第2話
春。
柔らかな日差しに空を飾る真っ白な雲、新しい生活に胸踊らせる彼らを祝福するかのように舞う可憐な薄桃の花弁達──
ではなく、木々が美しい青色の葉で着飾った頃、ようやく袖を通した制服姿で、まるでデート前かのように鏡とにらめっこをする少年がいた。
夜空で輝くお月様のような瞳の彼は、本来なら四月から進学先への学校へ意気揚々と向かっていたはずだった。
ところが入学式の直前、不運にも交通事故にあってしまい、幸い命に別状はないものの入院を余儀なくされ、残念ながら楽しみにしていた式に出ることは叶わなかった。
新生活に一歩出遅れてしまったことに気を落としながら彼は、人のいない家へいってきますと呟く。
誰もいないのだから返事など返ってくるはずもない。
その何とも言えない寂しさにキュッと奥歯を噛み締めながら、少年は振り返ることなく玄関の扉を開いた。
見慣れた住宅街を抜け、駅の改札を潜り、人の多いホームで待つ。
乗った電車は決して空いているとは言えないが、彼が想像していたぎゅうぎゅう詰めの満員状態でもなかった。
朝から知らない人と狭い箱にすし詰めにされることはないと思えば、この安定感のない乗り物にしばらく揺られるぐらいなんてことない。
教えられた駅で下り、改札を抜け少し歩いた先で待つバスに乗り込む。
ご年配の方もちらほらいる中、少年と同じ校章をつけた子らも何人かいるようだ。
各々手持ちの本を読んだり窓の外をボーッと眺めたりと様々で、もちろんこちらに気付いて声をかけるなんてことはない。
そっと奥へ進み、後ろから二番目の窓側の席へ座る。
反対側に座る黒髪の男子生徒が一瞬こちらを見たような気がしたのは、きっとただの気のせいだろう。
まだ梅雨入りもしていないが、近頃は春らしい陽気もその姿を隠し、代わりに夏のような蒸し暑さが顔を出してきた。
半袖にならなければというほどでもないが、長袖では余計に熱がこもり、ベタつく肌が鬱陶しくなってくる。
そのためバス内に吹く冷房の風はとても心地よい。
少しして運転手の若干枯れた低音と共に扉が閉まり、静かなエンジン音を鳴らしながらバスが走り出した。
窓から見えるのは初めての町並み。
たくさんの植物に囲まれた大きな公園、オシャレな店が建ち並ぶ通りに、人通りの多い交差点。
実家が田舎というわけではないが、それでもここはその何倍もキラキラとして見えた。
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