第12話 ロボケン・エイリアン!!

 その機界生命体がどのような罪を犯したのかは定かでない。気づけば記憶と名前とマインド・シードの一部機能を剥奪され、他の罪人と同じくスリープ状態で格納庫の隅に収容されていた。次に起動させられたとき、機体はかなり劣化しており、修繕作業にはそれなりに時間がかかった。

 どうしても一部のパーツが足りず、修理は難航したようだ。全機能の73%程度を再使用可能になった頃に、これ以上は機神亡き今修復することは不可能と判断された。それほど貴重なパーツをふんだんに使った機体らしかった。


 機体には番号と『ヴィルャヤレェーザ』という名称が設定された。

 その後で、何やらとてつもなく広い廊下を歩かされ、とてつもなく広い空間に通された。


 そこはヴィルャヤレェーザの劣化した機眼では果てが見えないほどに広大であった。


「あなたが原初の八機のうち一機、観測のロキオロですか」


 声がした方を振り向くと、そこには無数のケーブルを頭部から長髪のように伸ばした機界人が立っていた。


「? 私はヴィルャヤレェーザです」

「ああ、記憶は失っていたのですよね。その方が都合がいい。全盛期の七割しか機能を使えないのは残念ですが」

「あなたは」

「私はクュリエラィヤ。この機界では〝肺部〟の守護を担っています。あなたの新しい指揮官でもあります」


 そう言うと、クュリエラィヤはヴィルャヤレェーザに近寄り、見下ろした。クュリエラィヤは人型で、細身ではあったが、身長がヴィルャヤレェーザ二機分の高さだった。


「ここは機神の骸の肺のなか。とても広いでしょう。でも、殺風景です。私はここの景観を少しずつ変えていこうと思っています。そのためにあなたの力が必要です」

「何なりとお申し付けを」

「……。あなた、記憶と名前の他に、感情も剥奪されていたようですね」

「?」

「いいえ。その方が使役しやすく、都合がいい。生命体にとって感情は邪魔なだけですしね。さて」


 頭部の髪状になったケーブルをかき上げて、クュリエラィヤは告げた。


「ヴィルャヤレェーザ。あなたに惑星〝地球〟への観測任務を与えます」




     ◇◇◇




「その後、地球に潜伏していたヴィルャヤレェーザはなんやかんやあって、志摩あかつき博士の息子になり、なんやかんやで、今ここにいる志摩汰一となったのです」

「な……なんやかんや」

「はい。なんやかんや」


 ジャンピング・ジャンクの地下室で、僕と芽露先輩とマキナちゃんは正方形のテーブルを囲んで丸椅子に座っている。床につかない足をぷらんぷらんさせて何も考えていないふうのマキナちゃんに対し、先輩は「うぬぬ……」と難しい顔をして考え込んでいた。


「その……もういちど、説明を頼む……」

「もう三回目ですよ」

「うぐ。し、しかし……それだと志摩はまるでうちゅ、宇宙人であり、ロボットということに……」

「はい。僕は宇宙人でありロボットです」

「うぬお……」

「そうか。証拠がないから信じられないんですね。よいしょ」


 僕は反重力装置を使って浮き上がった。


「うわーーーー!?」


 僕は顔をミラーボールみたいに煌々と光らせて地下室をダンスホールに変えた。


「えーーーー!?」


 僕は自分の声帯からエレクトロニックダンスミュージックを流した。


「わあーーーー!?」

「というわけなんです」

「その機能いるのか!?」

「!!!!!!!」

「マキナちゃん何? もっと踊りたいの? ごめん、後でね」


 ミラーボールモードをやめて床に降りると、さっきまで音楽に合わせて躍っていたマキナちゃんが、抗議するように「!」「!」と服を掴んで引っ張りまくってくる。僕は脱げそうになるズボンを押さえてなんとか椅子に座り直した。抗議はまだ続いていて、小さな体で僕の背中によじ登ってくる。なんか肩車しているみたいになってしまった。


