第2話 出会い


「なんで?なんで?なんでなの?」


少女は呪文のように繰り返しながら、森の中を走っていた。




少女を追う影。複数の狼が追走していた。




道はない。


時折立ち止まり、左右を、進む方向を確認する。


オオカミとの距離は、詰まる一方だ。




もうだめ・・・走り続ける少女は、大きな樹の幹の裏側に隠れる。


少女一人隠れるには、十分すぎるほど大きなの樹。




両手で口を押え息を殺す。


目を固くつぶり、見つからないことを祈る。




   かさ・・・・


落ち葉を踏みつける音がする。


少女は薄目を開けた。囲まれている。






ほんの数時間前まで、友人と山に遊びに来ていた。


湖の湖畔でバーベキューをやる準備に追われ、忙しく動いていた。


枯れ枝を拾おうとしたとき、後ろに黒い空間が現れ、あっという間に黒い空間に飲み込まれた。


気が付いた時は、この森に居た。






森は、自分の居た世界ではない事に、すぐに気が付く。


見たことの無い花。ただの花ではない。喋る花。


そして、少女に襲い掛かろうとしているオオカミは首が3つある。




  「嫌だ。こんなところで、訳も分からず死にたくない」


少女の願いを、オオカミは聞いてはくれそうにない。


口からヨダレを垂らし、襲い掛かる気、満々だ。




   「どうする?どうすれば・・・」


残された僅かな時間を、少女は助かる術を考える時間に充てる。




   「戦う・・戦うしかない」


唇をかみしめ、目を見開き、オオカミに対峙する覚悟を決めた。




右手が何かに当る。


木の棒だ。


「神の恵み。私に生きろとの啓示だ」


少女は幹の陰から出る。


7頭。首が全部で21のオオカミに囲まれていた。




少女の覚悟。気迫はオオカミに伝わる。


前に掛かっていた体重は、若干、後ろに戻る。


「さぁ、こい。JKの肉、楽には食わせない」




少女は気丈にも、半歩前に出た。


が、オオカミは引かない。いったんは気迫に押されたが、本能が訴える。


   「美味しい餌だ」と。




1頭が、少女の後ろ、死角へ回り込み、飛びかかってきた。


少女は、その気配に振り向く。




オオカミが空中で、もがいている。


・・・違う。掴まれているのだ。


大きな腕が、幹の陰から延び、3つある頭の、真ん中を鷲掴みにしている。




「キャン!」


真ん中の頭が握りつぶされた。


凄い力・・・・




幹の陰から出て来たのも、オオカミだ。


2mはある狼。後ろ足で立ち、服を着たデカい狼。


「ダメだ・・・・私、死ぬ」


少女は、その顔を見上げると、悟った。これは助からないと。






  「もう大丈夫だ。頑張ったな。偉いぞ」


狼の大きな手は、少女の頭を撫でる。


そして、手を狼たちに向け、何にかを呟く。




!?狼たちは石に成った。


「これは魔法。石化魔法だ」




(・・・驚くもんか。花が喋るし、首が3つある狼も居る。服を着て喋って、魔法をつか・・・)


少女の意識は飛んだ。










「いいにおい・・・・」


自分が寝ていることが分かる。




鼻歌と小気味のいい包丁の音。トントントントン、このリズムが、また眠りへと引き込もうとする。が・・・睡魔に食い気が勝った。


少女は飛び起きる。




「ここは?木のベット。木の壁。木のテーブルに椅子。・・・・・山小屋。だよね」


少女はベットから降りると、あたりを見回す。


「夢・・か。だよね。あ、あはははは。夢だ夢」




「お?起きたか?」


ブリキ人形のような動きで、首が声の方向を向く。


夢じゃなかった。エプロン付けたオオカミが料理してた。






「腹減ったろ。今できるからな。先にこれをテーブルに運んでくれるか?」


お皿が2枚。料理が乗っていた。


目玉焼きに、オムレツ。スクランブルエッグにゆで卵。


   蛇かお前?




