第2話 高校生になって
あの出来事があってから、弥生は花梨と友達は続けていたものの、彼女の恋愛にはノータッチでいた。
賢人と付き合っているのか、付き合って別れたのか、それすらもわからなかった。
ただ、中三になる頃には賢人の彼女だと噂される女子が多数いたので、別れたんだろうなとは思っていたが、弥生の家に遊びにくると、たまに帰りに賢人の部屋に寄って帰っているようだった。弥生には二人の関係は謎で、できればかかわり合いたくないと思った。
思春期なせいか、不特定多数の女の子をはべらかしている賢人に不快感を感じたし、潔癖まではいかなくともあのキスシーンを見てから、簡単過ぎるんじゃ?とモヤモヤする気分になった。
高校を受験し、花梨とは別高校になったが、なぜかまたもや賢人と同じ高校になってしまった。
入学式当日、家を出た時にばったり賢人家族と遭遇し、その制服を見て唖然とした。
何故に同じ高校の制服を……。
歩いて行ける高校ではなく、わざわざ電車通学の高校を選んだのは、今度こそ賢人と関わりのない生活を! と思ったからなのに。
「けんちゃん、ずいぶん大きくなったのね。相変わらずイケメンだし。高校でも弥生のことよろしくね」
「弥生ちゃんも女の子らしくなって。うちこそよろしくね」
母親同士は勝手に挨拶をかわして一緒に歩きだしてしまう。
悪夢だ……。高校初日から、このオレ様イケメンと行動を共にするとか、高校の女子を敵に回せというのだろうか?
地味に目立たず地道に生きるをもっとうに新天地を開拓しようというフロンティアスピリットで望もうと意気揚々と望んだ高校生活初日。
弥生は目を細めて小さくため息をついた。
私の高校生活は終わった……。
まだ初日も始まってない中、自分の穏やかで希望に満ちた高校生活が、ガラガラと砕けていくのが目に見えるようで、ついつい背中を丸めて歩いてしまう。
「弥生、遅刻する」
「……はい」
少しでも離れて歩こうとする弥生の思惑は、二の腕を賢人に捕まれて霧散する。
こうして高校につき、クラス分けを確認して、弥生はため息しかでなかった。
また同じクラスか……↘️
小学校六年間、中学三年間、全て同じクラスというのは奇跡に近いのではないだろうか? これが弥生じゃなければ、運命だと浮かれまくったことだろう。
クラス分けの貼り紙の前で、明らかにテンション駄々下がりの弥生の隣で、賢人はそんな弥生を見下ろして不機嫌そうな舌打ちをかます。
「行くぞ」
「……お先にどうぞ」
せめて知り合いだと隠しておきたいと、一緒に教室に向かうことを辞退すると、賢人はさらに不機嫌そうに舌打ちする。そんな不機嫌マックスな賢人でも、やはりイケメンはイケメンで、回りの女子はクラス分けの貼り紙よりも賢人をガン見していた。
賢人もそんな視線には慣れたもので、イケメンオーラ全開で教室へ向かう。弥生はなるべく空気になるようにを気配を消して、少し離れて後に続いた。
高校の出席番号は男女混合の五十音順だった為、有り難いことに賢人は右側の一番前。弥生は左側の一番後ろと、対角線上で一番離れていた。
入学式が終わり、クラスに戻ってくると、賢人の回りにはすでに女子の輪ができていた。そちらに目をやることなく、弥生は窓の外にボンヤリ目をやる。
まさか、高校まで同じになるとは……。こんなことなら、自宅近くの高校にすれば良かった。唯一の友達の花梨だっていたのに。
担任が教室へ入ってきて、皆各自席につく。担任は、先生というより同級生でもおかしくないくらい童顔で可愛らしい雰囲気の女性だった。男子生徒のテンションは高く、すでに「
弥生の番になり立ち上がると、皆の視線が弥生に集まり、耳がカーッと熱くなる。地味に目立たずがもっとうの弥生が人目を集めることは滅多になく、赤面症ではないが声が震え、名前と出身中を小さな声で言うしかできなかった。
「渡辺弥生さんね。あなた、目も悪いみたいだし、身長も小さいから一番後ろは辛いわね。誰か、前の方の子で席代わってあげれないかな」
茜先生の(正しいけれど結果的に)余計な一言で、廊下側から二列目の一番前の男子がすかさず手を上げた。
「俺、身長高いし後ろのがいい」
「金田君ね。そうね、あなたは身長高いから後ろのがいいか。じゃあ交換して」
前の席の他の男子から「ずりい」という声や、女子生徒の「エーッ! 」という悲鳴があがる。
