第3話 家に連れて来た少女の名前
4階建ての小綺麗なマンション。そこの一室が我が家である。
俺は、公園のベンチにいた少女に肩を貸している。
体調が
解錠して、すぐ近くにあるエレベーターのボタンを押す。
3階に住んでいる自分には、階段の上り下りなど苦痛ではない。
しかし、今は女の子とは言えど、人を1人支えて帰って来ている。エレベーターが1階にいない場合は階段を使う事が多い俺だが、今回は最上階にいたエレベーターが降りて来るのをを待った。
エレベーターを出て、十歩程度歩く。そして、『礎』の表札の前で立ち止まった。
「ここが家だ」
「うん、ありがとう」
家を紹介して、ありがとうってのは何だか変な気がする。まぁ、俺が期待している返事などないのも事実だが。
少女を支えながら、俺は303号室の鍵を回してドアを開けた。
自分の匂いがする。帰って来たと感じさせる、自分の匂い。
人は、やはり自分の匂いが落ち着く生き物だったりする。それとも、動物的本能がテリトリーと認識しているのだろうか。
それはさて置き、どちらにしろこんな状況で落ち着いていられる訳がなかった。何せ、弱った女の子を休ませる為に、家に入れようと、いや、もう入れてしまっているのだから。
未知なるシチュエーションの中で落ち着く事は中々に難しい。
でも、すぐにすべき事は何個か思い浮かぶ。
「食えそうな晩飯でも作るか」
ソファに少女を置くと、何かに押されるようにコテンと倒れた。ただ、先程よりはマシな様子で
家に着いてから、この女の子はフードを外していた。
明るい所でよく見ると、何気に顔は可愛い。これで性格も良ければ、クラスの人気者にでもなれそうだ。そして、髪は後ろでゴムで
しかし、その中で気になるのは、
そんなところを見ながら、俺は急いで手を洗い、軽く食べられそうな物を作る為の材料を探した。
冷蔵庫を開くと、中にうどんがあった。うどんなら消化しやすいと思うし、自分自身、弱ってる時にうどんをよく食べてた。
手際良く具を用意し、こないだ使い切ってなかった麺を1袋だけ突っ込んで煮込む。
その間に、俺は1つだけ遠回しな質問をした。
「そう言えば、まだ名前を聞いてなかったな」
考えてみれば、この少女と出会ってから、展開が急過ぎて、お互いに相手の名前をまだ知らないのだ。
最低限、身体が快方に向かうまでは保護すると思うし、聞いておくべきだ。
ふと、ソファからゆっくりと身体が起き上がり、少女はこっちを見た。
そして、落ち着いた声で名前を言う。
「…………
中津川風葉。それが彼女の名前らしい。
かざは、と言う名前の響きが個人的には何だか好きだ。
どう書くのだろうか。取り敢えず、俺は紙とボールペンを用意して、ソファの近くの机に差し出す。
「えっと………書いて貰ってもいいか?」
「うん」
まだ元気なさげに身体を動かし、彼女はペンを握る。
サラサラ、っと5つの漢字が書かれる。
小さ過ぎず、丸っこくなく、学生の女の子にありがちな筆跡だった。
「川に風に葉か。自然たっぷりだな」
「そんな方向の感想は初めてかも」
「だろうな。あ、俺も名前書かないとね」
そう言って、俺もペンを握る。
俺はそこそこのクセ字で、右払いが無駄に大きいのが特徴だ。
礎勝幸という字においては3つ、4つ前後しかない筈だが、それでも特徴を含んだ字体で、名前を風葉に教えた。
「これで、いしずえかつゆきと読むんだ」
「かつゆき、か……ねぇ、ウチは何て呼んだらいいかな?」
二人称か…………
俺の場合、同級生とかに呼ばれるのは、礎、勝幸、いしずー、の3パターンが殆どだ。
でも、この子の場合は……
「……俺20歳だけど、お前は?」
「えっと……16、かな」
「やはり年下か……」
この時点で、その3つは却下。
同級生の友人の呼称と同じにしたら、何だか違和感があるし、年下に呼び捨てにされるのは少し嫌いだ。
だからって、これがいいってのは無い。
「好きな呼び方でいいよ」
「う〜ん………………じゃあ、いっしー」
「学校のクラスメートかよ」
「なら、カッチー」
「変わらない‼︎」
「飼い主」
「ペットか!!!!!!」
ダメだ、ツッコミたくなる。
とは言え、年下からの呼称ってのは考えるのが難しい。
先輩、って呼ばれるのはおかしい。礎さん、勝幸さん、ってのも他人行儀過ぎる。
他人行儀じゃダメなのか、って言われればそんな事は全く無いが、風葉については何も知らない。夜の公園のベンチに、1人でいた理由も。だから、いつまでの付き合いになるかは分からない。
もしも保護者がいるのなら、彼女の体力が回復したら、その人のもとへ行かせるつもりだ。しかし、それでも今後も俺を頼ってやって来るかもしれない。
虐待とかだと怖いな。児相が取り合ってくれないで……っていう事件もあるし。
そんな事を考えると、他人ではいられないのが、自分だった。
そうとなると………………
「年下だから…………じゃあ、兄さん」
余ったのはやはりそれ位か。
ただ、『兄さん』というワードは、4歳年下────丁度この少女と同じ年齢────の妹が使っている。
でも、俺は何となく兄扱いされるのが好きだった。そういう趣味とかではなく、少し優越感を持てるのがいいのだと思う。
だから、呼び捨てだったり変にあだ名付けられるよりかは、こっちの方が良い。
「分かった……でも、呼称が妹と似ているから、少し変えよう」
「あれ、半分冗談交じりだったのに」
何とも言えない顔で、目線を送られている。
俺、やっぱりそういう趣味なのか……?突然不安になって来た……
まぁいいや、と呟きながら、風葉は考えている。
俺はもう、自分が持ってるかもしれない性癖について追求したくないから、
十数秒の時を刻んで、彼女は口を開いた。
「
「よしそれで決まりだ」
勢いよく決定したせいか、風葉は言葉なく笑みを浮かべている。反応に困っているのかな。
それにしても、勝兄か……意外といい響きじゃないか‼︎
気に入ったから、今度からこれで呼んで貰う事にしよう。
あれ……
………………やはり俺は、ヘンテコな性癖を隠し持っていたのだろうか…………
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