第8話 帰りたくない
「明日、風葉の実家に行きましょう」
隣にいる理愛華がそう言った。
俺は横を向いて、言葉を返す。
「親と話し合わせるのか」
「うん。可能な限り
「……因みに学校は?」
「休む」
「おいおいそれでいいのか令嬢さんよ」
苦い顔でツッコむ。
俺としては学校は極力休みたくない。あまり休むと支障が出る。しかも今日は木曜だ。明日休んだら、次に行くのは週明けになってしまう。
「仕方ないでしょ。あまりゆっくりしてて親御さんが警察に連絡してたら、手錠案件になるのは私達なのよ」
まぁ、それもそうだ。
ニュースで見た記憶があるが、家出した子を泊めて捕まった人もいるらしいし。
確かにそうならない為には、アズスーンアズポッシブルで会いに行く必要がある。
「そう言えば風葉」
ふと、俺は布団に向かって尋ねる。
「親御さんは、お前の家出をどの程度把握してるんだ?」
「う〜ん…………ウチが家を出た時は、『友達の家に泊まって、それからおじいちゃんの家に泊まって来る』って
後半が嘘か。前半が本当なだけあって、こいつの友達の家族に迷惑がかかるかもしれない。と言うか既にバレてる可能性もあり得る。やばいぞこれは……
少しばかりの危機感を抱きながら、俺はパソコンを開く。
すると、横からひょいっと理愛華が顔を出して来た。
「そう言えばあんた、まだ手書きでレポートやってんの?Wordの使い方教えてあげたじゃん」
「いいんだよ、手書きの方がやりやすいんだもん。情報工学やってるお前とは違って、パソコン苦手でも何とかなるんだって」
「嫌でも機械化が進む世界を前に、そんな事言えるのも後少しだよ〜?」
別にいいもん……とぶつぶつ
「Yahooの方が競馬のニュース多いとか言ってなかった?」
「競馬のニュースは競馬サイトで見てるからいいの‼︎」
「そうすか」
『家出少女 保護』と調べる。
いくつかのサイトを覗いてみたが、大体は同じような事が書いてあった。やはり最善なのは保護後に警察に頼る事らしい。でも、そうはしたくない。
一方で、保護した側が未成年者略取罪やらで捕まった例を見ると、保護しているだけで、問題解決に向けたアクションを取っていない。
ならば、早めに動けば警察沙汰は何とか避けられそうだ。向こうの両親がそれまでに警察を呼んでなければの話だが。
「そう言えば、お前の家はどこなんだ?」
俺は風葉にそう質問しながら、次にJR東日本のホームページを開く。決して、JRAのページではない。
移動手段を調べる為だ。
俺は車を持ってないから、基本的に移動するなら電車だ。住所を聞いておけば、この首都圏だ。電車で近くまで行ける。
でも、この辺じゃない可能性もあるよな…………流石に北海道とか四国とか九州とかは勘弁してくれよ……
「山梨……山梨県の大月市だよ」
「了解。確か中央線で行けたな」
良かった。山梨なら、電車でも行ける距離だ。
とは言え、かなりの距離だ。電車で繋がっているけれども、こんな遠くまで来るなんて。
そんな事を考えながら、俺は時刻表を見て電車を探しつつ、経路を確認する。
「横浜で乗り換えて八王子行って、大月行きに乗る感じかな……」
「いや、横浜線でしょ?横浜線は横浜駅は通らないわよ」
「あーそうじゃん、止まるの新横浜か……マジでややこしいな」
「そうそう。まぁ横浜線乗るんだから、東神奈川で乗り換えるんじゃないの?」
「そうか。後さ、大月行きがなけりゃ高尾から乗り継ぐのでいいかな」
そんな事を会話しながら、俺は明日に乗る電車の予定を決めた。
布団に背中を預けていた風葉の方へ行き、頭に触れる。
熱は
「明日の朝に出よう。昼前には着くぞ」
「………………うん」
少し暗い表情をしている。
戻るのが不安なのかもしれない。理由は完全には分からないけど、保護した者として、"兄"として、出来るだけ向き合ってやりたい。
俺は額の上の手を、頭のてっぺんまで動かして、優しく撫でた。
一人ぼっちだった時も合わせれば、数日間ろくに風呂を入れてないのだろう。差し込む日光が僅かに茶に色づかせている黒髪は、艶もなくかなりボサボサになってしまっている。
対照的に、昼間に飲んだ薬のお陰で、先程よりも大分体調は良さそうに見える。
この子が回復したら、温かい風呂に入って、美味しいご飯を食べて、充実した生活を取り戻して欲しい。時折見せる笑顔を、心の底から現れる物にして欲しい。
その為に、俺は理愛華と出来る限りの手助けをしよう。
ふと、横を見た。すると、理愛華が不満そうな顔を浮かべている。
「どうした理愛華」
「…………私も」
「……何が?」
「わ、私も…………勝幸に、頭……撫でて欲しかったり……なんて…………」
「………………」
「いやそんなに真に受けないで」
≪≫
結局、理愛華は夜までいる事になった。
気付いたら勝手にシャワー浴びて、勝手に買い溜めしてた棒アイスを食われてた。
陽は完全に沈み、夜が訪れる。
俺は炊飯器のスイッチを入れて、適当に晩飯の準備をしている。
理愛華と風葉は
それだけでも、呼んだ価値はあったな。
「ふ〜、出来た」
