9リアムとの約束

 ルシファーの魔力を失ってしまったドラゴンは、リサの部屋のバルコニーの手すりにとまり、城から見えるセントクリストファー王国の景色を眺めていた。ほんの数時間前まではこの世界で、ほぼ無敵の力を誇っていたルシファーの魔力の下で、ドラゴンはすべてのものから恐れられていたに違いない。だが、魔力を全く失い、身体も小さくなってしまった今、ドラゴンは何を思っているのだろう。この際深く考えず、鳩サイズになったんだから、もう、平和のドラゴンになってしまえばいいのに・・と私は思う。


 あ、そう言えばドラゴンの名前を聞いていなかったっけ・・・。しばらくはこのままかわいいドラゴンと一緒に暮らせるなら、そうしてもいいかな・・と思う。今頃はシャノンがそばに行って、また生意気な口をきくドラゴンをからかっていることだろう。


 

 昨日から自分でも信じられないくらい目まぐるしく、無我夢中で過ごしていた。人生の一生分の恐ろしい体験をしたといっても決して過言ではないと思う。


 と、同時に、アルベルト皇太子殿下と、城の大好きな侍従たちと大好きなティータイムを過ごしている今も人生の幸福の一生分幸せなんじゃないか・・とも思う。


 しあわせな気持ちに満たされ、ほっとしたのか、急に自分が疲れているのだと感じた・・。このまま横になって眠ってしまいたい・・。そんな風に思ったとき、ふと、リアムの心配そうな顔が浮かんできた。


「アルベルト皇太子殿下・・」


「アルベルトでいいよ、リサ・・」


「はい、殿下・・いや、アルベルト・・」


「何だい?」


「一つお願いがあります。」


「リサにそのような深刻な顔で、お願いされると、緊張してしまうな・・」


アルベルトはちょっと困惑した表情になりながら言った。


「私、これから占い師のダニエラおばあさんのところに戻りたいのですが」


「大事な用があるんだね?」


「はい。おばあさんに報告しなくては。それに、レイラが用意してくれたカバンも取りに戻らないと・・・。それと、私の無事を願ってご飯・・そう、美味しいごはんを作って待ってくれている人もいるのです」


「どうしても、戻らなければならないのだね」


「はい。でも、美味しいごはんをご馳走になったらすぐ帰ってきます」


「分かった。帰りを待っているよ」



 アルベルトが用意してくれたのは王国の立派な紋章付きの馬車だった。私とシャノンと、私の手につかまれたミニドラゴンは早速馬車に乗り込み、ダニエラおばあさんと、リアムが待っている家に向かった。


「なんで、俺様が、このような変な乗り物に乗らないといけないんだ」


 ミニドラゴンは、無理やり私につかまれて、馬車に乗りこまされたのがよっぽど気に入らなかったらしい。

が、シャノンは道中の暇つぶしができたと喜んでいた。


「あのね~、あんたをあのままバルコニーに置いてたら、絶対猫に襲われるか、鷹に食ベられて、一巻の終わりだね。みんな、飢えてるからね~。まぁ、そうなったら、そうなったで、私には関係ないことなんだけどね」


「猫や鷹なんか恐くもないさ・・」


「そんな小さくて、非力なのにぃ?」


「クエ~ッ」


ドラゴンが精いっぱいすごんで鳴いたのに、口から出たのは情けない叫び声だった。


私とシャノンは笑い転げてしまった。


「あんたも、早く諦めて、せいぜいかわいがられるペットになりなさい」


「いやだ、いやだ・・ぜ~ったいに、いやだ!」


「そうだ、あなた名前はあるの?」


私は気になっていたことを尋ねた。


「あるに決まっているさ。俺の名はブラックジャッキーさ。ルシファーがつけてくれた最高の名前だ!参ったか」


「ブラックジャッキー・・BJか。いい名前じゃん。ねえ、リサ」


「うん、私もそう思う」


「そ、そ、そうだろ!照れるなあ・・照れるから、もっと褒めろよ」


「ほんとに、めんどくさいやつだなぁ。BJよろしく」


「まあ、よろしくな」


そんなたわいもない会話をしているうちに、ダニエラおばあさんの家に到着した。馬車には明日の昼頃のお迎えを依頼し、すぐに帰ってもらった。



カランカラ~ン


私がドアを開けると、ドアベルが勢いよく鳴った。


「ただいま!リアム!帰ったよ」


リアムが飛び出してきて、私を上から下、下から上へと何度も見ていた。


「リサ・・ほんとに無事だったんだな」


「リアムの美味しい食事を食べに帰ってきたの」


「おお・・」


それだけ言うと、リアムはうれし涙を必死にこらえているようだった。


「すぐにあっためるから、待っとけ」


そう言うと台所に飛び込んでいった。




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