ちょっと無理です! 勘弁願います

由友ひろ

第1話 保育園~小学生~中学生

 保育園にもカースト制度は存在する。オムツもとれていないような幼児の集まりであれど、侮ってはいけない。

 この時期、四月生まれと三月生まれでは、できることとできないことの差が顕著だ。


 幼児の割にスラリと身長も高く、大人顔負けにお喋りも達者な四月生まれの有栖川賢人ありすがわけんとはカーストトップに君臨し、パンツ仲間でハーレムを形成していた。

 明らかに色素が薄い髪の毛や瞳の色は、純日本人には程遠く、整い過ぎた顔は全てのパーツが完璧で左右対称。頭も良くて、走るのも早い。そんな賢人をみんながチヤホヤする為か、いつでもオレ様。大人さえも見下す四歳児だった。


 片や、カースト底辺も底辺、三月生まれの渡辺弥生わたなべやよいはちょっとおっとりした……けっして何も考えていないおバカな子ではない……自己主張少なめなタイプで、あまり話さず、遊ばず、とにかくいるかいないかわからない。ほっておくと、何時間でも園庭の隅でダンゴムシを観察しているような、地味で目立たないまだオムツ離れしていない三歳児だった。


 この二人、普通に生活していけばカスリもしない、話すことさえない異次元の人種だった筈だった。例え同じ学校の同級生だったとしても、家さえ隣でなかったら。


「賢人くーん! 」


 賢人のとりまきの一人の美鈴みすずが、誰よりも先に賢人の側に行こうと園庭にいた賢人に走って行こうとした。彼女の目には賢人しか写っていなかったに違いない。目の前でしゃがみこんで靴を履こうとモタモタしていた弥生になんか気づかず、おもいっきり蹴り飛ばした。弥生は吹っ飛び、その上にのしかかるように美鈴は転がる。


「痛ーい! こんなとこでダンゴムシみたいに丸まってんじゃないわよ」


 美鈴は弥生に謝ることもなく、そこに弥生がいたのが悪いと責めてきた。


「……」


 痛いのは蹴られ、上に乗られた弥生だ。美鈴は弥生をクッションにして、怪我一つしていなかった。片や弥生は蹴られた尻は痣ができていたし、転がった際に膝を擦りむいていた。それでも弥生は泣くでも怒るでもなく起き上がると、定番の園庭の隅に歩いて行き、しゃがみこんで地面を観察しだした。


「賢人くーん、弥生ちゃんったら酷いのー。美鈴のこと転ばした癖に無視すんだよ」

「あれは美鈴ちゃんが悪いんじゃない? 」

「美鈴悪くないもん! 紗英さえちゃんずっこい! 賢人君は美鈴と遊ぶの! 」


 美鈴が転んでいた隙にちゃっかり賢人の隣を死守していた紗英に、美鈴がつっかかっていく。


「私が先! 賢人君は紗英と遊ぶんだから。美鈴ちゃんは弥生ちゃんとダンゴムシでも見てればいいじゃん」

「やだ! ダンゴムシきもい! 紗英ちゃんが弥生ちゃんとダンゴムシ見ればいいじゃん」

「やあよ! 汚ないじゃん。賢人君、滑り台行こう」

「美鈴とお砂で遊ぶよね」


 二人共、賢人の腕をギューギュー掴んで、自分が賢人と遊ぶんだとアピールする。


「あいつ、ダンゴムシみたい」


 賢人が弥生の後ろ姿を見てつぶやいた。


「俺、ダンゴムシつかまえてくる! 」


 賢人が二人を振り切って美鈴の横に走って行くと、慌てて二人もついてきて無理やり賢人の隣に割り込む。押し出されるように弥生が転がっても無視だ。


「おまえトロイな」


 転がった弥生を見て、フンッと鼻をならした賢人は、もうダンゴムシに興味をなくしたのか、捨てセリフのような一言を残して滑り台の方へ走って行った。


「賢人君待ってー」


 もちろん二人の女子も賢人を追いかけて行き、弥生は何事もなかったようにダンゴムシを観察した。


 この日から弥生のあだ名はダンゴムシになった。


 ★★★


「ちょっとダンゴムシ邪魔! 」

「ほんと、ダンゴムシのくせに図々しい。もっと離れなさいよ」


 弥生と賢人は家が隣なせいで、小学校に上がると同じ登校班だった。

 毎日、二列に並んで登校する。

 この並び順は保護者が決めたもので、決して弥生が賢人の隣に並びたいからではなかった。大人にこういうふうに並びなさいと言われて、なんとなく従っているだけなのに、毎日前後の女子からクレームを受ける。後ろからどつかれたり、わざと傘をぶつけられたりなどは日常茶飯事だった。


 隣に住んでいるだけで、隣を歩かされているだけで、女子からの当たりが強い。クラスも何故か小学六年間一緒で、席が隣だったことも多い。くじ引きで席替えするのに、どういう訳か隣になるのだ。隣でなくとも前後とか。

 こうなると、いくら弥生と賢人が仲が良い訳じゃなくとも、何で弥生ばかり! と、賢人ファンの女子達には弥生は敵認定されてしまっていた。


 これで弥生が人形のように可愛いとか、賢人の隣にいても映えるくらいの美人だとか言うなら、しょうがないと諦めてくれるのかもしれないが、残念ながら弥生はごく普通の……地味目なメガネ女子だった。硬くて量の多い黒髪を二つに結び、ジーンズにトレーナーか半袖Tシャツが定番で、あまり女の子らしくない格好ばかりしている。ブスではないけど美人じゃない、どこにでもいそうな女の子。それが弥生だった。


