第10話 ロボケン・ラブ

 火曜日の放課後。

 土曜日の体育祭まで、あと四日。

 帰りのホームルームを終えた僕は、芽露先輩と一緒に僕の家に帰ってきていた。

 ただいまー、と言いながら自宅兼ジャンクパーツ屋『ジャンピング・ジャンク』の二階に赴く。後ろには先輩がついてきている。


 父さんに話があった。


 僕は父さんの部屋の扉を開ける。

 ダイイングメッセージを書いた状態で倒れている父さんの肩を、とんとんと叩いた。


「父さん」

「いや、死んだふりサプラ~イズしたんじゃから少しは驚けぞい!?」

「父さん、そういうのはもういいんだ」

「辛辣じゃな!? わしは一応毎回工夫を凝らしているつもりで」

「父さん」


 僕は父さんの目をまっすぐに見る。


「今まで僕を驚かせようとしてくれてありがとう。僕のなかに感情の波をつくろうとしてくれてたんだよね。でも、もう大丈夫だから」


 父さんは目を見開くと、少しだけ寂しそうな顔をした。

 でも、すぐに笑って白ひげを撫でる。


「そうか。まあ、サプラ~イズはわしの趣味じゃから今後も続けるとして」

「続けるの!?」

「真面目な顔して、何の用じゃ?」


 僕は先輩に目配せする。先輩は「お邪魔します」と言って進み出て、僕の横に並んだ。


「単刀直入に言うと、僕と先輩は」

「結婚じゃな!?」

「違うよ!? 協力して次々々世代型アンドロイド・イヴちゃんを完成させたい。父さんにそのサポートをしてほしいんだ」


 僕の隣で先輩も頷く。先輩にはもう、ロボ研存続の危機のことや、体育祭の部活対抗リレーのこと、ロボット製作の意義について説明してある。


「ふぅむ……」


 父さんは僕の言葉を聞いて、あごひげを撫でながら何かを考えている。思慮深い瞳。いつもバカっぽい父さんだけど、よく見るとたまにこういう目をしていることがある。


「まあ、ともあれ神宮寺ちゃんをおもてなしせねばならんのう。かあさーん!」


 リビングの方で、はーい-、と聞こえた。父さんは僕らをよけて部屋を出ると、廊下を歩きながら母さんに向けて「神宮寺ちゃん来たからなにかつくってくれんかの~!」と声を張る。僕と先輩は顔を見合わせてついていく。

 と、リビングとは別の方向へと父さんは歩き始めた。


「父さん?」

「神宮寺ちゃん、そっち行くとリビングじゃから母さんとくつろいでてな。汰一はこっち」

「えっ」

「ついてくるんじゃ」


 父さんが階段を下りていく。


 僕と先輩は頷き合って、一旦別れた。




     ◇◇◇




 ジャンク屋である一階、その店の奥で、父さんは壁のスイッチを押す。

 ゴゴゴゴ、と地響きのような音とともに、床が鈍い動きでずれていく。

 地下室への入口が姿を現した。


「毎回思うんだけど、父さんならもっと普通に開く入口をつくれたよね」

「地下室は浪漫! 重々しく動く仕掛けもまた浪漫じゃ」


 コッ、コッと足音を立てて父さんが地下への階段を下りていく。ついてこいということなのだろう。追う。

 ひんやりとした空気が足を舐めていき、やがて全身を冷気が覆った。


「まず言っておくかの。イヴちゃんを完成させることはできん」

「え……」

「立って、歩かせ、走らせる。そこまでなら、四日という短期間でも可能じゃ。じゃが、一緒にリレーを走る生徒たちをよけながら自由自在に走り、もしも転んだら起き上がり……といった動作を、速いスピードを保ちながら行う……。これははっきり言って無理じゃ」

「そんな。でも父さんは一夜にして母さんを二足歩行仕様に変えたじゃん。イヴちゃんも簡単にリレーで走れるようになるって……」

「あの時は『マインド・シード』を製造できる可能性が十分にあったからじゃ」


 階段を下りきった父さんは、指紋認証と網膜認証と声紋認証を経て扉のロックを解除した。部屋に入っていくので僕も続く。


「正確には『アナザー・マインド・シード』じゃな。おぬしの意識の核にある純正のマインド・シードではなく、わしが見様見真似で開発した、偽物のマインド・シード。母さんの核にあるものも『アナザー・マインド・シード』じゃ」

「……うん。〝機界生命体〟である僕の体内で脳の代わりをしている『マインド・シード』……それは機神の骸からのみ排出されるもので、コピーは不可能。でも〝セラフィム〟の天才だった父さんは、不完全ながらも父さんなりの独自要素を組み合わせることで、疑似的に『マインド・シード』に近い動作をするコアを発明した。それが『アナザー・マインド・シード』、だったよね」

「その通りじゃ」


 地下室内は冷房が効いており、さまざまな大型の機械類が並べられている。ここ地下一階に置かれているのはフェムトワイヤー放電加工機や虚数数値制御式複合加工機といった工作機械が主だ。

