第21話 ハッピーハロウィン

「ハッピーハロウィ〰️ン! 」


 いや、ハロウィンは確かに今月だけれど、まだ一日ですが?


 夏休み短期のバイトの筈が、夏休みがあけても週に一回か二回でもいいから入ってと言われ、せっかく慣れたし……土曜日か日曜日のどちらか一日と、たまに平日の短時間バイトを続けていた。

 今日は土曜日の早番のシフトが入っており、花梨と一緒にパティスリー・ミカドに来たのだった。

 更衣室の扉を開けると、いつもの制服の上に黒いマントを羽織り、髪の毛をマットに撫で付けた矢島が、口の端を血に染めて冒頭の言葉をはいた。


「矢島さん、歯槽膿漏ですか? 口から血垂れてますよ」

「んな訳あるか! ハッピーハロウィンと言えば仮装でしょ。ドラキュラ! 」

「歯槽膿漏のドラキュラですかぁ? 血吸われたくないですね。っていうか、使用中の札出てませんでしたよ。見せつけたいんですか? セクハラですからね」

「花梨ちゃん、俺にだけ毎回アタリ強くない? お兄さん寂しい」


 確かに、誰にでも愛想良くニコニコしている花梨だが、矢島にだけはいつも突っかかるような話し方をしていた。かといって嫌っているというのではなく、かまってほしくてわざとちょっかいをかける子猫のようだ。

 その他の人とは違う対応の仕方に、おや? と鈍い弥生ですら感じるものがあった。


「お兄さん? の間違いじゃない? ほら、私達着替えるんだから出て行ってよ、オ・ジ・サ・ン」


 花梨が矢島の胸を人差し指でツンと押すと、矢島は花梨のコメカミを拳骨でグリグリ押す。


「へぇへぇ、毛糸のパンツ履いてるようなガキからしたら俺はオジサンですよ」

「もう履いてません! ガキじゃありません! 」


 あ……まだ履いてます。


 弥生は学生服のスカートの中身を思い、遠い目をする。

 この数日でいきなり涼しくなってきたから、毎冬恒例の毛糸のパンツを今朝から履き始めた。みんなは短いスカートに短パンや寒ければジャージなどを履いているようだが、膝丈スカートの弥生はそんなものは必要なく、寒い時は毛糸のパンツ一択だ。


「もう! 矢島さん着替えるんだから早く出てよ。このエロオヤジが」

「エロは否定しないけどね。今月はハロウィン習慣だから、制服じゃなくて仮装になるからな。花梨ちゃんとかはバニーガールなんかどう? 」

「イ・ヤ! 」


 更衣室の一角に仮装用の衣装がかけてあり、どうやら制服の代わりにこの中から選んで仕事をするようだった。

 矢島をドツキ出した花梨が、楽しそうに衣装を選ぶ。


「ね、お揃いにしようよ。チャイナ、色違いがあるから」


 ピンクと青のチャイナ服を手に取り、弥生の体にあてた。

 チャイナ服は膝上十センチくらいのミニスカートで、しかも両サイドスリットが入っていた。


「こ……これ、しゃがんだらパンツ見えない? 」

「しゃがまなきゃいいじゃない。ほら、後はバニーガールとか胸元開いたナース服とかしかないわ」

「なんでこんなにハレンチなの?」

「ハレンチって、弥生いつの人よ。第一、このスカートだって私の制服よりは長いし、胸元だって首までつまってるじゃない」


 でもスリットが……。


「気になるなら、男性用の制服のズボン下に履けば? 黒だしいいんじゃない? 」

「そうする」


 花梨はピンク弥生は青のチャイナ服を着る。花梨は強気に生足だ。


「アハハ、スリットがパンツラインギリギリだ」


 笑い事ではない。

 もしズボンを履かなければ、弥生の毛糸のパンツの位置ならモロ見えである。

 花梨の横に並ぶと、とてもお揃いを着ているようには見えなかった。ズドンと幼児体型の弥生に、小柄だけれど出ているところは出て、締まっているところは引き締まっている花梨。

 比べてもしょうがないので、弥生は早々にフロアーに出た。


 ★★★


 パティスリー・ミカドは軽食もあるが基本はケーキ屋に付属している喫茶店だ。

 客の九割は女性で、男性はその女性の同伴である場合がほとんど。つまり、ウェイトレスがエロい格好をしていようが、見る客はいないということだ。

 しかも、パティスリー・ミカドは従業員がイケメンで有名だったりするから、それを目当ての女性客ばかりで、女性従業員なんかに目もくれない。


 長袖羽織り物の客が増えたせいか、店内の空調は冷房から送風にかえられた。座ってケーキを食べているぶんには快適なんだろうが、働いて動き回っている身には暑い。


 誰も弥生のことなんか見てないし、ズボン履いて失敗したかなと額に滲む汗を手の甲で拭った時、入り口のドアが開いて涼しい風と共に客が入店してきた。


 ちょい化粧キツメの女子が三人と、男子が一人。


 店の中にいた客の視線がその男子に集まる。そんな熱い視線に怯むことなく店の奥に進み、弥生が片付けたばかりの席に座った。

 凄いかっこいい! 無茶苦茶イケメン! などの声が聞こえてくる。


「ここ、いいか? 」


 弥生のいる近くまで来て席に座ったのは、賢人とハーレム女子……その中には以前賢人とラブホから出てきた前園香織もいた。


「どうぞ。注文お決まりになりましたらお呼びください」


 他の女子二人はともかく、香織は弥生のことを認識しているらしく、わざと椅子を賢人に寄せるように座ると、メニューを賢人に見せるようにして身体を寄せ、弥生に向かって真っ赤な唇をキュッと弧の字に引き上げて見せた。


「オススメはなぁにぃ? 」


 甘ったるい喋り方は変わっていないらしい。

 通常なら彼氏(弥生の認識はかなり低いが)が他の女子とベタベタしていたら、激怒するか号泣するかなんだろうけれど、ヤキモチをやくほどの感情を抱いていない弥生は、淡々と本日のオススメをそらで答える。


「ふーん、じゃあ私それね。それにしても、チャイナ着ててそれって、どんだけよ」


 香織の視線は弥生の全身をくまなく見やる。色っぽい筈のチャイナ服を着ているのに色気がないと言いたいのだろう。大きなお世話だ。


「何々、香織知り合い? 」

「知り合いってか、うちらの後輩みたいよ。賢人の同級生だっけ? この間、賢人とラブホ出たとこばったり遭遇しちゃってさ」

「エーッ、抜け駆け〰️! 香織ずる〰️い〰️」

「早い者勝ちでしょ。ね、賢人、今日も行こうよ」

「行かない」

「やん、断るなんて賢人らしくないじゃん」


 弥生は、香織からしかオーダーを受けていないので、立ち去ることもできずに目の前の光景を半目開きでなるべく視界から遠ざけた。


「もう弥生だけだから」

「「「「ハァ?!」」」」


 賢人ハーレム女子だけでなく、弥生まで賢人の言葉に反応してしまった。


「や……弥生って」

「こいつ」


 賢人に指差され、弥生の顔が思いきりひきつり、ハーレム女子達の般若のような形相に思わず足まで後退ってしまう。


「ふ……ふーん、なんかその言い方だと、賢人はこの地味な娘のこと好きみたいな感じだけど、違うよね?! 」

「……」

「賢人はみんなの賢人だよね?!」

「……」


 無言は肯定ですから……。


「あの! ご注文が決まりましたらお呼びください! 」


 弥生はトンズラすることにした。

 暑いだけじゃなく嫌な汗が背中をぐっしょり濡らしていた。





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