第11話 ロボケン・リブート!!
「その素材とは……愛じゃ」
ごうごうと空調の唸る地下室で、父さんは「とか言っちゃって」とちょっと恥じらいながら言った。恥じらう父親って家庭内で見たくないものBEST3くらいに入る気がする。いや、それはともかく……
「愛……? 愛がイヴちゃんを動かすのに一番重要なの? どういうこと?」
「『マインド・シード』……それは機界生命体にとっての脳ともいえる。イヴちゃんに高度な情報処理を行わせるために必要な『アナザー・マインド・シード』も同様じゃ。しかしながら、地球人と機界人の『脳』のつくりは根本的に異なっておる。機界生命体は『機神』という、宇宙をただよう巨大な神から生まれた存在。その発生過程において、機神からの『愛』が使われておったのじゃ。機神の愛が『マインド・シード』を製造した。ゆえに、誰かの愛が『アナザー・マインド・シード』にも必要なのじゃ」
「……よくわからないけど、とにかく、愛が必要なのはわかったよ。でも、愛は形のないものでしょ。それを『素材』として『使う』というのは、どういうこと?」
父さんが白い口ひげを揺らして「ふぉふぁふぁ」と笑う。エンジニア少女のマキナちゃんがそんな父さんの服を「!」「!」とぐいぐい引っ張っている。炭酸飲料をせがんでいるのだった。父さんは「ステイ、ステイじゃ。後でまた持ってくるぞい」と宥めてから、ぼくの方へ向き直る。
「んじゃ、すべてを話そうかの」
それから、父さんは話してくれた。
父さんが愛していた、今は亡き女性のこと。
母さんに宿るアナザー・マインド・シードの製造過程のこと。
愛の形を記録する方法。
そのうえで、父さんは言った。
「なんにせよ、残り四日……いや今日はもう時間がないから残り三日じゃな。三日で神宮寺ちゃんの心を取り戻し、愛を育むことなど不可能じゃ。わしと
「…………」
「諦めることじゃ。なに、ロボット研究部が廃部になったところで、汰一と神宮寺ちゃんとの関係は変わらんよ。部室に集まれずとも、学校に、ファミレスに、公園のベンチに、集まれる場所はいくらでもある。それでよいんじゃないかのう」
「……それじゃだめなんだ」
「ふぉ?」
昨日、僕が部室で独りぼっちだったとき、先輩が現れてこう言った。
〝大事なものをこの部屋に忘れてきたような気がして〟
記憶は失っていたはずなのに、先輩は、ロボ研が大切だったことを覚えていたんだ。
「先輩と過ごした大切な時間がロボ研には詰まってる。いや、それ以上のものがロボ研にはあるんだ」
ロボ研を大切にするということは先輩を大切にするということでもある。ロボ研をつくったのは先輩で、存続させようと生徒会長と激論したのも先輩で、そのことを、先輩は記憶のどこか片隅に覚えているはず。
「守りたい」
先輩と一緒のロボ研での日々を。
「イヴちゃんは走るよ。だって僕は先輩を愛している。きっと、愛が何なのかを知らなかった頃から……」
◇◇◇
水曜日。
土曜の体育祭まで、あと三日。
西日が強まる放課後、高校の校門で、僕と芽露先輩は待ち合わせをしていた。
一足先に待っていた僕のもとへ、先輩は姿を現す。
先輩はだぼだぼの白衣に、ぐるぐるの瓶底眼鏡をかけていた。
あ……か、可愛い……。
「先輩、それ……」
「うむ……。なんだかこれを着てないと落ち着かなくてな……」
「すっごく可愛いと思います!」
「ふぇっ」
「サイズが大きすぎる白衣に小さな先輩が合わさると、先輩の小動物的愛くるしさが強調されて可愛いです!」
「ふ、ふぇぇぇ」
「ぐるぐるの眼鏡も、学者!って感じがして、ちっちゃい先輩が背伸びをしている感じで可愛いです!」
「あ、あぅあ、ぅ」
「……あ! でも先輩がもし『ちっちゃい』って言われるのが嫌だったらやめますね! ちっちゃいところが先輩の可愛さのひとつですけど、他にもいくらでも先輩の可愛いところはありますから!」
「し……志摩くん……」
「はい!」
先輩は、耳まで赤くした顔を、白衣で隠れた両手で覆って、ふるふる震えていた。
「ま、周りが、見てるんだが……」
僕が見回すと、周囲の生徒たちがこちらを眺めてひそひそと「(えっ何あれ……結婚?)」「(あんなん入籍じゃん)」「(式には呼んでくれよな、ダンプで突っ込むので)」などと話をしている。
そういえばここは校門だった。帰る生徒も多い時間帯。
やってしまった。
だけど、それはそれとして……
あんなに元気いっぱいで、傍若無人で、わははわははと大口を開けて笑うタイプだった先輩が……
こんなにも、しおらしくなって……
「これはこれで結婚したい……」
「だ、だから周りが見てるんだがっ!!」
◇◇◇
