第9話 返信は2文字だけ。

 それから土日をはさみ、月曜日の朝。

 この土日は家から一歩も出ず、動画配信サービスで気になっていた映画を見たり、音楽を流しながらごろごろしたり、Yeahでめっちゃなホリデイを過ごした。


 休み明けあるあるの、通常以上のけだるさを感じながらとぼとぼと教室に入る。

 自分の席に座り、黒板の右上にある掛け時計に目をやると、時刻は8時20分。始業時間は8時40分だから、まだ20分ほど時間がある。

 モチベーションを高めるために音楽でも聴こうかと、スマホとイヤホンをカバンから取り出した時、


「紫吹さん」


 顔を上げてみると、いつのまにか俺の対面には、野生の早見姫雪が一匹。

 その表情は、少し不機嫌そうに目を細め、唇を尖らせている。

 仲間になりたそうにこちらを見ている、というわけではなさそうだ。


 それに対する俺の行動はというと、もちろん『逃げる』を選択。

 気付いてないふりをして、そっと視線を下げ、イヤホンをつけようとすると、


「む、無視しないでください……!」


 早見は、イヤホンを持つ俺の右手を掴むことによって、それを阻止。どうやら、逃げられなかったようだ。


 俺は観念して、早見と視線を合わせた。


「……どうしたんだよ、こんな朝っぱらから」


 俺が尋ねるやいなや、早見は「この紋所が目に入らぬか」と言わんばかりに、自らのスマホを俺の顔の前に掲げた。

 そこに表示されているのは、チャットアプリのトーク画面。トーク相手は『紫吹 冷』さん。

 てか、俺だ。


 先週のスノバでの帰り際、「連絡先を交換してほしいです」とおねだりされ、それくらいならいいかと思い、無事交換に至ったというわけだ。


 とりあえず、その画面に表示されているトーク内容を見てみる。


───────────────────


『今日はありがとうございました。とても楽しかったです』

『あぁ』


『これからもよろしくお願いしますね!』

『おー』


『紫吹さんは、趣味は何かありますか?』

『特に』


『休日はどのように過ごすんですか?』

『さぁ』


『今日、友達とショッピングに行ってきたんです。可愛いワンピースを見つけたんですけど、私に合うサイズだけ売り切れてしまってて……』

『ほお』


───────────────────

 


 

「これは、あんまりじゃないですか?」


 俺がトークをさらっと見た後、早見は不満そうにそう言った。

 しかし、特におかしな点は見当たらないように思える。


「……なにが?」

「なにが、じゃないです!これでは、会話として成り立ってません。会話のキャッチボールになってないです……!」

「そんなこと言われてもな……。チャットなんて滅多にしないし。俺にそういうのを期待されても困る」


 自慢じゃないが、俺のアプリ内に入ってる連絡先は、早見を入れても4人だけ。

 ……ほんとに自慢じゃないな。


 他の3人は、母親、妹、成宮。

 母親と妹は業務的な連絡をするくらいだし、成宮は俺がクラスのグループに入ってないため、何か連絡事項があった時のために一応追加してるだけだ。


 つまり、チャットで会話なんてほとんどしたことがないのだ。

 そんな俺が、お喋り大好きなJKのノリについていけるはずもない。

 むしろ、忘れずにちゃんと返信しただけでも褒めてほしいくらいである。

 

「……私は、紫吹さんと楽しくお喋りがしたいんです」


 早見はむぅとほっぺを膨らませ、ふてくされるようにそう言った。

 そんな子供っぽい表情も様になっており、とてもかわいらしい。


「俺と話しても楽しくならないと思うけど」

「私は紫吹さんと話せるだけで楽しいんです……!」


 恥ずかしげもなくそんなことを言う早見。


 いったい何がそこまで彼女を駆り立てるのやら。

 俺と話しても面白いことなんて何一つないだろうに。

 しかし、そんな純粋な思いをむげにするのも申し訳ない。

 できる限り応えてあげたい、と思う。


「……まあ、チャットじゃなくても、またスノバとかで話くらいなら聞くから」

「もう……。とりあえずはそれで許してあげます。約束ですからね?」

「おう」


 先程までのふくれっ面はどこへやら。

 すっかり嬉しそうに口元を緩めている。

 機嫌をなおした早見は「そろそろ失礼しますね」と俺に軽く会釈をして、自分の教室に戻っていった。

 

 さて、白雪姫とこんな堂々と教室で会話をしていたのだから、そろそろ奴らが来てもおかしくない。

 と、そんな風に、クラスの男子たちからの悪絡みを警戒していたのだが、ここで意外な人物に話しかけられた。


「紫吹くん、少しいいかな?」

「……水無月?」


 彼女の名前は、水無月みなづきひより。

 このクラスの学級委員長を務めている。

 控えめに言ってもかなり美人な顔立ちをしており、セミロングほどの長さでストレートサラサラな髪もよく似合い、おしとやかな雰囲気を醸し出している。さらに、その人当たりの良さも相まって、非常に人気もある。

 そんな人物が俺に何の用があるというのだろう?


「どうかしたか?」

「えっとね、少し聞きたいことがあって」

「……?」


 俺と水無月という珍しい組み合わせに、どこからともなく視線が降り注いでくる。

 実に居心地が悪い。


 水無月はそんな俺の気持ちを察してくれたのか、


「少し移動しよっか」と。


 俺は一つ頷くと、水無月の後ろをついていき、廊下の人通りが少ない辺りへ。


 そして互いに向かい合うと、水無月はどこか言いにくそうにしばし沈黙したまま。

 少しして、意を決したようにそれを言った。


「紫吹くんと早見さんって、その……。付き合ってるの……?」

「……はい?」

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