「マキナちゃん、じゃま……」

「!!!!」

「……はあ。えー、それでですね。僕が言いたかったのは、人間らしくなくても大丈夫!ってことがひとつです。だって僕自身が人間じゃないわけですからね。僕は機界生命体ですが、そんな僕を、父さんや母さんは大切にしてくれました。……でも、先輩が一番心配しているのは、そこじゃないですよね」

「ああ……。昔のわがはいと今のわがはいは違う……。例えば、昔のわがはいを知らない志摩が今のわがはいと接したとして……きっと志摩は、わがはいを好きにはならなかったと思うのだ……」


 肩に乗ったマキナちゃんに頬をぺちぺち叩かれながら、僕はにこにこと笑った。


「え、なぜにっこにこなのだ……?」

「いえ、なんというか、自信なさげな先輩ってやっぱり新鮮で可愛くて……」

「あ、あう」

「そのことなんですけど、たぶん、その通りかもなあと思います。僕は昔の先輩が好きで、今も好きなのはその延長です」

「やはり……」

「でも、人が変化していくのは当たり前のことです。先輩じゃなくても、過去から現在にかけて人は変わらずにはいられない。その結果、その人をもっと好きになる場合もあれば、嫌いになってしまう場合もあるし、いろいろじゃないですか。僕は、少しだけ変わってしまった先輩のことを、今でも好きです。それだけの話なんですよ」

「あ……」

「先輩の場合は昔の記憶がないから不安なんですよね。自分が昔から連続していることの実感がない。でも、それもきっと些細なことです。今の先輩自身もまた、これから先の未来へ向かって連続していく存在なんですから」


 僕は父さんにより、ヴィルャヤレェーザとしてではなく志摩汰一として再起動させられた。それは自ら望んだことではあったものの、ずっと宙ぶらりんな気持ちだった。

 僕にも過去があるという実感がなかった。過去の自分は記録としてしか残っておらず、感情の伴う記憶としては思い出すことができない。

 それでも芽露先輩に出会えた。

 たくさんのことを知って、情報が積み重なって、僕は変わることができた。

 今度は僕が導く。


「今は心細いかもしれません。自分には過去がないような気がして、自分の存在を不安定だと感じることがあるかもしれない。でも、大丈夫です」

「志摩……」

「僕と一緒にたくさんものづくりをしましょう。たくさん水族館に行きましょう。学校が終わったら途中まで一緒に帰って、商店街に寄ってコロッケの買い食いをしましょう。先輩はここからたくさん自分を知っていきます。機界で生まれたヴィルャヤレェーザだった僕も、今ではすっかり志摩汰一です。だから先輩も大丈夫ですよ」


 僕はマキナちゃんに頬をぐにゅっと潰されてタコみたいな顔になりながら言った。

 先輩は笑いながら泣いた。


「うはは、うははは、う、っふ、ふぐう、うぇぇへへ」

「先輩の表情が忙しくなっている!」

「ひひはは……ありがとう、志摩」


 どうやら安堵の涙だったみたいだ。先輩は眼鏡を外し、あふれる涙を白衣の余った袖でぬぐって、「ず」と洟をすすった。


「ずっと……不安だったから。志摩の言葉で、安心した。喋るの得意じゃなさそうなのに、一生懸命喋ってくれるし……」

「あはは……」

「志摩ってさ……」


 先輩が自然に微笑んで、頬を桃色に染めた。


「なんか、可愛いし、カッコいい奴……だな……」

「心拍数上昇・血流量増加・危険・危険」

「突然いままでで一番ロボットっぽいセリフを!?」




     ◇◇◇




 その後、マキナちゃんの熱血指導のもと、僕と先輩はイヴちゃん製作を進めていった。

 帰りが遅くなるといけないので、時間になったら作業を中断し、僕は先輩を家まで送った。

 製作が体育祭の日まで間に合うかどうかはわからないけれど、それでも、諦めるわけにはいかない。


 水曜日が終わった。

 残すは、あと二日。

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