合法同棲:リライト 〜with"元"女子高生の家出少女〜

第4話 出来る事をやるだけ

　風葉の食事が出来た。

　じっくりと煮込んだうどんは、体調が悪い人にも食べやすいし、きっと大丈夫だろう。

　風葉は渡した体温計を脇に挟みながら、横たわっている体を起こす。

　ちゃぶ台の前に座り直すとほぼ同時に、ピピピっと音が鳴った。

「38.5か……思い切り風邪だな」

　彼女から体温計を受け取った俺は、隣に座って小さな溜息をつきながらそう言った。

　こりゃ、治るまでは手がかかりそうだ。風邪薬は一応あったっけな。

　検温を終えた風葉は箸を取り、手を合わせる。

　そして、一口、二口と運び、水を口に流した。

「食べられるか？」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」

「そうか、そりゃ作って良かったよ」

　俺はそう言うと立ち上がって、居間とは別にある、自分の部屋に向かう。

(明日は地方財政論と流通論か…………仕方ないか……)

　そして、机上（きじょう）のレポートに目線を落とす。

　書きかけを含めた4枚の用紙が置かれてある。癖は少し残っているが、世間的に見たら綺麗な方の文字だと思う。

(明日は空き時間でこれをさっさとやっちゃおう)

　そんな事を考えて、居間へ戻った。

　そして、同じ学部の流星に欠席の旨を伝える。『止むを得ない急用』という理由で誤魔化（ごまか）しておいた。いくら親友と言えども、落ち着くまでは話さない方が得策だろう。

　丁度携帯を閉じた時に風葉は食べ終えたようだ。簡素ながらも感想を口にする。

「ごちそうさま。美味しかった」

「なら良かった。作った甲斐（かい）があったよ」

　ふと、時計を見る。短針が、11と12の間をさしていた。

　他に何かしてやれる事はあるだろうか。少し考えると、俺は運動時に持って行ってる汗拭きシートを持って来た。

「冷えるからシャワーを浴びるのは控えた方が良い。これ使って全身を拭く程度なら、多分大丈夫だから」

　風葉は小さく頷（うなず）くと、俺が放り投げた汗拭きシートをキャッチした。そして、まじまじと裏面を見ている。成分でも気にしてるのかな。

(さて、俺もシャワー浴びて体を清めるか)

　と、その時に、背後から声をかけられた。

　振り返ると、風葉は上半身を脱ぎ、背中を見せている。

　流石に、これには困惑する。

「え、え〜っと……」

「出来れば……背中拭いて欲しいかな」

「へっ……⁉︎」

　出会ったばかりの年下の女の子に背中を託された。こんな展開、普通にあるのかよ。

　向こう側にしては、ふしだらな目的などは微塵もないだろうけど、いくら俺でも、こんな状況になったら戸惑う。

「あ、いや、俺は俺でシャワー浴びて来るんで…………そんじゃ‼︎」

「あ………………‼︎」

　俺は瞬時に着替えを取って、風呂場の方へ駆け込んだ。

　こんな反応では、風葉は驚いて呆然としてしまってるだろう。

「…………行っちゃった」

　スマン……

　でも、出会ったばかりの人間の生の背中に触れるのは、少し気が引ける。

　それに、俺には………………

　≪≫

　5日振りだ。風呂を沸かすのは。

　シャワー続きだったけど、今日はゆっくり浸かって、この間だけは賢者になっていたい。

　体と髪を丁寧に洗い流すと、俺は沸いたばかりの浴槽へ、身を沈める。

(まさか、こんな事が起きるとはな……)

　温かい風呂水が、身体に滲（し）みる。

　そして、今日これまでの出来事を思い出し、頭を整理する。

　何度思い返しても、自分でも信じられないような展開だ。でも、事実だから受け止めるしかない。

　それはそれで、一番の問題はあの子をどうするかだ。

　話を聞かずして、何とかしてやれる訳がない。

　どうしてあんな所にいたのか。出来れば、全部話して欲しい。勿論、向こうの意志は尊重するけれど。

(兎に角……落ち着き次第、何か聞き出さねぇとな)

　俺は鼻から大きく息を吐き出すと、無意識に小さく口を開いていた。

　大変だな、という声が風呂場を響かせた。

　風呂から出た後に歯を磨く。

　そして部屋に戻ると、風葉は自分のバッグの持ち物を整理していた。机の上には、充電ケーブルが挿さった携帯が置かれている。

　既に12時を過ぎている。

　寝かせてやらないとな、と考えて俺は、来客用の布団を出す。

　今日は色々あったので、非常に疲れている。しかし生憎（あいにく）、自分の布団は偶々（たまたま）ベランダに干したままだ。俺にはもう、布団を部屋に戻してシーツをかける気力も出なかった。

「じゃあそろそろ電気消すよ」

　整理も終えて、就寝準備も出来た風葉に言って、1つ1つ電気を消す。

「私がここなのは分かったけど、そっちはどこで寝るの？」

「心配すんな、俺はニシキアナゴの抱き枕さえあれば大体の場所で寝られる」

「可愛いなおい」

　俺はソファベッドに横になった。

　明日は学校とバイトを休んで、何とか状況を整理しないといけない。取り敢えず、今はゆっくり休もう。

　ニシキアナゴに顔を埋めて、24時30分、俺の波乱な10月22日を終えた。