「弥生、今日おまえんち皐月さんいないんだって。うちで飯食えだってよ」

「……」


 帰りの会が終わった時、キッズ携帯を見た賢人が話しかけてきた。


「おい、聞こえてんのかよ」

「……わかった」


 少しイラッとした口調で声が大きくなる賢人に、視線を合わせることなく弥生はボソッと答えた。

 小学校も高学年になると、いくらボサッとした弥生も、女子から虐められる原因の一つに賢人との距離感があるということは察していた。そんなに仲良くしているつもりはないのに、家ぐるみの付き合いのせいで、連絡事項のような会話はある。それが賢人ファンの女子達には気に入らないようだ。


 できれば話しかけないでほしい。


 賢人が嫌いな訳ではなかったけれど、余計なことで女子にからまれるのはうんざりだった。

 中学は賢人のいない学校へ行こう! と決心したのは、小学五年生の時のことだった。


 ★★★


 中学で初めて弥生に友達ができた。

 山下花梨やましたかりんちゃん。笑顔の可愛い女の子だった。中一の時同じクラスで席が隣になって、愛想の良くない弥生にも話しかけてくれた。一緒にお弁当を食べたり、お互いの家に遊びに行くような友達になれた。

 残念ながら、第一志望の女子中に落ちてしまい区立の中学にくることになってしまったが、彼女と友達になれたし逆に良かったと思うようになった。同じ中学、同じクラスに賢人もいたのだが。


「弥生ちゃんって、有栖川君と幼馴染なんだよね」

「幼馴染っていうか……顔見知り? 」

「やだ、隣に住んでいるのに? あそこ、有栖川君の部屋でしょ? 」


 カーテンを開けて向かいを覗く花梨に、弥生は一応うなづく。


「保育園から一緒だけど、それは長谷川さん(美鈴)や小川さん(紗英)も一緒だし、彼女らのが有栖川君とは仲良いよ」


 弥生は高学年になった時から賢人のことは名字で呼んでいた。賢人は相変わらず名前呼びだったが。


「長谷川さんや小川さんって、二組の子だよね。休み時間の度に有栖川君のとこにくる」

「そうだね」


 あの二人は仲が良いのか悪いのかわからない。いつも賢人を取り合っている割に、一緒に行動することが多いからだ。


「あの二人、有栖川君ファンクラブを設立したらしいよ」

「へえ」

「ファンクラブに入らないと、有栖川君に近付いちゃダメなんだって。バッカみたいね。弥生ちゃんもファンクラブの子達に気を付けた方がいいよ」


 いつもニコニコしている花梨の口から、珍しく毒がはかれる。


「ふーん。私は有栖川君とは親しくもなんともないし、できれば無関係で過ごしていたいな」

「弥生ちゃんは有栖川君のこと好きじゃないんだ。へえ、あんなにかっこいいのに。あ! 有栖川君だ」


 窓からブンブンと手を振った花梨は、窓を開けて賢人に話しかけた。そして何故か三人で宿題をやるはめになってしまった。花梨の対話術恐るべしである。


 ほぼ初めて入った賢人の部屋は、モノトーンに統一されていて、つい先日まで小学生だったとは思えないくらい落ち着いた雰囲気だった。なんか……こう……可愛くない。


「うわあ、賢人君っぽい部屋だね」


 花梨はすでに賢人を名前呼びして、距離を詰めている。しかも、勉強する為に出したローテーブルに賢人と並んで座り、たまにボディータッチなどしていたりしていた。弥生は黙々と勉強していたが、すでに何で自分が同じ部屋にいるのかすらわからない。それくらい目の前の二人と自分とでは、亜空間にいるかのように異質に感じた。


「ちょっとトイレ……」


 弥生がいようがいまいが気にするとも思わなかったが、一応声をかけてから部屋を出た。


 今日は弥生と勉強する為に花梨は来た筈なのに……と、少し寂しく思いながらも、楽しそうに賢人とじゃれている花梨を見ていると、文句も言えなくなってしまう。

 トイレから戻って部屋に戻ろうとして、開いたドアの隙間から中が見えて足が止まった。


 花梨が賢人の両頬に手を当ててかなり近距離にいたのだ。


 キスしてる?!

 いきなりカップル成立したの?


 確かに花梨は可愛いし、賢人と並んでも遜色ないだろう。お互いに好意を持ったとしてもおかしくはない。おかしくはないが、あまりに進展が速すぎないだろうか? しかも、自分の存在はこの場合どうしたらいい?

 部屋には入れないけど、勉強道具がおきっぱなしだから帰るに帰れない。


 ノックする?


 それもなんかおかしい。

 正解がわからなくて、とりあえずそーっと階段を下り、わざとらしく音をたて階段を上がった。戻ってきたアピールは効いたのか、もう一度部屋に戻ってきた時には二人は離れていた。


 今まで賢人がモテていたのは知っていた。

 ただ、それを男女のアレコレと結びつけることはなかった。

 弥生の中でこの出来事はかなり衝撃で、ちょっとしたトラウマになった。






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