第4話 ロボケン・サプライズ!!
『ジャンピング・ジャンク』は商店街の本当に目立たない一角にある寂れたジャンク屋であり、僕の家だ。薄汚い雰囲気と、鉄錆の匂いと、明滅する切れかけの電灯のせいで、人は全然寄りつかない。存在すらあまり知られていないだろう。もっと宣伝しないのか、と父さんに尋ねたことがある。返ってきた答えは、「知る人ぞ知るジャンク屋。カッコいいじゃろ?」だった。よくわからない。
「おおっ。これはすごい!」
芽露先輩は、店に入るなり瓶底眼鏡の位置をチャキッと整えている。
「なんか先輩の目から見て掘り出し物ありますか?」
「ないが」
「ないんですか……」
「ないが、量と、古さがすごい。どうやったらこんな、使えもせず見栄えも悪いガラクタをこれほど大量に集められるんだ? ある意味で物凄い情熱がなければこうはならない……」
褒めているのか貶しているのかが謎な先輩の評を聞き、僕はこの店に客が来ない根本的な理由を知ったのだった。
「ただいまー」
僕が店の奥へ声をかけると、父さんは姿を見せず、二階の方から、うーい! と声だけを寄越してくる。どうやら店番をせずに二階の自室でくつろいでいるようだ。客が来ない理由。
「じゃあ先輩、上がってください」
「おう。友達んちに来るのなんて、小学生の頃に男子とスマブラやりに押しかけた日以来だな……」
二階への階段を上っていく。今日は父さんと話すことが目的なので、廊下の突き当たりの父さんの部屋をノックした。
「父さん、入るよ」
「おーう」
僕は扉を開けた。
父さんはパンツ一丁でうつ伏せに倒れて床に血でダイイングメッセージを書いていた。
「オワアアアア!? 死んでる!?」
「先輩、大丈夫です。いつものことなので」
「はぇあ!? だって思いっきり倒れて」
父さんはスッと起き上がった。
「……い、生きてる……」
「サプラ~イズ。何じゃ、今回はやけに驚いてくれるなあと思ったら、汰一おまえ女子の友達なんか連れて来て……」
ケロリとした顔で、剃り残しのある顎を撫でる父さんだったが、言葉を途中で切り、固まる。
「父さん? どうしたの?」
「……お赤飯じゃ」
「え?」
「遂に汰一が彼女を家に連れてきたぞオオ!? 今晩はお赤飯でお祝いじゃアアア!!」
「父さん。この方とは別にお付き合いをしているわけではなくて」
「ってか彼女連れてくるなら先に言いなさいよ!! 彼女さんが来るならこんな格好でこんなくだらないサプライズするわけねーじゃろ!! キャー!! 胸毛見えちゃう!! ミナイデ!!」
パンツ一丁でキャーキャー喚く白髪の中年男性の姿がそこにあった。父さんはクローゼットから服を引っ張り出す。その際、クローゼットの中の段ボール箱を倒してしまい、近くに積まれていた雑誌のタワーが崩れた。しかし父さんは気にした様子はない。部屋中のいろんなものを床にぶちまけながら最低限の身だしなみを整えた。
仕切り直しとばかりに、こほんと咳払いをする。
「お見苦しいところを見せたのう、汰一のお嫁さん」
「お嫁さんじゃないよ」「彼女ですらないが」
「わしのことは博士と呼んでくれ。もじゃもじゃ白髪じゃが、こう見えても四十代じゃ。機械のことなら詳しいから、いつでも相談してくれていいぞい。それから、息子の汰一のことじゃが、こいつは冷静すぎるきらいがあっての。恋愛沙汰とは縁遠いと思っていたんじゃが、そんな汰一の心をゲットした君は、きっと本当に魅力的なのじゃろう。わしは君たちふたりを全面的に応援するぞい。そうじゃ、母さんも呼ぼうな。かあさーん!」
父さんが声を張り上げると、「はい なんでしょうか あなた」と声がして、廊下から母さんが姿を現した。
母さんは、下半身がキャタピラで上半身が人型の、ロボットだ。
「うおわわわああ!?」
「先輩、驚きすぎですよ」
「母さん、この子は汰一の将来のお嫁さんなんじゃ」
「あら そうなのですか ふふ おどろかせてごめんなさいね 私は 汰一の母代わりをしている K-sn235と申しますわ」
母さんの顔部のディスプレイに、(^v^)みたいな笑顔の顔文字が表示される。背丈が僕の腰までしかないので、先輩のことを見上げる形となった。
「さあ母さん! ふたりのために、久々に腕によりをかけてお赤飯カレーをつくるぞい!」
「ふふ レシピ通りにつくらなきゃだめですからね あなた」
父さんと母さんは、意気揚々とキッチンへ歩いていく。
部屋には、僕と、先輩だけが取り残された。
「……なあ、志摩」
「何ですか、先輩」
「世紀の大発明をするのは、大抵、マッドなサイエンティストだ」
「そうとは限らないと思いますけど」
「そしておまえのお父さんは、なかなかのマッド」
「決めつけないでくださいよ」
「つまりだ……!」
先輩は白衣で隠れた指先で、ずり下がっていた瓶底眼鏡を直し、ワクワクが止まらないといった表情で言った。
「おまえのお父さんは、すごいロボットをつくるための、最強の助っ人なんじゃないか!?」
僕は遠い目をして、「そうかもですね」と呟いている。
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