第7話 ロボケン・デート!? ~第二の指令~
「ハァ……ハァハァ……ご来店……ありがとうございました……」
興奮しきりのヤバイ店員に見送られ、商店街のなかの服屋〝ネイビー〟を後にする。僕はせっかくだから芽露先輩にメイド服を買った。びっくりするほど高かったけれど、父さんからデート(?)用の小遣いは持たされているので問題はない。一方、先輩は店員を始終警戒しつつ、僕のために変なTシャツを買ってくれた。
そういうわけで僕はいま、ウーパールーパーの絵がプリントされたTシャツを着ている。
「これ僕に似合ってますか?」
「似合ってるぞ! 自信を持て」
「そうですか。自信……持てるかわかんないですけどありがとうございます。先輩はメイド服着てくれないんですか?」
「やだがと言っただろーが!」
「えー、家ででもいいから着てください」
「む……、まあ、家の中でなら……」
「そして僕に自撮り送ってください」
「変態か!?」
「えっ? 変態じゃないです」
「うるせーーぞ天然変態。さっきなどスクール水着だのチャイナ服だのわがはいのあられもない姿を見て、かっ、かわいいなんて言いまくりやがって……にへへ……し、志摩はほんとうに変態だな。メイド服着た自撮りなんて送ったら、どんな反応を寄越してくるか……………………ふへ」
よくわからないけど送ってくれそうだった。僕は先輩のメイド姿を想像してほわほわとなる。先輩も一緒にほわほわとなっているようだったが、はっとして、先輩は父さんに渡された小箱を取り出した。
「指令のことを忘れていたぞ! こなしていかねばな。ええと、ふたつめの小箱は……これか!」
〝②〟と記された機械仕掛けの小箱。スイッチに指を沈み込ませると、またもや立体映像が空中に投影される。
〝指令②〟
〝海辺の水族館へ行き、イチャイチャせよ〟
「…………」
「…………」
僕と先輩は顔を見合わせた。
そしてお互いに逸らした。
((……イチャイチャ……))
◇◇◇
「イチャイチャって何なのだ!? 要は水族館に行ってお魚鑑賞を楽しんでくればいいという話だろう。別にあの博士が監視しているわけでもなし、この水族館チケットを消費して戻ってくればいいだけの話だ」
「そうですね。いくら父さんでも僕らの様子をどこかで見ているとは思えない。そのへんは大切にする人ですから」
というわけで、僕らは電車で移動して
「ときに志摩。水族館は好きか?」
「うーん、わかりません。落ち着く場所だなとは思います。先輩は?」
「わがはいは」
だぼだぼ白衣の袖で瓶底眼鏡の位置をチャキッと直し、先輩は不敵に笑った。
「だーい好きだ」
「だーい好きですか」
「この水族館だけでもすでに十回以上は訪れている。博士はデートスポットだからというだけでここを選んだのかもしれんが……わがはいたちが今からするのはデートではない。七つの海をまたにかける大冒険だ」
「大冒険」
「おまえには今日、水族館の魅力をこれでもかというほどに叩き込んでやるから覚悟しておけ。さあ行くぞっ! まずはこの水槽だ!」
「あ、これ知ってます。イソギンチャクですよね」
「よく知っているな! そしてイソギンチャクと相利共生の関係にあるのがクマノミだ。見ろ! もこもこ突き出たイソギンチャクをかき分けてクマノミが現れたぞ! あははははは!」
「ここ笑いどころなんですか!?」
でも確かに面白いかもしれない。じっと見つめてみる。体の小さなクマノミがもこもこの中に出たり入ったりする様子は可愛らしい。水槽の横の生態解説を読んでみる。なるほど、こういう理由があってクマノミはイソギンチャクに刺されずにいられるのか……。
「見ろ志摩! こっちではハギの仲間が泳いでいる! しかもわがはいの方を向いているぞ!」
「先輩に何か伝えようとしてるのかもしれないですね」
「ふむふむ、なになに……? 『ダシテ……ココカラダシテ……』」
「かわいそうすぎる……」
「こっちにいるのはフエダイだ!」
「スルーですか!?」
ぴょんぴょん跳ねるように歩いていく先輩を、追いかける。光の揺れる道を進んでいく。
先輩はすごいな。
たくさん感動して、その感動を力に変えて、元気いっぱいにはしゃぎ回れる。
僕なんかとは違って、夢中になれるものがある。
◇◇◇
館内を一通り見て回り、僕と先輩は水族館の外に併設されたカフェでのんびりとしていた。テラス席を選んだので、ほどよい風を感じる。近くの海から潮の匂いも運ばれてきて、なんというか今日は昼から海三昧という感じだ。
「トロピカルジュース、うまー!」
「アイスコーヒーもおいしいです」
「志摩、今日はどうだった? 水族館、楽しかったか?」
「あー、はい」
「わがはいも楽しかった~! 特に深海生物コーナーに新しい奴が増えてて興奮してしまったぞ! テヅルモヅルが気持ち悪くて最高だったな! あんな姿なのに動物なんだぞ? 海は神秘で満ちている……」
「そうですね」
「志摩はどこが一番よかった?」
「僕ですか? 僕は……」
思い出してみる。イソギンチャクとクマノミ。間抜けな顔をしたマンボウ。なんだかソリッドなノコギリザメ。グロテスクな深海生物。神秘的なクラゲ。歩き方がてちてちしているペンギン。
どれも良かったといえば良かったし……どれも普通だったといえば、普通だったし……
「あー……僕も、テヅルモヅル……が良かったです」
そう言って、コーヒーに口を付ける。飲みながら先輩の顔を見る。
瓶底眼鏡の向こうで瞳を輝かせてにこにこしていた先輩は、徐々に笑みを弱めていき、なんだか気まずそうな表情になった。
「……志摩。もしかしてあまり楽しめなかったのか?」
「え? そんなことはないです。先輩といるのは楽しいですよ」
「違う。水族館をだ」
僕はとっさに否定できない。先輩の顔がやや暗くなる。
「ごめんな。そういえば、わがはいばかりはしゃいでいて、おまえを置いてけぼりにしてしまっていたかもしれない。もっとじっくり見たい水槽もあったよな。それに、もっとわがはいが、水族館の魅力をうまく伝えていれば……」
「先輩。気にしないでください。僕がもともと水族館に興味がなかっただけだから」
「いいや。わがはいは宣言した。おまえに大冒険をさせてやると。だというのに……ノれていないおまえに気づくことすらできなかった。反省だ」
「それは……」
「悪かった。次はちゃんとおまえのことを見て」
「それは違うんです、先輩」
僕はうつむいた。違うんです。先輩は何も悪くない。悪いのは、僕の心の欠陥だ。
「以前もお話ししたことがありましたけど……僕は感動というのが生まれつき、できないので。人間としての情がないというか。だから先輩のせいとかじゃないです。僕の心が動かないのは、僕という個体の直せない不具合であって、これはもう誰が悪いとかじゃないですよ。……だから、その……あ、でもロボ研に入って創作活動を続ければいずれ、何かに感動できるようになりますよね。はは……」
先輩と目を合わせづらい。無意味にコーヒーを口へ運ぶ。冷たい苦みが舌の上で広がった。
ぎし、と椅子が鳴る音。
見ると、先輩が立ち上がっていた。
「先輩?」
「せっかくだ」
トロピカルジュースをちゅーっと一気に飲み干した先輩が、真面目な顔で僕を見ていた。
「海行くぞ」
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