第3話 ロボケン・ディスカッション!!

「これより、作戦会議を始めるっ! 拍手!」


 神宮寺じんぐうじ芽露めろ先輩が楽しそうに宣言し、僕はぱちぱちと拍手した。


 ここはロボット研究部に割り当てられた部室。爆発事件から一日が経って、まだ至る所に爆発の痕跡があるが、一応使えるくらいには復旧している。工具箱や鉄くずの入った段ボール箱が隅に置かれ、先輩が今までに作ったロボットは棚の中に大切に飾られていた。

 僕はパイプ椅子に座り、先輩はホワイトボードの前に立っている。

 ボードにはマジックペンで「ロボ研よ永遠なれ」と殴り書きされている。そして端っこには生徒会長の似顔絵が描かれ、バツ印をつけられていた。


「まず今回の問題について確認しよう」


 先輩は相も変わらず瓶底眼鏡に二つ結びの黒髪。そして制服の上からだぼだぼの白衣を羽織っている。幼さの残るソプラノの声で、問題の整理を始めた。


「一言で言うと、ロボ研、廃部の危機である。邪知暴虐の生徒会長は、わがはいたちの大切な仲間、次々々世代型アンドロイド・イヴちゃんを部員と認めないなどと傲岸にも主張した。そうなるとロボ研の部員数はふたりとなり、規定の人数に届かなくなってしまう。そこでわがはいたちは権力に抗うため、生徒会長を罠に嵌めた。その成果が」


 指をパチンと鳴らす先輩。

 僕は促されているのだと気づき、スマートフォンに録音した音声を再生した。


『ああそう! だったらやってみればいいじゃない! もしもロボ研がそれを走らせて部活対抗リレーで一位になったら、そのロボットを部員と認めてあげるわよ!』


 先程録音した生徒会長の声がリピートされる。先輩は満足げに頷き、演説を続ける。


「このような言質をとり、わがはいたちには希望がもたらされたのだ。一週間後の体育祭で、イヴちゃんを走らせ、リレーに勝つ。そうすれば晴れてロボ研は存続が決まるのであるっ!」

「先輩」

「発言を許可する」

「普通に人間の部員を勧誘してくればいいのでは?」


 先輩は何故か遠い目をした。


「……志摩」

「はい」

「ここは何部だ?」

「ロボット研究部です」

「志摩。これはロボ研部員としての誇りの問題なのだ。ロボットが部員にできないと言われて、黙っていられるわがはいではないのだ。イヴちゃんもまたかけがえのないロボ研メンバーであるという、その主張を通すまで、わがはいは止まれないのだよ」


 僕は「なるほど」と頷いた。先輩らしいなと思った。大いに納得したのだが、先輩は「それにだな」と続けた。


「それに?」

「あんな啖呵を切った手前、普通に人間を入部させて存続決定というのも、なんかアレ」

「まあ、確かに……」


 負けず嫌いな先輩の性格が裏目に出てしまった形だった。


「そんなことよりっ! 作戦会議である。部活対抗リレーで優勝するにはどうすればいいのか。おまえに意見を求めたい」

「僕ですか」

「そうだ。イヴちゃんを一週間で走らせるにはどうすればいいと思う」

「そうですね……」


 部活対抗リレーはグラウンドにあるトラック上を走る競技だ。

 時速何十キロとかで、反時計回りに走っていく必要がある。


 そうなると、まず、二足歩行でトラックを走るのは不可能だ。身長三十センチとかの小さい二足歩行ロボットなら、材料を集めて書籍を読み込めばギリギリ僕らでも作れるかもしれないけれど、それでもせいぜい摺り足みたいな歩幅でてちてち歩くくらいが限度なのではないだろうか。それでは追いつけず、周回遅れどころの話ではない。

 アメリカのベンチャー企業が開発したアクロバティックな動きをする二足歩行ロボットの動画を見たことがあるが、あれレベルでも無理だろう。今の二足歩行ロボットは人間のジョギングくらいの速さでしか走れないと聞いたことがある。最先端でもそんななのだ。


「というわけなので無理でしょうね、二足歩行ならの話ですが」

「えー。イヴちゃんには二足歩行をさせたいー」

「イヴちゃんにリレーでボロ負けの屈辱を味わわせてしまいますけど……」

「むぅ……。ならば、あれだな」

「あれですね」


 僕と先輩は声を揃えた。


「車輪駆動」


 そこからホワイトボードを駆使したロボットの設計アイデア出しが始まった。


「ローラースケートのイメージで……」「でもそれだとバランスの維持が……」「スタビライザー的なあれを……」「予算的にも時間的にも不可能で……」「うんたらかんたら……」「なんやらかんやら……」


 一時間後。

 悩みに悩んだ僕と先輩は、目をぐるぐる回しながら頭からぷしゅぷしゅ煙を出し、それでも結論は出ていなかった。


「……そうだ。小型化したイヴちゃんをラジコンに乗せて走らせよう」

「先輩。もうそろそろ下校時刻なので帰りましょうよ」

「いや待てよ。全裸の志摩にロボットっぽいボディペイントを施したものをイヴちゃんと言い張れば」

「帰りましょう先輩」

「志摩! さっそく脱いでくれ」

「えぇっ。上半身だけでもいいですか」

「冗談だが!?」


 チャイムも鳴ったことだし帰ることにした。ふたりして学校を出て、並んで歩く。小柄な先輩は大きすぎる白衣の裾を引きずってしまっているが、それを気にする様子はない。


「やはりロボットベンチャー最先端のセラフィムロボティクス社に突撃してだな」

「門前払いされると思います」

「じゃあ忍び込む」

「不法侵入って法律違反ですよね」

「雇ってもらう!」

「あと一週間しかないですよ」


 ぐだぐだと話している間に、いつも別れている交差点へ到着した。地元住まいの僕は右折。隣の市に住む先輩はまっすぐ行って駅まで行く。


「じゃな、志摩。月曜までになんか名案を出してこいよ」

「先輩先輩」

「んあ?」


 横断歩道を渡りかけていた先輩を呼び止める。先輩は首だけ傾けて斜め後ろの僕を見た。


「今から僕と一緒に来てほしいんです。時間ありますか?」

「早く帰らないとゾイドワイルドINFINITYのアニメが始まっちゃうんだが」


 そう言いつつも進行方向を変え、僕の方へとついてきてくれる。ちょっと意外だった。お願いに応じてくれるのは嬉しいのだけど、まだ僕は理由を話していない。


「大事な後輩の頼みだからな。無下にはできん」

「そういうことですか。ありがとうございます。じゃあ、僕の家に来てほしいんですけど」

「にゃっ!?」


 先輩が変な声を出した。僕がびっくりして振り向くと、先輩も驚いた様子で、なぜか僕に対してファイティングポーズをとっていた。瓶底眼鏡がずり落ちそうになっている。


「どうかしたんですか?」

「……志摩。大胆だなおまえ。まあ確かにわがはいはおまえを大切に思っている。しかしそれはあくまでも後輩としてなのだ。そのあたりを勘違いしてもらっては困るぞ」

「僕の父が機械のことに詳しいので会わせたいだけなんですけど」

「…………」


 先輩は瓶底眼鏡をかけ直すと、決まり悪そうに頬を赤らめながら再び僕の隣をすたすたと歩き出す。


「そういうことは先に言え」

「よくわからないんですけど、僕、何か勘違いしてました?」

「うるせーぞ天然野郎この話は終わりだ。それで、おまえのお父さんはロボットのことにも詳しいのか?」

「専門分野がロボット研究なんですよ」


 僕は父さんのもじゃもじゃの白髪頭を思い浮かべる。黒い髪をわざわざ脱色してパーマまでかけて「博士っぽいじゃろ」と悦に入っている父さんのことを。


「父さんはロボットの会社でバリバリ研究してた人なんですけど、ある時なにかの理由で会社を辞めて、以後はなんかジャンクパーツ屋みたいなことやってるんです」

「ロボットの会社? どこ?」

「それは言えないですけど、すごい会社です。世界レベルの」

「……志摩」

「はい」


 先輩が僕の背中をバシンと叩く。

 見ると、すっごいニコニコしていた。


「そういうことは先に言えよ~! よっし! 志摩んちまで競走だ!」

「あっ先輩! そっちじゃなくて左です!」


 僕と先輩は軽やかに走り出した。

 すれ違った車のラジオが、ニュース番組を流している。




     ◇◇◇




《次のニュースです。》


《アメリカの一部地域などが相次いで地球上から消滅しているとされる未知の現象について、大統領はきょう公式に声明を発表しました。大統領は、『世界史上、類を見ない奇妙な事件だ』とした上で、専門家を交えた大規模な調査活動を行っていることを明らかにしました。アメリカでは一部の土地に入れなくなり認識もできなくなるなどの現象が相次いでいます。現象の原因はわかっていません。》


《次は気象情報です。気象予報士の高橋さん、お願いします。》


《はい。明日の土曜日は、雲一つない晴れになりそうです――――》

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