第2話


 カイトくんも、一つ短歌ができたようです。カイトくんは歌うように言いました。

「続いてる 言葉を数えて 八文字で 字あまりだけど これでいいかな」

「はあ、なるほど。短歌あるあるですね」

「メタ短歌です」


「それでは私も一つ」

 ナツコさんはコホンと喉を一度鳴らしてから、言いました。

「ママチャリで 二人乗りして ドリフトし こけて飛び出す 後ろのあなた」

「なるほど。これまたノンフィクションですね。あの時はお世話になりました。おかげさまで田んぼにダイブできました。冷たかったです」

「いえいえ、どういたしまして。少し言い訳をさせてもらうと、あの時は急にヘビが出てきまして。よけようとしたら、滑ってこけたわけです。ママチャリが無事でよかったです」


「それでは、僕からも一つ」

 カイトくんも、ゴホン、と喉を鳴らして、言いました。

「電撃の 速さでトイレに 駆け込めば 結果的には もらしていない」

「はあ? 下ネタは禁止で。ていうか、結果的には、って、なに? どういうこと? ちょっとはもらしちゃった、ってこと?」

「いや、そこはまあ、あんまり深く考えないでほしいけど」

「いい? もう一回言うけど、下ネタは禁止ね」

「はい、すいません。じゃあ、リベンジにもう一つ」

 ええゴホンと、カイトくんは背筋を伸ばして言葉を続けました。

「もぎたての バナナはすでに もがれてて もはやバナナは もがれはしない」

「意味がわからない」

「いや、だから、ほら、一度燃えたものって、もう燃えないじゃない。だから、バナナも一度もがれたら、もうそのバナナはもがれない、みたいな」

「だから、それはどういう意味なの?」

「いや、なんていうか、哲学的じゃない?」

「どこが? まあいいけど」


 それでは私も一つ、とナツコさん。

「お寿司食べ しょうゆはネタにと 言われたが 私はシャリに しょうゆをつけたい」

「なるほど。個性は尊重したいですね」

「多様性こそがグローバルな社会を活性化させるのではないでしょうか。ちなみにガリは苦手です」

「わかります。僕も苦手です。しかし、ガリの話はおいといて」


 ええ、うん、ゴホン、とカイトくん。

「サラダには ドレッシングは かけないで それが野菜の おいしさだから」

「なぜなのか ドレッシングを かけないで サラダに価値が あると言えるか」

 と、すかさずナツコさんも言いました。いわゆるアンサーソングというものでしょうか。

「なきにしも あらずと言えば あるけれど なくはないとも 言えなくはない」

 と、カイトくんもすぐさま応えました。アンサーソングに対するアンサーソングでしょうか。

「あるの? ないの? どっちよ」

「たぶん、あるはず」

「たぶん? はず? どっちよ」

「ええ? いや、そんな追求しなくても。ていうか、否定しないんじゃなかったの」

「否定するつもりはなかったけど、さすがに意味がわからなすぎたからね」


 ええ、それでは私から一つ、とナツコさんは言葉を続けます。

「字があまり 削ると今度は 字が足りず 言葉を変えたら 意味がわからぬ」

「短歌あるあるですか。原点回帰ですね」

「原点回帰と言うなら、甘く切ないロマンス系が望まれるところではありますが」

「それでは僕が切ない系の短歌を一つ」

「おお、ここに来てついにロマンス系が! では、どうぞ。お願いします」

 カイトくんは首を横にくいっくいっと傾けました。右に左に。ポキッポキッと音がします。そして、言いました。

「右ひざの 痛みに耐えて 筋トレし 変な姿勢で 左も痛める」


 エアコンが、室内を冷やしていました。その音だけが聞こえます。

 しばしの沈黙の後、カイトくんは言いました。

「切なくない?」

「どこが? はあ、カイトに期待した私がバカだったわ」


 ナツコさんは首を何度か横に振り、はあ、と息を吐いて、言いました。

「できるなら そこで寝ている ニャンコにも 手伝ってもらう わけにはいかぬか」

「なるほど。猫の手も借りたい、ということですか」

「そういうことです。カイトより猫の方が役に立ちそうだし」

「いや、まさか」


 おやおや。ケンカはしないでくださいね。まあ、ケンカをするほど仲がいいとも言いますし、それはそれで楽しそうです。

 これまでのところ、できた短歌は十二個です。残り十九個です。

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