第20話 全部好き

 尊と熊さんパンツを買いに行ってから、何故か尊が休み時間になる度に弥生の席に来て喋るようになった。内容は「うちの可愛い!! 」というデレたものなのだが、あまりに尊が弥生にまとわりつくせいで、何故か前に座る賢人まで弥生をかまうようになった。

 どういう吸引力か、腐れ縁という運命か、すでに数回席替えがあったにも関わらず、毎回前後左右斜めのどこかに賢人がいる。

 今も目の前の席で、女子達に囲まれていたのだが、尊が弥生の席に来た途端、女子達を無視して後ろを向いてきた。


「おまえ、毎回毎回休み時間の度にこっちのクラスに来すぎ。ボッチかよ」

「いいじゃん。弥生ちゃんと話してると、麗の話しいっぱいできるから楽しいんだもん」

「だもんって、男のくせにうぜーな」

のことはお構い無く。そっちはそっちの友達と話してなよ。ほら、有栖川君の彼女達がこっち睨んでるじゃん」


 この二人は仲が悪いのだろうか?

 いつもにこやかな表情ではあるが、二人の会話に冷ややかな空気が流れているような気がする弥生だった。

 ただ、そんな二人の醸し出す寒々しい雰囲気よりも、その後ろからガンガン睨み付けてくるハーレム女子達の視線の方が恐ろしい為、弥生はなるべくそちらを見ないようにしていた。


 尊の言うように、全然無視してくれて構わないし、できればこちらを巻き込んで欲しくない。


「俺の彼女達って何だよ。俺の彼女は、や……」

「鍵谷君、ほら次の授業体育でしたよね?! 着替えないと間に合いませんよ」


 最後まで賢人に言わせないように、弥生はさりげなく会話に割り込む。


「そうだった。弥生ちゃんとこと合同だよね。弥生ちゃんのブルマ姿楽しみ」

「今時ブルマなんか履きませんよ」


 決まった体育着はあるが、ブルマだろうが短パンだろうがジャージだろうが個人の自由だ。大抵の女子はジャージを着ているが、足やお尻に自信のある一部の女子はブルマ派もいる。

 そして、賢人のハーレム女子達は身体に自信のある強者揃いで、ブルマ率が高いことを弥生は知らなかった。


「今時?! 」

「はあ? 」

「お子ちゃま体型にはブルマは似合わないものね」

「足短いとか無様だし」


 明らかに弥生に向けた暴言に、弥生の頬がひきつる。彼女達に向けて言ったつもりはないし、まさかこんなところにブルマ至上主義がワンサカいるとは思わなかった。


「弥生ちゃん似合うと思うよ。背は小さいけど、バランスいいよね。腰の位置高いし、お尻キュッとしてるし」


 尊にニコヤカに言われて、庇われたんだかからかわれたんだかわからなくて弥生は返事に困ってしまう。


「ちょっとロリロリっぽくなっちゃうかもだけど、それはそれでいいよね」


 可愛らしく小首を傾げられても、話している内容は変態じゃないだろうか?

 しかも、その同意を賢人に求めている意味もわからないし。


「ロリじゃねぇよ。ギリギリな」


 ギリギリって何だ?!

 そして、何かを思い出すように中空をボンヤリ見るのも辞めてほしい。


「何よ賢人、そんなツルンペタンな娘の何がいいのよ! 」


 漫画ならキーッ! と擬音が吹き出しに書かれそうな程、目を吊り上げた賢人ガールズの勢いが凄まじい。


「何が……。全部? 」


 思案するように目を瞑った賢人が、ゆっくりと目を開いて弥生に焦点を合わせた。あまりの目力に、視線を合わせられた弥生ばかりか、それを目撃した女子達が頬を染め、瞬きすら忘れたように賢人に釘付けになる。


「な……な……な……何を言ってくれちゃってるのかな」


 賢人の色気駄々漏れた破壊力のあるその表情に、いち早く復活した弥生であったが、その声は上ずっといた。


「だから、弥生の好きなところを聞かれたから答えただけだろ? 飯もうまいし、掃除や洗濯だってチャッチャッと手早いし、頭は……まぁ良かねぇけどバカでもないしな。体型は発展途上だけど、チイパイとかはまぁ……どうとでも」


 エッ? 家政婦?

 ディスリ?

 小さいおっぱいって、どうにかなるの? 豊胸? 美容整形は考えてませんよ?


 弥生の頬がひきつるが、尊がへぇと顎に手をやる。


「弥生ちゃん、家事パーフェクトなんだ。女子力マックスじゃん。見た目だけモリモリな女の子よりオカンな弥生ちゃんのが断然魅力的だね」

「ああ、こいつのオカン力は抜きん出てる」


 オカン力って何だ?! まだ女子力のままでいいのではないか!


 春高ナンバーワン男子、いや、区内……東京、よもやの日本の括りでも五本の指に入る美男子である賢人と、春高可愛いランキング上位の尊の二人に誉められ(ディスられ)たが、弥生は微妙な表情で頬をひきつらせるしかなかった。

 目立ちたくはない。平凡な生活(賢人と関わりのない)を望んではいるものの、女を捨てた訳ではないのだ。まだ十五、バリバリ思春期なのだから。

 まぁ、弥生自体自分が女性であるという自覚は薄いし、同級生達のように恋愛がどうの、誰君がかっこいい! とお花畑思考ではないが、いきなり恋愛結婚すっとばしてオバサン扱いは納得がいかない。


「……別に有栖川君のオカンになったつもりはないし」

「そりゃそうだろ。俺もおまえから生まれた記憶はない」

「なんだ! 賢人のオカン的存在な訳ね、渡辺さんって。だよね、そんな地味な娘、賢人に似合わないもん」


 賢人ハーレム女子はを強調して言う。


 地味と言われた弥生は、貶されたにも関わらず、そうそうとうなずく。

 それを見て、尊が心底面白そうに笑う。賢人は不機嫌そうに眉をグッと寄せている。


「弥生ちゃんて面白いね。普通、そんなことないもんって怒らない? 」

「だって本当のことだし、それを言うなら有栖川君の隣なんて誰だって恐れ多くて立てないと思う。芸能人レベルじゃないと無理だよ」

「ハハ、ならうちの高校誰でも駄目じゃん。もちろん、そこの一般レベルの女子達も。うん、うちの麗レベルじゃないと……って、麗は有栖川君にはあげないからね!」

「いや、いらねぇし」


 尊に一般レベルと言われた賢人ハーレム女子達は、怒りで真っ赤になりながらも、自分達よりも明らかに可愛い尊には何も言えないらしく、弥生をガン睨みして鼻息荒く教室を出ていってしまった。


 なんか、敵認定された気がする……。


 弥生はこうして平和な学生生活が奪われていくんだと、つい遠い目をしてしまった。

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