第3話 話し合い

「昼飯」

「……」

「皐月さん、仕事行ったんだろ?うちの親もだ 」

「うん」

「昼飯、作れよ」


 何で私が?


 その疑問は声になることはなく、弥生は不承不承頷く。


 賢人は昔から偉そうで、弥生には……というか誰にでも……上から目線だ。あれやれこれやれと言われ、断らない弥生も悪いのかもしれないが、言い合いになるよりはむしろ言いなりが楽だと思ってきた。


 でも!


 料理くらいはもちろん作ろう。家であれば人目はないんだから、話しかけてこようが、馴れ馴れしくされようが問題ない。それくらいはどんとこいだ。

 ただし!

 学校では空気の如くスルーしていただきたい。話しかけるどころか目すら合わせて欲しくない。

 カースト上位の賢人と、カースト底辺の弥生では、普通にしていれば接触なんてあり得ない筈なんだから、そこは徹底しともらわないと困る。そうでないと、弥生の高校生活はいらない嫉妬と嫌がらせでまともに暮らせないだろう。


 弥生は賢人の家の冷蔵庫をあさり、冷凍の鶏肉を解凍して親子丼を作った。フワトロ卵の親子丼は賢人のうけもいい一品だ。

 痩せているがそれなりに身長も高い賢人は、成長期男子らしくがっつりと食欲旺盛だ。丼いっぱいに白米をよそい、溢れんばかりの具を盛り付け、味噌汁をつけるのも忘れない。味噌汁がないと、賢人な急激に不機嫌になるからだ。


 私はあんたの嫁じゃない! と思いながら、賢人好みの昼食を作ってしまうのは、付き合いが長過ぎるせいだろう。


「できたよ」


 自分用には茶碗一杯の白米と、少しばかりの親子丼の具を別盛りにして、有栖川家のダイニングテーブルに並べた。テーブルの正面にテレビが置いてあるから、横並びになってしまうのは、決して仲良しだからではない。


「「いただきます」」


 二人揃って手を合わせ、黙々と食事を開始する。

 倦怠期の夫婦のように無言で、しかし喋らなくても阿吽の呼吸で唐辛子を渡したり、麦茶を注いだり、漬物のおかわりをを渡したり。三倍くらい量が違うのに、同時に食べ終わり、「「ごちそうさまでした」」のタイミングまでばっちりだ。

 食後に緑茶を入れ、いつもならばこのまま家に帰る弥生であるが、今日は話しをしなくては……と、お茶を飲む賢人を横から見上げた。


「あの……」

「なんだよ」

「高校で……話しかけないで欲しいんだけど」

「なんで」

「なんでって……、有栖川君と親しくするとやっかいって言うか、女子の当たりが強くなるんだよ」

「はあ? 」

「私も高校で友達欲しいし……。ほら、私なんかと話してたらさ、彼女とかできたら……ねえ? 」

「はあ? 」


 賢人の表情がどんどん不機嫌になっていく。


「それに、万が一私にも彼氏ができ……ないにしろ、有栖川君が近くにいたら、誰も寄ってこないっていうか」

「おまえ、彼氏つくる気なん? 」

「いや、できたらいいなくらいで、そんなに欲しい訳じゃ……ないです」


 賢人の眼力が強くて、語尾がどんどん小さくなる。


 私に彼氏がいたらいけないっての!?

 私みたいにチンチクリンで地味で普通な奴は、一生独身でいろってか!? 男子の一人とも親しくなれないってか!?

 そりゃ、今までだって、花梨くらいしか友達はいないし、異性どころか同性とすらまともに会話できてないよ!

 でもさ、半分くらいは……1/3くらいはお隣の有栖川君のせいじゃないの? 「たかだか隣に住んでるだけで有栖川君に話しかけられて生意気だ」……って、私だって好き好んで隣に住んでる訳じゃないよ。そんな意味不明な因縁つけられて、今まで友達すらできなかった。

 せめてさ、話しかけないでくれたら、誰にも何にも言われることないと思うわけ。


 弥生はグチャグチャと不平不満を頭の中で叫んでいたが、実際には黙りとうつむいていただけである。


「……彼氏は現実味がないにしろ、」

「現実味ないのかよ」

「正直ない。でも、友達は欲しい」

「作りゃいいじゃん」

「有栖川君がいる限り無理」

「なんでだよ? なら、俺と友達でいいじゃん。そっから増やせよ」

「ゲッ!! 」


 心底嫌! というのが、表情と声に出てしまい、賢人の表情が氷点下まで凍りつく。


「俺様と友達したくないってのかよ」

「いや……、そういうんじゃ……、ほら、有栖川君とは友達っていうより、使いっぱ的な関係になっちゃうとんじゃないかなって……」


 家では腹が減ったから飯作れやら、ボタンがとれたからつけとけとか、オカンか? っていう立ち位置にいる気がする。学校だったら、パン買ってこいとか、購買に行ってこいとか、本返しとけとか、何かと使い走りに使われるのが目に見えてる。

 友達というより奴隷?


「そんなことするか! 」

「じゃあ……有栖川君のいう友達って? 」

「……休み時間話したり、昼飯一緒食ったり、登下校一緒したりかな。休みとか遊んだりもするか」

「私と有栖川君が? 」


 そんなの、地獄じゃないか。賢人ファンに袋叩きされる案件だ。


「嫌なのかよ?! 」

「嫌って言うか、異性と二人っきりでそんなことしてたら、友達というより彼女って勘違いされないかな? 」

「はあ?! 俺とおまえが?」

「ごめんなさい。誰も勘違いする筈ないです。」


 カースト底辺が勘違い発言しましたごめんなさいと頭を下げる。


「なら問題ないだろ」


 ありまくりです!!!


 賢人に学校でへ話しかけないでとお願いしたつもりが、何故か真逆な方向に話がいってしまい、弥生は心の中で大きくため息をつく。


「ごちそうさん」


 賢人は流しに食器を持っていくと、もちろん洗うことはなく(弥生が洗って片付けるまでがルーティン)ダイニングを出て行こうとし、ドアを閉める前に振り返った。


「そんじゃ、明日から七時十五分に迎えにこいよ」

「エッ? 」

「友達だからな、一緒に登校してやる」


 これって嫌がらせ?


 翌日から何故か弥生と賢人は一緒に登校することになってしまった。

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