6冷たい空気

「は、はい!」


そうだった・・私はここではリサ・ベルリュンヌということになっていたっけ・・・。慌てて返事をした。


「リサ様のご趣味についてお伺いしたいものですな」


私の向かいの席に座っていたバートン大臣は、鼻の下と顎に蓄えた茶色の髭を撫でながら意地悪そうに言った。


「はい。お、お菓子など作ったりするのがご、ご趣味で、ご、ございます」


「な~るほど。よほどのお菓子好きと見えますな。今日のお菓子もよほど、お好きだったと見えて、私が話しかけても気づかぬほど、一心不乱にお召し上がりになっておられましたな・・アハハハハ・・」


バートン大臣につられる様にして、あちこちで笑い声が起こった。私は穴があったら入りたい気持ちになっていた。


「若いということは、周りを気にしない勢いがあり、食欲も旺盛でうらやましい限りですな・・」


また、笑いが起こっていた。


「は、はい。とてもおいしかったです。つい、お菓子に引き込まれ・・あの・・その。今日のバームクーヘンは本当に見事で・・料理人の・・その・・愛情をしみじみと感じました・・は、はい」


顔が熱くなっているのを感じながら、やっとのことで応えた。その時、アルベルト皇太子殿下は、ティーカップをテーブルの上で倒した。気が付くと、紅茶がテーブルからこぼれ、私のドレスにかかっていた。


「すみません、国王陛下。手が滑って、紅茶をこぼしてしまい、リサのドレスを汚してしまいました。リサには着替えが必要なので、申し訳ありませんが、今日のところは、これにて、失礼させていただきたいのですが・・」


「仕方あるまい・・すぐに着替えを」


「では・・」


食堂は少しざわついたようだった。


アルベルトと私は食堂を退出し、部屋へと戻ることができたのだった。朝から緊張し続けだったので、ソファに座ると、ほっとして、体いっぱい空気を入れた風船がしゅ~っと抜けていき、ふにゃふにゃ~っとなった。そのまま、座っているのもしどくなるほど、どっと疲れがあふれてくるようなそんな気がした。そんな私を、包むような眼差しで優しく見守っているアルベルトに気が付き私はやっと、生き返ったような気がした。


「大丈夫かい?」


「アルベルト・・ありがとう。やっと息ができる」


「どういたしまして。こちらこそ、リサには嫌な思いをさせたね。本当に悪かった。だが、全く気にすることはないので、大丈夫だよ」


そう言うと、アルベルトはしっかりと私を抱いた。


「ごめんね」

私は抱かれながら、声を絞り出した。


「今の私はアルベルト皇太子殿下の婚約者としてふさわしいことが、何一つできない」


「そんなことないよ。君のおかげでシャノンのことから僕はやっと一歩を踏み出すことができた。君の明るさが僕をどれほど癒し、支えてくれているか・・」


「でも、私は、あなたに釣り合うような力も能力も何もないかもしれない。何よりもこの世界の人々にとって、私は異世界からやってきた素性のしれない人だし・・」


「そんなことを気にしていたのか。リサは私のためにここに来てくれたお姫様だ。私を信じてくれ。リサはリサのままでいいんだよ」


「ありがとう。本当にありがとう」


そういう私の唇にアルベルトは優しく唇を重ねた。

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