第15話 どうしたの?

 扉を開ける。

 目の前には大きなテーブルと椅子、その横に本棚とがある。何も細工がなされておらず、部屋の床の中心にはポツンと頭の無い人形だけが置かれていた。


「ふーん、湿ってるねぇ。一体何があったのかな? 私を呼んだのは誰?」


 呼びかけてみるも返事が無い。空耳だったのだろうか。


「ねえええエーフィーーー帰ろうよおおおおーーねええったらあああああ」


 さっきから駄々っ子な星である。小さな鋭角で必死に洋服を引っ張っているが、びくともしない。その程度の力で私を止められるなど笑止千万。甘すぎるぞホッシー。


「ああもううるさいわねー。いいから黙って––––」


––––て。


 また声が聞こえた。今度は近い。


「わああああああエーフィーーーーー!!!!」


 どさくさに紛れて胸の中に飛び込むホッシー。何故その位置なのか小一時間程問い詰めたい所だが、今はそれよりも声が大事なのだ。けてって……助けてって事なのかな? それ以外思い浮かばない。


「はーい? どうしたの? もっとはっきり言ってご覧なさいな!」


 もう一度呼びかける。


––––助けて。


 今度ははっきりと聞こえた。

 助けてって、どう言う事だろう。


「何を助けて欲しいのかな?」


––––その人形、燃やして。


 燃やして? 燃やせばいいのかな。それだけ?

 その真意はなんなのかとても気になる。


「燃やしてもいいけどさ、どうして? 何があったの?」



––––嫌な事……。


「そっかー嫌なことかー。それは仕方ないね。できればお願いを聞いてあげたいんだけど、理由を教えてくれないと協力しづらいよ?」


 こちらの言葉に反応したのか、目の前の人形の後ろから白い影がうっすらと現れ始めた。


 影では無い、白いのは服だ。幽霊らしく小綺麗でたなびくワンピース。腰まで伸びたサラサラの黒髪。目元を隠すことなく、切りそろえられた前髪。切れ長だが、くっきりとした瞳。儚いという形容がぴったりと嵌る女の子だ。


「ん、こんにちは。やっと姿を現してくれたね?」


 なるべく優しい声で話しかけてみる。普段こんな声は出さないのだが、大声を上げると消えて無くなりそうな少女。相手の雰囲気に合わせるのである。


「貴方……私が怖く無いの? お化けだよ?」


 お化けが自分の事をお化けと言うなんて不思議だ。どこかで自覚が無いのばかりだと聞いた事があったっけ? というか、何気に初めて遭遇する。本当にいるんだなぁ。


「うーん、怖く無いかな。何か危害を加えない限りはね」


 そう、危害さえ加えないならね。


「……そんな事しないよ。それよりも、そこの人形を早く燃やして欲しい。こんなのがあるから、私はここに縛り付けられて……」


「縛り付けられて? ここで何があったの?」


 こちらの質問に答えようとはしない。確かに言われた通りにさっさと燃やせばいいのだが、まだ油断は出来ない。相手の事をもっと知らなければ。


(ううーん、警戒する必要は無いと思うけど、未知の領域だしなぁ。本当に危害を加えてこないとも限らないし、何か決定的な証拠が無いと……あ、そうだ!)


 お化け相手に効くかどうかは分からないが、試してみる価値はある。今自分に出来る事なんてこれくらいだしね!


「ゲフュール!」


 そう、これは感情の色が見える魔法。


「……何それ?」


「ふっふっふ〜これはねーっと––––」


 瞬間。目を疑った。

 底知れぬオーラが部屋中を包み込んでいる。

 少女の周りには、赤色と青色のオーラが混在。この色が何を意味するか分からないが、あまりいい印象は抱けないのだ。


「ホッシー、この色って?」


 未だ胸元に隠れているホッシーに声を掛ける。ムズムズと頭の鋭角をちょこんと出し、周囲を確認している。


「これは……単純な物さ、怒りと悲しみだね。それも強大な……」


「怒りと……悲しみ、ね」


 もう一度少女の目を捉え、相手の雰囲気など無視し、問う。


「ねえ貴方、どうしてそんなに怒ってるの? どうしてそんなに悲しんでるの? 教えてくれない? よければ力になるよ。お人形を燃やすのはそれからでもいいでしょう?」


 少女は目をまんまると見開き、驚いた表情をこちらに向けた。


「……どうして? 何で分かるの? ……まあいいわ。もしかしたら、貴方が助けてくれるかもしれない。ねぇ、私を助けてくれる?」

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