第6話 ロボケン・デート!? ~第一の指令~

 十月の快晴は清々しい。

 残暑も終わって、外は涼しかった。道端のドウダンツツジの生け垣が紅葉しており、秋を教えてくれる。

 芽露めろ先輩が隣で心地よさそうに深呼吸をしている。

 私服の上から羽織った白衣が、通り抜ける風にふわりと揺れる。


「先輩っていつも学者みたいな白衣ですよね」

「そうだが?」

「なんでですか?」


 僕の質問に、先輩は「ふふん」と得意げに鼻を鳴らした。


「カッコいいからだ」


 今日、僕と先輩はお互いに似合う服を買いに出かける。


 一週間後の体育祭までに高性能ロボットをつくる必要に迫られた僕ら。協力者として選んだのは元ロボット研究者でもあるうちの父さんだ。しかし父さんは技術や知識やロボットパーツを提供する前に、三つの指令をこなすことを条件として提示した。

 一番目の指令は〝服屋にてお互いに似合う服を選び、愛を込めてプレゼントし合え〟……。

 父さんの思惑としては、僕と先輩の間柄を恋愛に発展させようということらしい。

 普通に考えたら僕と先輩の仲を微妙な感じにしかねない行為だと思うんだけど……わかっているのかな……。


 それに、僕らはあくまで後輩と先輩の関係でしかない。

 僕は先輩を尊敬しているし、先輩も僕を後輩として大切に思ってくれているみたいだ。だけど、恋愛、恋人関係となると、想像がつかない。

 そもそも僕は人に恋愛感情を持ったことがない気がする。

 先輩と、そういう関係になりたいかといわれると……よくわからなかった。


 先輩はどうなんだろう……。


 僕は隣を見る。

 白衣に瓶底眼鏡の芽露先輩は、指令内容を立体映像で表示させる謎の箱形機械を眺め回しており、そちらに興味津々だ。


「なー志摩。いったいあの博士は何者なんだ? 現代の科学以上の技術を持っているようにも見えるが……」

「さあ先輩、指令をこなしましょう。まずは服屋に行きますよ」

「え。おまえ今話題を逸らしたのか? 珍しいな! やっぱり何か知ってるだろ! 教えろ!」

「……すみません。教えられないです。父さんに口止めをされていて。申し訳ないです」

「あ、いや……そんなガチで謝らなくてもいいぞ。そうか。マッドサイエンティストはミステリアスだということだな……!」


 ひとりで納得している先輩。うんうんと頷いた拍子に瓶底眼鏡がずり落ちかけるが、それを白衣で隠れた指先で整えると、「よし!」と元気な声を出した。


「そんじゃあ、第一の指令を片付けよう。行くぞっ!」


 拳を空に突き上げ、だだだっと走りだす先輩。僕は「あ、待ってください~」と追いかける。つい先輩が白衣の裾を踏んで転んでしまわないか心配になってしまう。


 裾を地面に引きずり、袖が大幅に余った、だぼだぼの白衣。


 指令は〝お互いに似合う服を選べ〟とのことだったけれど……


 白衣以上に先輩に似合う服なんて、あるのだろうか。




     ◇◇◇




 落ち着いた雰囲気の店内に入ると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。いらっしゃいませ、と控えめながらよく通る声で店員さんが挨拶する。

 僕と先輩は〝ネイビー〟という服屋に着ていた。

 選んだ理由は、商店街を歩いてて最初に見つけたから。


「志摩はファッションのことには詳しいのか?」

「いいえ、全然。先輩は?」

「まったくもってわからんし、興味もない。着られれば何でもいいし、どうせ上から白衣を羽織る」

「先行き不安ですね……」


 ふたりで店内を見て回る。店は狭く、そのぶん大量の服がぎゅうぎゅうに押し込まれていた。僕は服を見たってなんとも思わないタイプだから、適当に物色はしても先輩に試着してもらおうと思うところまでいかない。それは先輩も同じのようだった。

 結局、何もお気に入りを見つけられないまま店内を一周する。

 先輩は「ぐぬぬ……」と苦い顔をした。


「これでは指令をこなせないぞ……! なんとかならないのか、志摩!」

「そう言われても……」

「お客様、お困りですか?」


 話しかけてきたのは若い女性の店員さんだ。短い黒髪を首元で切りそろえていて、清楚な人という感じがする。ちょうどいい、この人に聞いてみよう。そう思って一歩出ると、先輩が僕の背後に隠れた。どうしてだろう。


