第18話 お兄さんと呼ばれる筋合いはない

 翌日の土曜日。

 つまり、琴葉とお出かけをする日。

 

 今朝起きた時に「一緒にいる私が恥ずかしくならないようにオシャレして」という注文を受けたため、クローゼットの中からそれらしい服を選ぶ。

 と言っても、それほど服は持っていないため、あまり考えることなくあっさり決まった。

 無地の白Tの上からチャコールグレーのカラーシャツを羽織り、下はワイドめの黒パンツ。

 THE・シンプルコーデ。個性はないが、万人受けし、着る者を選ばない。

 店のマネキンが着てたのを一式そのまま購入したため、ダサいということはないはずだ。


 着替えた後、まだ準備が終わってない琴葉をリビングで座って待つことに。

 スマホのニュースアプリを開いてみると、『今日の運勢』なる項目が。それを興味本位でタップしてみる。


『今日の星座占いの一位はかに座!!かに座のあなたは、今日はラッキーな一日になるかも!?』


「ほう」


 俺は7月4日生まれのかに座。まあ、別に占いを信じているわけではないため、気休め程度に。ただ今日が何事も起こらないように祈るばかり。


 

「おまたせ」


 振り返ると、外出の準備を済ました琴葉が立っていた。

 俺も立ち上がり、財布や鍵を入れている小さめのウエストポーチを肩に斜め掛けする。


 琴葉は俺を一目見て言った。


「店のマネキンみたい」


 エスパーかよ。

 それに、マネキンコーデをなめてもらっちゃ困る。

 

「別にいいだろ、マネキンとお揃いでも。商品をより良く魅せるために店側がそれに合ったコーディネートを考え、マネキンに着せて展示しているんだ。買っておいて間違いはない」


 俺がマネキンコーデについて力説するも、琴葉は「はいはい」とどうでもよさげ。


「それで、何か私に言うことはないの?」


 琴葉は手を後ろで組みながらそう言う。おそらく服を褒めろということだろう。

 琴葉の服装は、黒のTシャツに膝下ほどの丈のサスペンダーが付いたベージュのフレアスカート。大人っぽさや綺麗さが醸し出されており、琴葉の雰囲気に会っている。


「よくお似合いです」

「ん、よろしい」


 琴葉は表情はほとんど変わってないが満足した様子。


「それじゃ、行こっか」

「おう」





 やってきたのは最寄駅から電車で15分ほどで着くショッピングモール。レストラン、服屋、雑貨屋、その他諸々が備わっており、この辺りに住んでいる人はショッピングする時は大体ここに来ることが多い。

 

「それで、何を買うんだ?」

「特には決めてない」

「何だよそれ……」


 つまり、ぶらぶらショッピングをしながら気になった店に入るということだろう。特定の買うものが決まってないということは帰る時間も遅くなるかもしれないな……

 まあ、日ごろの感謝を込めて、今日一日くらいは頑張るとしよう。


「とりあえず、夏服が欲しいかな」

「じゃあ、二階か」

「うん」


 ファッション店は主に二階と三階に配置されている。その中でもレディース専門店は二階に多かったはず。

 二階に行くためにエスカレーターを目指して歩く。

 今日が土曜日だからか、人が多くて敵わない。



「あれ?紫吹じゃねーか」


 どこからか聞き覚えのある声が……。

 その男は、俺を見つけるや否や、軽く片手をあげてこちらに近づいてくる。


「いえ、人違いです」

「あ、そうでしたか。どうもすみま──って!そんなわけあるか!」

「ちっ」

「おいっ!てめぇ舌打ちしやがったな!」


 キレの良いノリツッコミを披露し、わーわー騒いでるのは、他でもないどんぐり。

 まさか、休みの日までこいつと会うことになるとは……。

 何がかに座は一位で、ラッキーな一日だ。当たるどころか初っ端からアンラッキーだよ。


「まったく。変な嘘つくんじゃ……」


 どんぐりは話してる途中で俺の隣──琴葉を見て、口をポカーンと開けてフリーズする。

 そして、俺を某サイヤ人の如く「クリリンのことかぁ!」とでも言わんばかりに睨んでくる。


「お前!白雪姫や水無月ちゃんだけじゃ飽き足らず、こんな黒髪ショート美少女とデートだと!いつからお前はハーレム系ラノベの主人公になったんだよ!あぁん!?」

「ハーレムでもないしラノベ主人公でもなんでもないから落ち着け。……これは俺の妹だ」


 俺の言葉を聞き、「妹……?」ときょとんとするどんぐり。

 しかし、すぐにニコッと笑顔になり。


「なんだ〜そんなことなら早く言ってくれよな。お兄さん」

「お前にお兄さんと呼ばれる筋合いはねーよ」


 なんとも単純なやつ。琴葉が俺の妹だと分かった途端に手のひらを返してきやがった。


「またまた~!俺とお兄さんの仲じゃないっすか~」

「お前とそんな仲になった覚えはない。やっぱり人違いだ。あと、お兄さんって呼ぶな」

「何言ってるんですか!学校でもいつも一緒にいるじゃないですか!」

「席が隣なだけだろ……」


 なんだよこいつ。心底うぜー。

 そういえば去年、俺が中三で琴葉が中一だった時も、琴葉に近づくために兄である俺に媚びてくるやつらがいたな……。ことごとく相手にしてなかったけど。


「お兄ちゃん、この人は?」

「琴葉、見ちゃダメだ。お前にはまだ刺激が強い」


 兄がちゃんと妹を守ってやらねば。

 俺は右手でそっと琴葉の両目を隠してあげる。


「やだなぁ、人をそんな不審者みたいに扱わないでくださいよ。えーっと、琴葉さんって言うんですね。俺は冷くんの親友の土井久里馬です。末長くよろしくお願いします」


 不審者ってのもあながち間違いじゃないだろ。

 それに、末長くよろしくされてたまるか。


「琴葉、騙されるな。俺に友達がいるはずないだろ」

「そんな自信満々に言うことじゃないでしょ」


 琴葉は俺の手を自分の目元から優しくどけると、ジトーっと呆れたように見てくる。

 そして、冷めた眼差しをどんぐりに向ける。


「私、兄と兄妹水入らずの時間を過ごしてる最中ですので。それじゃ」

「え、?」


 この手のやからの対処は慣れているらしく、どんぐりを軽くあしらう琴葉。


「ほら、行こ」

「そうだな」


 琴葉は俺の手を引きながら歩き出し、俺たちはその場から立ち去る。

 そして、一人残されたどんぐりは。


「そんな……琴葉さん!お兄さーん!カムバァ―――――――ック!」


 人目もはばからず大声をあげ、その場に崩れ落ちた。

 それに対し、周りの人たちの「何事だ?」という視線が集まっているが、俺は赤の他人です。まったくの無関係です。


 あと、お前にお兄さんと呼ばれる筋合いはない。

 

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