第8話 俺らしくもない。
盛大にぶちまけたアイスココアがかかってしまった机の上をティッシュできれいに拭き取り、わずかな静寂な時が流れた後。
「さて、話を続けていいぞ」
「?……はい」
澄ました顔で「え、なにかありましたか?」と何事もなかったかのように話を戻そうとする俺を、早見が訝しげな目で見つめてくるが、そんなものは気にしない。
だって、さっきのは仕方ないじゃん。
唐突にあんな意味深なことを言われれば、誰だってココアくらい吹き出すさ。
強いて言えば、タイミングが絶妙に悪かったとしか言いようがない。
「話をまとめると、私は男性が苦手なんですが、紫吹さんだけは例外だったんです。それが、なんだか嬉しくて……。だから、今日も一緒にいたいなと思ったんです」
早見は嬉しそうに口元を緩めながらそう言った。
恋愛感情などはないにしても、可愛い女の子から「一緒にいたい」なんて言われれば、少し嬉しさやら気恥ずかしさがこみ上げてくるのも仕方のないことだろう。
しかし、俺は言わなければならない。
「そう言ってくれるのはありがたいんだけど、俺は早見と親しくするつもりはないんだ」
「えっ?……やっぱり、私といるのは嫌、ですよね……。」
早見の顔が、次第に悲しそうな表情へと変わっていく。
そんな顔をされてしまえば、嘘でも「はい、嫌です」なんて言えるはずもない。
「別に早見のことが嫌いとか、そういうわけじゃない。ただ、俺はあまり人と必要以上に関わるつもりはないんだ」
「……必要以上に関わるつもりがない、ですか?」
早見は、どういうことかよくわからないという風に、俺の言ったことを反復して聞き返してくる。
「あぁ。もし人と親密な関係になれば、当然一緒に行動することも増える。でも、俺は他人に合わせたりするのがあまり好きじゃないんだ。だから、人と仲良くなりたいとは思わない」
「……そうだったんですか」
人間関係は、できるだけ浅く、最小限で。
そうすれば、他人に縛られることもなく自由に過ごすことができる。
それが俺の人付き合いに関する考え方だ。
早見は今までの俺の言動などを思い返してみて、合点がいったという様子。
すると早見は、何か考えごとをするように少し俯いたまま、数秒黙り込み。
やがて顔を上げると、俺の目を真っ直ぐ見据えて言った。
「……でも、私は紫吹さんと親しくなりたいです。本当に嫌なら、断ってくれて構いません。これからも、今みたいにこうして、一緒に時間を過ごしてくれませんか?」
「……」
ストレートにそんなことを言われるとは全く予想していなかったため、俺は少しの間、呆気にとられてしまう。
ただでさえ目立っている彼女と一緒にいれば、俺の望む平穏な学校生活を送れなくなることは、想像がたやすい。必然と周囲から注目もされてしまうだろう。
今日のように男子たちからつまらないイタズラを繰り返され、疲労が溜まってしまうかもしれない。
それを回避するにはどうすればいいか。
簡単だ。今、はっきり断ってしまえばいい。
もう俺に関わらないでくれ、と。
しかし、彼女の純粋な澄んだ瞳と真っ直ぐ視線を合わせていると、どうしてか、そんな気も起きず。
むしろ、別に少しくらい騒がしい日々になってしまってもいいじゃないかと、そんなことすら思えてくる。
いったい、どうしてしまったのか。
ほんと、俺らしくもない。
「……たまにならな」
気付いたら、そう答えてしまっていた。
「はい……!」
彼女はこれまで見た中で一番の満面の笑顔を浮かべていた。
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