第30話 星空に願い事を祈っていたら、空から女の子が降ってきた。親方ぁ!

「よっしゃあああ!! じゃあ行ってきます!!! じゃあなハゲ共!!!」


 エーフィーは不眠不休の繰り返しで若干頭がおかしくなっていた。普段なら何重にも層を貼り、言葉をオブラートに包んで発言するのだが、今の彼女にはそんな余裕は一ミリも無い。


「ガッハッハ!! 太え事いう姉ちゃんだぜ!! だが助かった!! 運搬任せたぞ!!」


 鍛冶屋のスキンヘッドの人も、エーフィーの働きっぷりに感心した様で、ちょっとやそっとの無礼では怒る事もない。


 魔力が底を尽きかけてるのか、箒での飛翔が思ったより進まない。だがこれを届けたら任務完了だ。その後はゆっくり休む事にしよう。

 あれ、そういえば家の家財の買取額が出るのって何日だっけ。もう一週間くらい経ってる様な気がする。

 

 箒に乗りながら何とか目的地まで飛ぼうとするも、右に行ったり左に行ったりと方向が安定しない。頭の中もぼーっとするし、お腹は素麺でタプタプだし。


「エーフィー、体は大丈夫かい? 一旦下に降りて休んだ方がいいよ」


「だ、大丈夫よ、このくらい––––」


 ふらっと浮遊感が体全体を支配する。

 高度が一気に下がり、飛翔する事無く落下し始めた。


「って全然大丈夫じゃないよ!? エーフィーーー起きてえええええ!!!!」


 ☆


 エーレの外れにある繁華街、訓練場のある兵舎で一人の男が剣を振るう。

 その剣裁きは神の賜り物か、はたまた選ばれし者の宿命なのか、彼自身も理解は出来ていないが、小さい頃から他の人よりも優れているのだけは認識している。

 どんな屈強な戦士も、彼の細身の腕には到底及ばず。魔力も無しに、幾多の決闘を乗り越えた若き戦士は、人々から勇者と讃えられていた。


 日課にしている鍛錬。

 簡単な素振りと、走り込み。先代の勇者から言われた一言。どの様な簡単な訓練も手を抜かず、体が悲鳴を上げるまで質を高めるのだ。


「って言われてもね。流石に限界があるってもんよ爺様。俺は貴方みたいな戦士になれはしない」


 頭の中の爺さんに向かって言葉を並べる。

 

「はぁ、明日は剣の儀式か。一体どんなのが来るのやら。俺に扱えればいいけど」


 訓練も終わり、洗面台で顔を洗う。

 黒髪に近い赤髪、翡翠色の瞳。気が弱そうだと昔から言われていた反動で、日頃から鍛錬だけは怠らなかった。努力に努力を重ね、その結果勇者と呼ばれるまでには成長する事は出来たけど、あまりにも才能が足りない。


 爺様は勇者として、かの有名な偉大なる魔法使いと一緒に旅をしていた。

 結果は皆が知ってる通り、魔王を討ち取る事は出来なかったものの、魔王城を陥落させ、勝利の雄叫びをあげたのだ。


「はぁ」


 ため息が止まらない。

 ただでさえ人前は苦手なのに、こんな国を挙げてとなると尚更だ。どうして勇者の家系に生まれただけで、こうも持ち上げられなければいけないのだろうか。


「気分転換に外にでも出るか」


 お月様はニッコリとした三日月。こちらに微笑んでくれてるに違いない!

 新緑の芽が出ているのか、街道を歩けば月の木漏れ日の雨。爽やかな風が頬を撫で、鍛錬で熱を帯びた体が冷却されていく。


「ああ……気持ちいな。唯一の休まる時間だ」


 早く家に帰りたい。

 そして魔王退治の旅に出て、どこか別の国でのんびり暮らしたい。


「魔王ねぇ。何で復活するんだよ」

 

 爺様が倒した魔王は、とっくに復活しているとのことであった。

 その証拠に、勇者の基礎となる魔を打ち滅ぼす力は自分に受け継がれている。これが曲者で、その家系に一人しか力を発揮できる者はおらず、自然と勇者が決まってしまうのだ。

 力を受け渡した爺様には、もう勇者の力は無い。

 つまり、全責任を俺が受け継ぐ事になったと言う事だ。畜生め!


「ああ、誰か願いを叶えてくれる者はいないのか」


 空に願う。

 安寧の日々を、俺の代わりに魔王を倒してくれる勇者を。


「あ! 流れ星だ! えーっと、三回願い事を言うのだっけ」


 お願いです、代わりに魔王を倒してください。

 お願いです、代わりに魔王を倒してください。

 お願いです、代わりに魔王を倒してください。


「うわわわわ!! ちょちょちょ避けてえええええええ!!」


 振り向くが時既に遅し。

 箒に跨った魔術師の少女が体めがけて突っ込んできていた。


 当然避けられるはずもなく、盛大に敷かれてしまうのであった。

 

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