第6話 長い一日の終わり。

「──それでは、連絡は以上だ。もう解散していいが、気をつけて帰ること」


 担任のその言葉で、帰りのHRの終わりを告げ、数人の生徒が席を立つ。

 その中の二人の男子が帰り際にわざわざ俺の席まで訪れ、ゲスい表情を浮かべる。


「よぉ紫吹ぃ。今日は随分と参ってるようだなぁ」

「これに懲りたら、あんなことはもうしない方がいいぜ?」

「あ?」


 いったい俺がなにをしたって言うんだ。

 無罪を主張する。


「そーだそーだ!」


 そして、横から野次を入れてくるどんぐり。


「「「はーはっはっはーー」」」


 三人は、高笑いしながら教室を出ていった。


 結論。うぜぇ。



「やっと終わったか……。」


 ついに、長い長い一日が終了。

 本当に今日は災難な日だった……。


 改めて、一日を振り返ってみる。


 朝登校すれば、変態たちに囲まれ。

 体育の授業では、ドッジボールで集中攻撃を受け(途中からは、ドッジボールの原型をとどめていなかったが)。


 使おうとしたシャーペンの芯が出なかったため、中を確認してみると、芯がすべて抜き取られていたり。

 午後の授業で、自分の目線がいつもよりほんの少しだけ低いなと思えば、昼休みの間にイスを5cmほど下げられていたり。


 自販機でいちごみるくを買おうとすれば、先に違うボタンを押され、甘党の俺がブラックコーヒーを買う羽目に(コーヒーは成宮に押しつけ、その後美味しくいただいたらしい)。

 挙げ句の果てには、掃除時間、俺がぞうきんがけした箇所ばかり集中的に歩かれ、もう一度拭かなくてはならなくなり、二倍の労力を使わされた。


 それはそれは、小さなイタズラのオンパレード。

 怒りすら湧いてこず、ただ呆れるばかり。

 どうしてこんなことになってしまったのやら……。


「はぁ……。」


 もう俺の日常は戻ってこないのだろうか。

 グッバイ、平穏な日々よ。また会う日まで。


「あ、紫吹さん。今帰りですか?」

「ん、早見か。そうだよ」


 俺が心の中で平穏な日々とさよならしつつ廊下に出ると、その元凶現る。

 いや、別に早見はなにも悪くないんだが。

 悪いのはクラスの男ども。それは間違いない。


 早見は俺の顔を上目遣いで見つめ首をちょこんと傾げ、


「また、ご一緒してもいいですか?」


 と、かわいらしく聞いてくる。


 ぐはっ。

 可愛さという武器は、人にダメージを与えることができるのか……。


 こんな顔でお願いされれば、普通の男ならなんでもその願いを聞き入れてしまうことだろう。

 だが────


「それは無理だ」

「えっ……。」


 早見よ、相手が悪かったな。

 俺の不屈の精神はそう簡単に折れたりはしない。


 早見は驚いたような顔になり、


「ど、どうしてですか?」


 と、不安げな目で見つめてくる。

 まるで、散歩中に飼い主とはぐれてしまったチワワのようだ。

 チワワ──いや、早見にはっきりと告げる。


「俺は放課後は一人で過ごしたいんだよ。それに、言っただろ?お礼なら昨日ちゃんと受け取った。お前はもう自由の身だ。もう俺なんかに関わらなくても──」


 そこで思わず言葉を止めてしまう。

 俺の話を聞いていた早見の顔が、どんどん泣きそうなものへと変わっていったからだ。

 それは、いつかのバスの中での顔を彷彿させるもので。


 早見は、その瞳をうるうるさせながら言う。


「そうですよね……。ごめんなさい。私なんかといるのは嫌、ですよね……」

「ハハッ、ソンナコトハナイサ」


 いまはむかし。手のひら返しの翁といふものありけり。

 そんな寂しげな表情をされては、きっと世界中の誰もそれを拒絶することなんてできないだろう。


 早見さん。その顔はズルくないですか……?


 悲報。

 俺の不屈の精神、ぽっきり折れる。

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