自宅兼ジャンク屋『ジャンピング・ジャンク』の地下室は、基本的には父さんと母さんと僕だけが出入りできる。マキナちゃんはどうなんだろう、地下室から出てきたことないからわからないな。うちの地下室は何階もあって、マキナちゃんが勝手に新しい階をつくって私物化しているところもある。あの子、一生出てこないつもりなんだろうか……。
ともかく、認証を経て僕と先輩は地下室に足を踏み入れた。先輩は僕が許可したので入れたという形だ。
イヴちゃんを完成させるには、ロボ研の部室の工具や部品だけでは足りない。専用の設備が不可欠だ。
そして、教えてくれる人も必要だ。
「そういうわけで、うちの地下室でイヴちゃん製作をやろうと思うんだけど、いろいろ教えて、マキナちゃん」
黒髪、黒褐色肌、金の瞳。オーバーオールを身に纏った幼女・マキナちゃんが、スパナを掲げて「!」と了解の意を示してくれた。
その後で、僕の隣に立っている先輩に目を留める。
「あ、こちらは僕の先輩」
「わがはいは神宮寺芽露だぞ……。よろしくな、ええと、マキナちゃん……?」
控えめに自己紹介する先輩にマキナちゃんは近寄って、なにやら先輩の匂いを嗅ぎ始める。先輩は「え、ええっ……?」と困惑。
嗅ぎ終わると、マキナちゃんは地下室の奥へ引っ込んでいってしまった。
と思ったらすぐ戻ってきた。
「!」
両手に持ったものを先輩へ差し出している。
「これは……大きなネジ……?」
「本当ですね。ドライバーじゃ回せなさそうなくらいに大きい。マキナちゃん、これは?」
訊くと、マキナちゃんはオーバーオールのポケットから紙のメモ帳を取り出した。何やら書き込んで、それから、「!」と僕らに見せてくる。
〝おさかずきのしるし〟
と書かれていた。
「杯を交わした……ってことだろうか……」
「たぶん『お近づきの証し』と書きたかったんだと思います」
普通に勘違いしてたので赤面する先輩。可愛い。
「そ、そうか……。ありがとうな、マキナちゃん。このネジ、ぴかぴかで綺麗だな……」
マキナちゃんは「!!!」と満面の笑顔になると、先輩からネジを取り返して、大事そうに胸に抱いた。
「えっ……くれたわけじゃないのか……?」
「レンタルだったみたいですね」
「レンタル!?」
マキナちゃんはわりとこういう子だった。僕の服をぐいぐい引っ張ってくるので、「はいはい」と言ってペットボトルのコーラを渡す。受け取ったマキナちゃんはすごい勢いでシェイクした後、やはりボトルを横にしてかぶりついた。破裂音とともに噴き出すコーラの七割がマキナちゃんの口に飛びこみ、残りはマキナちゃんの顔面にスプラッシュしている。先輩はドン引きしている。
「マキナちゃんが落ち着いたら、イヴちゃんの製作に入りましょう」
「ああ……うん……。ところで、志摩くん……」
「呼び捨てでいいですよ。志摩でも汰一でも」
「じゃ、じゃあ……志摩。……志摩は、そんなにわがはいが、その……」
「好きです」
「あぅ……」
先輩が白衣で覆われた両手を挙げて、余った袖の向こうに顔を隠してしまう。
「その仕草も可愛くて好きです」
「ひぅっ!? し、しかし……しかしだ……。こうも思うのだ。志摩が好きなのは、記憶と感情を失う前のわがはいなのではないか……?」
「そんなことはないです。昔も今も、先輩が大好きです」
「そう、なのか……?」
「はい。気持ちは変わっていません」
僕はまっすぐに先輩を見つめる。そうできることくらいしか僕には取り柄がない。
先輩は白衣の余った袖に顔を隠し、目元だけを出して、言う。
「だが……志摩が最初に好きになったのは……昔のわがはいだろう……。昔のわがはいがいなければ、今のわがはいを好きにはならなかった。今のわがはいは……昔とは違う……。……わがはいは、実感が湧かないのだ。以前の自分のことは覚えていないから……わがはい自身にそこまで好いてもらえるような価値があるとは……思えないのだ……」
「先輩……」
「わがはいは情緒豊かで天真爛漫だったらしいが……もうそれらは失われた」
苦悩する先輩の瞳が不安げに揺れる。
「人間らしくないわがはいには……好かれる要素がない……」
……少しだけ、笑ってしまいそうになった。
きっと、昔の先輩から見た昔の僕も、こんな感じだったのだ。
じゅうぶんに人間らしいのに、自分の姿がちゃんと見えていない。
僕の悩みも、先輩からしたら取るに足らないものだったのだろう。
それなのに、先輩は真面目に僕と向き合ってくれた。
だから僕も、真剣に応えたい。
「先輩。すこしだけ、話をさせてください」
あの海辺で、先輩が言い聞かせてくれた時のように。
「機界という、遠い遠い世界で生まれた……ひとつの〝機界生命体〟の話を」
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