数十分後、食事が出来上がった。
豚肉と野菜を適当に炒めて、米にぶっかけて丼にした。
味噌汁はない。そこまで手を回す余裕はないし、凝って作ろうと思うと中々手間がかかる。だから、俺は基本的に飲む場合、インスタントで済ませている。
「いただきまーす」
3人でちゃぶ台を囲み、それぞれが食事の
いつも1人の時は、キッチン横にあるカウンターみたいな場所で食べてたから、こうも続けて複数人で向かい合って食事をするのは、何とも新鮮な感じがする。
風葉も口に運ぶと、満足そうな表情を浮かべている。それを見ると、何だかこっちも嬉しくなる。
その時。
「こうやって……皆でご飯食べて、一緒にお話しするの…………凄い、久しぶり」
ふと出た、風葉の言葉。
顔は微笑みを浮かべていた。でもそこには、どこか悲しげな感情を内包している様にも見えた。
家出している間、ずっとこいつは1人でいたんだもんな。沢山の人々が行き交う中で、こいつは孤独だった。
だから、俺達とこうしていられるのが、嬉しいのかもしれない。
「…………帰りたく、ない……」
そして風葉は、そう言った。
「何を言って……ッ‼︎」
俺は左手を出し、少し身を乗り出した理愛華を制止する。代わりに、
「まぁ、まずはお前の両親と話してみないことには、な…………?」
「うん…………」
理愛華に向かって、左手を立てて軽く頭を下げる。
確かに、何か言いたくなるのは分かる。
まだ両親とも話をしてないのに、そう言うのは甘えである。家に行って、直接話し合わなければ、何も始まらない。
俺の行動の結果は、保護だ。
でも、俺の目的は、解決だ。
理愛華が帰る時間になった。
駅まで一緒に行って見送る事にしたので、俺と理愛華は靴を履いて、少し肌寒い外に出た。
風葉はずっと横になっていたからか、気付いたら眠っていた。取り敢えず、今は1人になって貰っている。
「ねぇ勝幸」
「何だい」
駅舎前で理愛華は立ち止まって、俺の方を向いた。
俺も足を止める。
「正直に言ってね」
街明かりを僅かに瞳に集め、理愛華は真っ直ぐにこちらを見ている。
一呼吸の間を置いて、彼女は口を開く。
「もしも年下の女の子と一緒に住む事になって、あなたは今までと変わりなく生活していける?」
その質問に、俺は口が開かなかった。
きっと、風葉の事を言ってるのだろう。あの時の発言が気になったのか。
だが、分からない。俺は固まってしまった。
何が"変わらない"のか。精神的に?それとも身体的な余裕?もしくは、経済面で?
無言の沈黙が夜の駅前に起こる。
俺は腕を組み、目線を落としてシンキングタイムをアピールする。
遠目で理愛華は、電光掲示板に表示されている、次の電車の時刻を見た。しかし、動かなかった。
俺も目線を移す。後、2分。
ごちゃごちゃ考えてはいられない。
パッと思った事を、嘘偽りなく答えよう。それならば、思った事、そこに理由はいらない。
「何となく……大丈夫な気がする」
再びの、沈黙。
しかしそれは、3秒程で切り捨てられる。
「そう…………」
笑ってるのか、がっかりしてるのか、それとも、言葉通りの"無"表情なのか。
沈黙を破った2文字を残して、何とも説明がつかない表情で、理愛華は反対を向く。
俺は言葉なく、その姿を見ているしかなかった。一体何を考えてたのか、どんな気持ちなのか、その予測がつかない。
ふと、向き直った理愛華がゆっくりとこっちに歩み寄って来た。
そして、彼女は両手を伸ばす。
ボフッと、空気が抜けるような音がした。
俺は、彼女の身体に包まれる。
理愛華は両手を俺の背中に回した。俺は何も動く事なく、立ち尽くしている身体は彼女の腕に引き寄せられる。
言葉が出ない。暖かい、柔らかい身体が、俺を硬直させる。
そして、耳元で
「分かった。答えてくれて、ありがとう」
心臓の鼓動が少し速くなる。
「あ、あぁ…………」
身体が熱くなる気がした。思わず俺は目線を逸らし、斜め上にあげる。後、1分。
体を離した理愛華は向こう側へと数歩、足を進めた。そして、こっちを振り向いて、今日の別れの言葉を告げる。
「じゃあねっ」
そこにあったのは、いつもの理愛華の笑顔だった。
改札を通り抜ける姿を見送った俺は、足早に家へと戻る。風葉を置いてきたままだった。
通りを離れて、静かな夜道に小さく足音を鳴らす。
明日は9時頃に理愛華が家に来ると言っていた。
(準備しねぇと、俺の事だ。慌てて大変な事になりそうだな)
自分の、約束に遅れるという悪い癖を思い出しながら、俺は家に着き、静かにドアを開ける。
風葉はまだ、安らかに意識を落としていた。
食後に歯を磨いた後、かなり早くから寝ているし、もしかしたら早く起きるかもしれない。俺も、今日は早めに寝よう。
そう思って、すぐにシャワーを浴びた。汚れと共に、疲れも少し流される。
ホカホカなまま、俺は保湿クリームを手繰り寄せ、右手で
そして、『子供 引き取り 手続き』と調べたのだった。
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