバシーとかあるのは分かってるわ。たとえ名前を伏せても、患者さんにとっては感じ悪いかもしれないし。だから、中をうろちょろしたりしない。仕事が終わったあと、お話を聞かせてほしいの」

「そういうことは早く言ってね」

 月子はため息交じりに注意した。

「はい。ごめんなさい……。でも無理じゃないよね? 前に私がおじさんに聞いたら何でも答えてくれた記憶があるから……」

「それはまあいいと思うけど。ただ、診療所の実態なんて、関東とこっちぐらいなら大差ない気がするのよね。わざわざこっちに来なくても分かることかも」

「でも、知り合いのお医者さんなんて近くにいないもん」

「何かねえ、折角来るんだったら、意味づけがあった方がいいと思うんだ。よその地方、もっと過疎なところも調べて、地域による診療所の違いなんかを出せた方がいいでしょ」

「分かるけど、時間があるかどうか」

「それかがらっと変えて、こっちの歴史や伝統文化なんかを深く掘り下げるとか」

「うーん、どうしよう。まだ決定はしてないから迷っちゃう」

 今日の電話で友達を連れて行っていいと確約が取れてから、班の宿題のテーマも正式に決める気でいたのだ。思わぬ形で意見を出され、心が揺らぐ。

「私がするわけじゃないから好きに決めていいけれども、あんまり土壇場になって言われても、対応できないこともあるからね。私だって青春している女子高生なの。そこのところを忘れないように」

「はあい。――そういうからには、恋人ができてデートの予定が入っているの?」

「ずばり聞いてくるわね」

 月子の苦笑がわずかばかり引きつっていた。

「ほんと、今も昔も小学生は意外とませているんだなあって思うわ」

「あー、はぐらかした」

「恋人なんていないわよ。そうね、瑠音ちゃんと一緒かな。グループデートの予定があるぐらいよ」

 私達のは宿題がメインであって、デートとは全然違うよって感じた瑠音だったけれども、敢えて声には出さないでいた。

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