少女は皿をテーブルに運ぶ。対面に並ぶフォークとナイフ。


少女は、皿をそれぞれの適切な位置に置く。




「すまんな。俺はこれしか料理が出来んが、後で出来る娘が来るから、明日は真面なものが食えるぞ」


エプロンを付けたオオカミは、2つのカップを持って来た。卵スープだ。




少女は、座れと即され、椅子に掛けた。


   いいにおい・・・・バターの香りが食欲をそそる。


「まずは食え。聞きたいことはそれからだ」


   御意。確かにそうだ。今は食べる。




少女は、オムレツを口にした。


  !!!美味しい!


結構みっともなく、料理に食らいつく。皿を手に持ち口を当て、フォークで掻っ込む。




変な世界に来て、バーベキューを食べ損ねたばかりか、オオカミ相手に激走。お腹も減る。




「うまそうに食いやがるな。これも食うか?」


オオカミは、手つかずの自分の皿を差し出す。


「遠慮なんかするなよ」


ごちです。頂き。玉子って、こんなに美味しいんだ。




最後にスープを飲む。大分落ち着いた。








「お前は、この世界で言う、迷い人。他の世界からの転移者と言う事になる」


分かっていた。たぶんそうではないか・・・と。


「帰る方法って・・・」


少女は、淡い期待を胸に問う。


「確立した手段はない。が、ゼロではない」


だよね‥。うん、覚悟してた。帰れないは、お約束。




「毎年2人前後が、この世界に迷い人として転移してくる。そして、数10年に1人の割合で、突然消える。帰れたのかは分からないが、1件だけ報告がある」


???


「戻って、戻ってきた奴の話だ」


「それって、1回戻ったのに、また来ちゃった、と言う事?」


「ああ。そうだ。そいつが言うにはな、前の世界から消えた瞬間に戻るらしい。つまり、ここで何十年過ごそうと、戻るときは、前の世界の消えた時間。穴に引き込まれる直前、と言う事だ」


それって、結構嬉しい希望だ。




「真偽のほどは分からないが、迷い人は、おおむね年を取らん。あながちガセではないと思う」


ここで私は「ハッ!」とした。お礼を言っていない。


助けてもらい、こうして食事までご馳走に成っている。




「あの、ありがとうございます」


突然、会話の流れを無視した謝礼。


「気にするな」


狼の顔は、やさしく微笑む。




「次に大事な事だ。自己紹介だ。俺はマックス。見た目通り、獣人だ」


握った手で、親指を立て自分に向けた。


「私は・・・私・・・あれ?名前が思い出せない」


少女はパニックに成る。自分の名前が思い出せない。名前だけではない。親の顔、友人の顔、学校の名前・・・。




「落ち着け。迷い人が記憶をなくすというのは、珍しい話ではない」


マックスは立ち上がり、少女の肩を抑える。


「私・・・誰?」


少女はマックスに、落ち着くよう即される。




「迷い人には2通りある。何かを失い、何かを得る者と、何も失わず、何も得ない者。


殆どは後者だが、稀に前者が居る。お前は、得た者。魔導士・・と言う事だ」


魔導士?




「魔法使いとも言うが、迷い人の魔導士は、強力な魔法を身に着けるケースが多い」


私が?魔法を?


「さっきのオオカミを石に変えたような?」


マックスは頷いた。




「まぁ、色々覚えなくてはないこともある。だが今、最優先でやることは、風呂に入ることだ」


「お、お風呂?」


少女としては聞きたいことが沢山ある。最優先が風呂と言うのは・・・。




「さっき、お前を見つけた時、撫でたろう。あれな、トリプルヘッドを握りつぶした手だった。白い髪が真っ赤だ」


オオカミの頭を握りつぶした、あの手か?あの手で撫でたのか?




「風呂で洗い流してこい。俺が流してやってもいいぞ」


目がやらしい。


「俺は獣人だ。人間の裸なんか見ても、何も思わん」


・・まぁ、確かに。犬にスカートの中を覗かれても気にはならない。


「どうだ?一緒の入るか?隅々まで流してやるぞ」


気にはならないが、魂が拒否っている気がした。






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