「こういう場所で店員に話しかけられるのは苦手だ。おまえ話せ」

「え……わかりました。あの、店員さん。この人に似合う服を探してるんですけど」

「かしこまりました。そうですね……。そちらのお客様はロ……小柄なお方でいらっしゃいますので、このあたりの服がお似合いかと思います」

「ですって、先輩」

「え……おいちょっと待て」

「ご用意致しますので、試着室でぜひぜひお召しになってくださいませ~。あとその野暮ったいお眼鏡は外させていただきますね~」

「待て! このぐるぐる眼鏡はわがはいの誇りで……しかもなんだこの服! おい!」

「ぜひぜひ~」


 先輩が試着室に飲み込まれていく。






 数分後、試着室のカーテンがシャッと開けば、そこには白衣も眼鏡もない、生まれ変わった先輩の姿があった。

 というか近所を歩いてる学校帰りの小学生女子みたいな格好になっていた!


「白地にブルーの水玉シャツに赤色をしたフリルのレーススカートを合わせてみました~。スカートはミニ丈なのでとってもガーリー! 白と黒のハートマークも散りばめたキュートな柄なので、お客様の無垢ロ……天真爛漫さを存分に引き立てた、正統派JSコーデとなっております~」

「志摩。助けてくれ」

「え、可愛いですよ」

「かわ!? 知るか!! わがはいはガキじゃない!! なんだこのガキくさい服は!! もっと大人っぽいやつにしろ!!」

「かしこまりました~」


 先輩が試着室に飲まれる。






 試着室がシャッと開く。

 露出度の高い小学生女子みたいな格好になっていた!


「貴様!!」

「トップスは英字プリントのキャミソールでおへそを出して涼しげに! 合わせてデニムのショートパンツと黒ニーソで絶対領域のまぶしいロリビッ……大人っぽさを演出してみました~!」

「志摩! こいつを黙らせろ!」

「可愛いし、いいと思いますよ」

「四面楚歌!!」

「二面楚歌では?」

「うるさいぞ」

「はい次いきましょうね~」


 先輩が試着室に飲まれる。






 シャッと開く。

 メイド服だった!


「アアアアアア!!」

「伝統的なメイドらしさを残したロングスカートのクラシカルなメイド服です~」

「志摩アアア!!」

「可愛い……」

「誰も助けてくれない!!」


 試着室に飲まれる。

 シャッと開く。

 スクール水着だった!


「なぜだ!!」

「旧々スクは正義です~」

「可愛い……」


 飲まれる。

 シャッ。

 チャイナドレスだった!


「やめろ!!」

「スリットがえっちです~」

「可愛い……」


 シャッ。

 花魁衣装!


「はああ!?!?」


 シャッ。

 チアリーダー!


「んなあああ!?!?」


 シャッ。体操服! シャッ。レオタード! シャッ。お祭りはっぴ! シャッ。ギリースーツ! シャッ。猫耳カチューシャ! シャッ。割烹着! シャッ! シャッ! シャッ! シャッ!


「おい!!」「やめ!!」「何なんだ!!」「ぐぬぬ!!」「ふざけるな!!」「可愛くない!!」「うう……!!」「……っ!!」「……わ、わがはいは……!!」「可愛くなんて……!!」「ないぞ……!!」


 一通りファッションショーが終わり、店員さんが興奮しすぎてうわちょっとこれもうやべえわと言いながら店の奥へ引っ込んだ。そうしてふたりきりになった時、先輩は僕におずおずと訊ねた。


「わがはいは……可愛いのか?」

「言ってるじゃないですか。先輩は可愛いと思いますよ」

「は……はじめて、言われたが……」

「でも」


 預かっていた大きい白衣と瓶底眼鏡を、先輩に返す。


「これ着けてる先輩が、一番カッコ可愛いです」


 僕は第一の指令をクリアした。

 たくさんの可愛らしい服があり、それらを着た先輩は全部可愛かった。でも、やっぱり一番似合うのは、この白衣と眼鏡なんだ。見慣れているからではない。先輩が元気に笑うとき、先輩が勢いよく憤慨するとき、決め顔するとき、ゲス顔するとき、目をキラキラ輝かせるとき……いつだって白衣と眼鏡があった。

 今回のことで、先輩にはもっといろいろな服を着てほしいと思った。

 だけど、きっと白衣と眼鏡の先輩が、これからもずっと一番だ。


 みたいなことを要約して先輩に伝えると、先輩は、なぜかそっぽを向いて黙っていたけれど……

 白衣に袖を通し、眼鏡をかけたらすぐに僕の方を向いて、得意顔で「にへへっ」と笑って言った。


「そうだろお~?」

「でもたまにメイド服着てください」

「やだが!?」

「お客様! 次はマイクロビキニを」


 僕らは逃げた。

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