第2話 土井久里馬、通称どんぐり。
翌日の昼休み。
俺はいつものように弁当を持って移動する。
目的地は、北校舎3階の端にある「多目的教室C」。何かしらのミーティングなどでたまに使われる教室だ。
北校舎には、主に理科室や音楽室、美術室などの特別教室が多くある。だが、授業以外では生徒が立ち入ることはほとんどない。
そのため、この教室は静かに一人で弁当を食べる最適な空間といえる。
「ごちそうさまでした」
のどかな気分を感じながら弁当を平らげると、スマホで音楽や動画を鑑賞するか、読書をするのが毎日のルーティン。今日は後者だ。
取り出したのは、最近人気が急上昇中の一つの小説『探偵は、まだ生きている』。
ミステリーとSFを掛け合わせた珍しいジャンルのライトノベルで、物語のいたるところな散りばめられた伏線が回収されていく様は圧巻。驚嘆せずにはいられない。
時間の流れを忘れ、物語にのめりこんでいると、昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
たった数十分だけのわずかな時間だったが、確かな満足感を感じ、教室に戻った。
自分の席に着き、次の授業の準備をしていると、隣の席から声が聞こえてくる。
「なぁ紫吹!さっき白雪姫がこのクラスに来たんだぜ!」
テンションが高い坊主頭の彼の名は
通称"どんぐり"。
クラスに一人はいそうなザ・お調子者キャラ。
座右の銘は「モテたい」。
こいつは良くも悪くも気を使わなくて済むため、クラス内ではわりと話す方だ。
まあ、いつも勝手に絡んでくるだけだが。
「そうか……。とうとう現実とメルヘンの区別がつかなくなったか」
「ちっげぇよ!そんなかわいそうなものを見る目をするんじゃねぇ!早見だよ、隣のクラスの早見姫雪!」
「あぁ、そっちか」
どうやら頭の中がお花畑になったわけではなかったらしい。一安心。
それにしても、早見姫雪か。なんともタイムリーな話題だ。
……そういえば、最近は雨の日が多いが、今日の空はなかなかの晴れ模様だな。
「なんでも、困ってるところを助けてくれた男子生徒を探してるらしいぜ。顔はわかるらしいんだが、名前を知らないんだとよ」
「……」
せっかくの青空だしな。
今日は少し寄り道してから帰ろうか。
「多分このクラスの生徒だって言ってるんだが、さっきは教室にいなかったみたいだぜ。案外お前だったりしてな?ま、それはないかー」
「……」
俺の行きつけのコーヒーチェーン店 "Snow backs Coffee"、通称スノバで最近新作が出たんだったな。
さっそく飲みに行ってみるか。
「おい、紫吹。聞いてんのかよ?」
「……ん?あぁ、俺は"たけのこの森"派だな。あのさくさくした感じが好きだ」
そういえば、ショートケーキのショートは「さくさくした」という意味らしい。この前やってたクイズ番組で見た。
他にも、フリーマーケットのフリーは「自由」ではなく、「蚤」という意味なんだとか。
そういったちょっとした雑学なんかを覚えるのも、けっこう好きだったりする。
「なにバカなこと言ってんだ!"どんぐりの村"一択だろうが!……って、そんなことはどうでもいいんだよ!……ほんと、お前って冷めてるよなー」
さすが、素晴らしいどんぐり愛の持ち主。
"どんぐり"の二つ名は伊達じゃないってことか。
でも、それって共食いじゃないの?って思ったのは、ここだけの秘密。
「おーい、全員席につけー」
そのタイミングで教室に次の授業担当の教師が入ってきて、午後の授業がスタートした。
放課後。
スノバで一人ティータイムをかますことを決め、若干高揚した気分のまま帰り支度を済ませ、席を立った。
────その時、一人の女子生徒が教室に現れ、次第に周囲がざわざわとしだす。
教室にいるもののほとんどは、その来訪者へと注目しているようだ。
「──あ、見つけました……!」
だが、今の俺はそんなことは気にもとめない。
なぜなら、この後の優雅なアフターヌーンに想いを馳せているから。
「あの……」
そうと決まればさっそく店へ向かわねば。
俺は教室を出るべく、目の前にいた女子生徒の横を通り過ぎ、歩みを進める。
「え、?ちょっと……!?」
そんな驚きに満ちたような女子の声が耳朶を打つ。
そこで、ふと気づく。
なぜか教室中の視線が俺に集まっていることに。
「ま、待ってください……!」
「へ?」
何者かに後ろから手を握られ、思わず素っ頓狂な声が口から漏れてしまった。
振り返ってみればそこにいたのは、白い頬をわずかに赤らめてこちらを見つめる、早見姫雪その人だった。
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