「よろしくな、弥生」
「……」
弥生は無言で席を移動する。廊下側の隣は賢人で、ニヤリとした笑顔を浮かべていた。
賢人が弥生の名前を言った途端、「何よあの子?! 」「何で名前呼び?! 」と教室がザワザワとざわつき、弥生は高校生活の終わりを感じて机に突っ伏してしまいたいのを気力で我慢した。
★★★
自己紹介と簡単な係決め、教科書の配布などが終わり、弥生は誰よりも早く教室から退散しようと立ち上がる。教科書を紙袋に詰め、その重さによろつきながら踏ん張ると、進路を塞ぐように眼前に人が立った。
恐る恐る顔を上げると、女の子が三人立っていた。少し派手目な化粧で真っ赤な口紅をつけ、明るい茶髪は巻かれていたりお洒落に編み込まれたハーフアップであったり……、すっぴんで黒髪を二つ結びにしている弥生の生活にかすりもしない人種だ。
「渡辺さんてさ、有栖川君と親しいの? 名前呼ばれたりして」
「……同じ中学だっただけ」
賢人をチラチラ見ながら弥生に話しかけてきたが、明らかに興味は賢人にしかないようだ。
「同じ中学って、じゃあ地区が一緒なんだ」
「有栖川君って、中学ではなんて呼ばれてた? 」
「有栖川君ってモテたでしょ? 彼女とかいるの? 」
「部活とか何に入るのかな? 中学では何部だった? 」
それ……隣にいる人に直に聞いて下さい。そう思いながらも、弥生は知ることを丁寧に答える。
「弥生、帰るぞ」
弥生の重い紙袋をムンズと掴み、スタスタと教室から出て行く賢人は、ドアのところで振り返って不機嫌そうに「早くしろよ」と弥生を睨み付けた。
「あ……うん。さようなら」
「「「バイバイ」」」
三人ともヒラヒラと手を振ってくれたが、表情は何でこんな地味な女と賢人が一緒に帰るんだ? と言っていた。
ああ、もう!
できる限り放置でお願いします!
いや、究極無視でかまいません!
私の平和で穏やかな高校生活の為にも、是非とも赤の他人の振る舞いでお願いできないでしょうか?
「有栖川君、荷物自分で持てるから」
弥生の心からの願いを口にすることなく、自分の荷物くらいは自分で持つとアピールするが、賢人はそんな弥生の言葉など聞こえないかのように重いだろう紙袋を二つ持ったまま、代わりに軽い学生鞄を弥生に渡してきた。
「こっち持ってろ」
自分の荷物は賢人が持っているし、賢人の鞄は自分が持たされている。別々に帰りましょうという訳にもいかず、自分のペースで歩く賢人を、ひたすら小走りで弥生が追いかける。駅についた時には、弥生は息が上がってしまっていた。
「定期」
「定期? 」
「鞄の中」
「開けていい? 」
賢人が頷いたのを見て、弥生は賢人の鞄を開けた。賢人のパスケースはヴィトンの高そうなやつで、明らかに女からのプレゼントくさかった。
「はい」
パスケースを渡すと、賢人は改札を通りパスケースを再度弥生に渡してくる。しまえということらしい。
電車に乗ると同じく春高(春川高校)の新入生なのか、同じ制服の人が数人乗ってきていた。女子などはチラチラ賢人を眺め、顔を赤らめたり友達とキャーキャー騒いだりしている。
ワタシハタダノオツキデス。
メイドミタイナモノデス。
クウキダトオモッテクダサイ。
賢人の学生鞄を持っているせいで、視線は弥生にも向けられる。あまりにもいたたまれなくなった弥生は、なるべく存在感を消す為に、無の境地をかもしだした。
が、空気になれる筈もなく、賢人への称賛と弥生への嘲笑が同時に聞こえてくる。
ただ家が隣、保育園から偶然同じクラス、席までたまたま偶然近くになることが多いというだけで、賢人と特別仲良くもないのに女子から嫉妬され嫌がらせを受けた保・小・中時代。
最初は自分がトロイから、女の子達と興味を持つところが違うから嫌われたんだと思っていた。でも、どうやらそれだけではない……というか賢人と近い位置にいるという勘違いからくるやっかみに原因があるとわかってきて、賢人には近寄らないようにしてきた。
それなのに……。
賢人さえ近くにこなければ、誰の視線を集めることもなく、それこそ空気のような存在としてスルーしてもらえる筈なのに!
何回も何回も、それこそ小学校時代から抱えるモヤモヤに苛まれながら、弥生の高校生活初日は過ぎていった。
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