 父さんは「お~い、マキナ~」と声をかける。

 呼び声に応じて、機械の陰からひょこっと幼い少女が現れる。

 身長は百十センチほど。黒褐色の肌と金色の瞳、肌の色よりも濃い黒色の短髪が特徴的だ。デニムのオーバーオールはサイズが大きすぎるが、不思議と彼女に似合っている。


「マキナ、『アナザー・マインド・シード』の設計書を持ってきてくれんか?」


 マキナちゃんはスパナを持った腕をビシッと掲げて「!」と返事をした。わかった、という意味なのだろう。たたっと走って部屋の奥へ消えていく。

 彼女はああ見えて辣腕のエンジニアだ。なんか地下室に住みついていて、いままで地上に出てきたことはない。いつも無言で、喋ったところを見たことがないけれど、表情も感情も豊かで、特に大好物の炭酸飲料をあげると「!!」とか「!!!」みたいな感じに喜んでくれる。

 マキナちゃんは分厚い紙の束を持って戻ってきた。


「!」

「ありがとうじゃよ。ほいドクペ」

「!!!!」


 マキナちゃんはドクペ(炭酸飲料)の缶を横にしてかぶりついた。めぎっ、という音とともに缶に穴が開く。ジュースが溢れてきて、それをそのままごくごくじゅるじゅる飲んでいる。いつ見てもワイルドな飲み方だ……。


「さて汰一、話の途中じゃったな。ええと、どこまで話したんじゃったかのう?」

「イヴちゃんを完成させることはできない、なぜなら『アナザー・マインド・シード』がないから」

「そうじゃったの。純正の『マインド・シード』の入手は機界に侵入でもしない限りは不可能。じゃからといって『アナザー・マインド・シード』についても製造は難しい。つまり――――イヴちゃんに高度な動作をさせることはできんということになる」

「マインド・シードは僕や母さんの意識を司る最も重要な装置。高度な思考を可能とするその演算装置を持たせられないのなら……イヴちゃんに人間と同じようにリレーを走らせることはできない。ということ?」

「左様じゃ。母さんにすぐ二足歩行させることができたのは、ヒトの脳の性能にも届きうる最強の演算装置が元から組み込まれていたから。イヴちゃんには、それを搭載できん」


 こぼれたドクペが床にぽたぽたと垂れている。マキナちゃんの凄い飲み方を眺めながら、僕は「でも」と口を開く。


「父さんは以前『イヴちゃんをリレー競走で勝てるようにできる』と言っていた。それはなぜ?」

「アナザー・マインド・シード製造を可能とする、が手に入る予定じゃったからじゃ」


 父さんはマキナちゃんが持ってきてくれた紙の束を開く。それはアナザー・マインド・シードの設計書だった。


「汰一と神宮寺ちゃんのおデート。きっかけをつくったのはわしじゃが、あのおデートこそが、イヴちゃん完成に最も必要な工程じゃった」

「そうなの?」

「第三の指令。おぬしらは不幸にも機界からの訪問者の地球収奪に巻きこまれてしもうたが……あれさえなければ、第三の指令を実行していたはずじゃ。その指令とは……」

「指令とは……?」


 父さんが唇をんちゅーと尖らす。


「『キッスせよ』」

「父さんその顔気持ち悪いからやめ……キッス!?」

「『※無理なら恋人繋ぎするだけでも許してやるぞい』とも書いておいたがの」

「ど、どうして? いま関係ある?」

「大ありじゃ。この第三の指令をこなせておれば、アナザー・マインド・シード完成の目処は立っていた」

「どういうこと……?」

「わしと母さんは愛し合っておる。それはアナザー・マインド・シードが、この世で最も美しい素材でつくられているからじゃ。その素材とは」


 設計書のとあるページをめくって父さんは手を止めた。

 そこには、ハートマークが描かれていた。


「愛じゃ」




     ◇◇◇




「あら お父さんと汰一さん 戻ってきたのね」

「志摩くん。お母さまの手作りお菓子、とてもおいしいな。サクサクで、甘くて……わがはい、驚いてしまった……」


 リビングに戻ると、キャタピラロボの母さんと、私服姿の芽露先輩が向かい合ってテーブルについていた。父さんが目を輝かせて「母さんのクッキーか! わし大好きなんじゃよな~」と一気に五枚掴んで口に放り込んでいる。母さんは「もう お父さんったら」と言いながら(^v^)という顔を表示し、先輩はドン引きしている。


 それから先輩は、僕の真剣な面持ちに気づいた。


「……志摩くん? どうかしたのか……?」

「先輩」


 僕の大切な先輩。


 僕は……

 元気いっぱいな先輩を見ると、胸がほわほわした。

 恥ずかしがる先輩を見ると、胸がきゅんきゅんした。

 記憶喪失になってしまった先輩を前にして、僕の胸は、ぎゅうっと締めつけられた。


 そんなふうにさせてくれるのは、先輩だけだったから……


 きっと、こういうことなのだ。


「好きです」

「……え?」

「先輩が好きです」

「えっあっ、えっ?」

「すごくすごく、大好きです」

「え? えっ? えっ?」


 急な告白に戸惑って、先輩が目線をきょどきょどさせる。

 僕はそんな先輩の両手をとって、きゅっと握った。

 ああ、ようやく言葉にできた。


「僕は先輩を愛しています!」


 先輩の顔が、真っ赤になる。


「ふええええええ~~~っっ!?!?」

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