第6話 少女が打ち明けた履歴 後編

 ウチが高校を辞めてから、親との仲も悪化した。昔は自他共に認める、親の手を焼かない人間だったのに。

 毎日を無駄に過ごしていたから、親は当然怒る。そして、いつも始まる喧嘩けんか

 怒鳴り声が、机を叩く音が、ドアを強く閉める音が鳴り響いていた。そんな中で、下の妹は、私をどう見ていたのだろうか。毎日に怯えて逃げ出したくなっていたかもしれない。


 でも、逃げたのはウチの方だ。

 若気の至り、と言えばそうなのかもしれない。それとも、時折見せるプライドの高さからだったのか。

 親が思わず放った『出て行け』の言葉が、ウチのエンジンをかけた。


 やってやりますよ。


 3日前─────丁度日曜日─────に意を決して、必要な物、大切な物をバッグ一杯に詰め込み、家を飛び出した。

 最初の日は、友達の家に泊まった。勿論、話はしなかった。家族間の事に他人を巻き込むのは、したくないから。

 でも、その時のウチは、荒んだ心が癒されるような気分だった。友達と話す事がこんなにも楽しく、素晴らしかったなんて。ウチは友達の大切さを痛感した。

 しかし、ウチは同時に内面の孤独感に気付き、自分の外面の明るさは、その孤独感と密かに押し相撲を始めていた。

 そして、日曜日に泊まらせて貰っているのだから、ずっと居られる訳じゃない。

 月曜の、友達が学校へ行く為に家を出た時間と同時に、私の放浪生活が始まった。


 友達と別れた後の寝床は、気付かれないように深夜に公園に行き、そこで確保していた。それ以外、日中の時間は、あてもなくブラブラと行くままに行動していた。

 午後は観光地に向かって癒やしを手に入れ、美味しい物を食べて体力を回復していた。

 でも、何か満たされない。

 誰かと一緒にいたい。誰かと楽しく話したい。でも、家族とは一緒にいたくないし、話したくもない。

 やり場の無いジレンマに苦しんでいた。

 でも、してみたかった事は色々と出来たし、楽しかった。

 心身共に何とか上手くやっていた。


 それでも、限界はある。

 それが今日だった。


 昼に(補導されたくないので)人気のない場所を彷徨うろついていた時から、ウチは段々と身体の異変を感じた。

 夕方には、動くのすら辛かった。

 体調を崩し、頭痛が、だるさが身体を襲う。

 その場に倒れ込んだら、きっと誰かがサルベージしてくれる。

 でも、その時点でゲームオーバーだ。女の子のかわいい悪あがきで終わらせる訳にはいかない。

 でも、辛い。

 どうしよう。

 不安がつのる。明日すら約束されない環境に、このまま野垂のたれ死ぬのかもしれないとさえ思った。

 必死にこらえて足を動かす。公園に何とか辿り着くと、ベンチに倒れるように腰を下ろした。

 うずくまる。

 夜の公園の静寂せいじゃくの中で、ウチの唸り声がかすかに響くのみ。

 流石にこの時間帯だと、子供は勿論、大人もいないみたいだ。

 そう思ってた。


「あの……大丈夫…………でしょうか」


 その声に、驚いた。耳を疑った。

 道ですれ違う人々、誰もウチの事を気に掛けない。気付けば、そこに僅かな不満を感じていた。

 その人達が悪い訳じゃない。でも、その中から誰かが自分の事を見つけて欲しいと、潜在的に思っていたんだと思う。居場所の無い自分を連れ出して欲しい。楽しかった日々が昔の思い出にはなりたくない。

 だから、泣きたい衝動を抑えて、ウチはその声の主に助けを求めた。

 それと同時に、限界が来た。


 ふらっと崩れ落ちた体を支えてくれた。ウチの無理に応えて家で看病してくれた。

 そんな彼が、自分には救世主に見えた。


 〜


 俺は風葉から、今までの大まかな流れを聞いた。

 淡々とした説明だったので、それぞれの事に関してどう思い、どう考えているのかは分からない。

 でも、何かに苦しんでいた事。それだけは分かる。


「そうか、色々あったんだな。でも俺が助けた事は間違いじゃなかったのかな?」

「うん。本当に救われた。勝兄が助けてくれて、本当に嬉しかった」


 俺は風葉の頭を優しく撫でた。

 暗かった風葉の表情が、少しだけ明るくなった気がする。彼女は、気持ち良さそうに微笑んでいる。それを見た俺も、自然と癒される。あ〜、結構可愛いな〜……


 風葉の頭から手を離すと、俺は真剣に言葉をかける。


「さて、これからどうするかだ」


 やるべき事は多い。

 まず、風葉の体調を回復させる事。次に、親御さんと和解させる事。そして、家に戻す事。


(俺1人で年下の女の子を相手するって、なかなか大変だな……)


 女の子の心理は理解しにくい。それに、1人で色々とやってると、忙しくてヘトヘトになってしまう、という労力の問題もある。

 困ったな………………


 その時、1つの考えが脳内で目を覚ました。

 俺は携帯を取り、ラインを開く。


(手伝ってくれそうだし、あいつにだけは言っておくべきだな…………)



 ≪≫


 既に午後になった。

 布団に包まって、風葉は再び横になっている。

 その近くで、俺は黙々とレポートを書き続けている。今1人で考えても埒が開かないので、切り替えてやるべき課題をやる事にした。

 ラジオを小さな音量で流しながら、レポート用紙を黒く染める。邦楽と洋楽とが次々と流れていく。

 それと共に、かなりの時も流れていく。


 やがて、短針は右下がりになる。斜陽は差し込むにはまだ早い。

 休憩を挟みつつやってきて、レポートの進捗しんちょくはそこそこ。風葉も様子が良化している事が、顔色からもうかがえる。


「水入れてくれないかな」

「了解」


 横たわる風葉の声を聞き、俺は立ち上がった。

 コポコポと水を注いで、2つだけ氷を入れる。そして、冷えた飲み水を渡す。


「ほいよ、冷たいぞ」

「ありがとう」


 水を渡して、俺はレポートの作成に戻ろうとする。


 その瞬間、インターホンが鳴った。

 風葉も体を起こして、玄関の方に視線を向けている。

 俺はモニターで人影を確認すると、解錠のボタンを押す。そして、玄関まで行き、鍵を開けておく。

 少しの時を経て、激しくドアが引かれた。

 ドアの向こうには、1人の女性が肩を上下させ、荒い呼吸をしながら立っている。


「…………話を……聞かせて」

「理愛華………………何で息切らしてるんだよ」


 大き過ぎず小さ過ぎずな理想的なスタイルを、きっと高価な物であろう上品な服装がまとっている。両前の1本ずつは螺旋らせんを描き、後ろの長い1本は腰の上まであり、その3本をアッシュブラウンに染めた、ギャップのある特徴的なトライテールが頭を飾っている。


 名前は高槻理愛華たかつきりえか


 俺の彼女である。

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