第17話 妹と朝。
俺の朝は、妹に起こされる所から始まる。
それだけ聞くと、
『お兄ちゃん、起きて!朝だよ!』
『あと5分……』
『もう、お兄ちゃんったら。しょうがないんだから!』
そんなアニメやラノベのような、いかにもラブコメチックな展開を想像してしまうかもしれない。
しかし、紫吹家の場合はというと。
まどろみの中、冷淡な声とともに、肩を揺さぶられているのに気づく。
「お兄ちゃん、起きて」
「ん、あと4年……」
「そんなオリンピックの年にしか目覚めない人みたいなこと言わないの。はやくっ!」
「ぐはっ!?」
毛布を引っ張られ、それに包まっている俺ごとベッドから床に落とされた。否が応でも、意識が覚醒してしまう。痛みと衝撃によって。
「も、もっと優しく……」
床に伏したまま目を開けば、一人の少女が俺を見下ろしている。
そして、少女は言う。
「寝転がってないで、早く朝ごはん食べて」
「はい……」
その少女は、妹の
俺より二つ下の中学二年生だ。
綺麗に切りそろえられた黒髪ショートカットの髪。身長は平均か少し低いくらいだが、体つきが細いため、実際よりも高く見える。そして、兄目線で見ても、かなり整った顔をしていると思う。
また、俺と同じで表情が顔に出ずらい。しかし、それも周りにクールな印象すら持たせている。『目が死んでる』とか『常に眠そうな顔』と言われる俺とは大違い。
俺がリビングに移動すると、琴葉はベーコンエッグが載った皿を二つ、テーブルに置いた。
目玉焼きを見てみれば、もちろん完熟。
そして、琴葉は、俺の皿の横に塩胡椒を何も言わず、すっと置く。
さすが、俺の好みをよく把握している。
『紫吹冷検定』の史上初の一級保持者なだけある。俺が勝手に認定しただけだが。
「「いただきます」」
食卓に着き、二人で朝食を食べ始める。
「お兄ちゃん。今日は部活あるから、夕飯は8時くらいになるかも」
琴葉はバスケ部に所属しており、部活の日はだいたい午後7時くらいに帰ってくる。そして、その後に夕飯の支度をする。妹にばかり任せて申し訳ないと思うが、これには深い理由がある。
──俺は、料理ができない。
一度、琴葉が帰ってくる前に俺が夕飯を作ったことがあった。しかし、それを食べた琴葉は、「気持ちは嬉しいけど、お願いだから二度と作らないで」と辛辣な一言を。ほんと、ダメな兄でごめん。
「大丈夫。もしかしたら俺も捕まって、帰り遅くなるかもしれないし」
「そんな平然と、何わけのわからないことを言ってるの……」
呆れ顔になる琴葉。
俺も自分で言ってて、何言ってるんだろうって思った。
「そうだ。明日一緒にお出かけしよ」
ベーコンを口に頬張りもぐもぐしていると、唐突に琴葉がそんなことを言い出した。
傍から見れば、それはまるでデートに誘うかのような口ぶり。
しかし、経験上、荷物持ちとして駆り出されるであろうことは明白。そして考える。貴重な休日をそれで浪費していいのだろうか、と。
答えは、否。
しかし、断るための最適な理由が思い浮かばず、とっさに口から出た言葉は、
「ごめん。俺、一人用なんだ」
これには前髪ツンツンヘアーの少年もびっくり。
そんな兄の戯言に、琴葉の周辺の温度が一気に下がった気がした。
琴葉は冷えた声音で言う。
「ふーん。お兄ちゃん、一緒に来てくれないんだ」
「琴葉……?」
「私、朝早起きして弁当作ってあげてるのに」
「うっ……」
痛い所を突かれ、返す言葉もない。
しかし、琴葉の反撃はまだ終わらない。
「朝食も用意して、お兄ちゃんも起こしてあげてるのに」
「……」
進撃の琴葉により、ウォールマリアは既に突破されてしまった。
残りの壁ももはや崩壊寸前。
「部活で疲れて帰ってきた後に、頑張って夕飯作ってるのに。その後に学校の宿題をして、次の日はまた頑張って早起きしてるのに」
「……」
もうやめて!とっくにお兄ちゃんのライフはゼロよ!
もう俺は、口を開くことすらできない。
ただただ妹への感謝と謝意の念が浮かぶばかり。
「お兄ちゃん。もう一度聞くけど、一緒に来てくれないの?」
「ドコマデモオトモシマス」
兄、弱し。
こうして、兄妹間の力の差を思い知らされたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます