美少女が俺を離してくれない(物理的に)。

@ngky

第1話 白雪姫のピンチ

 高校生活も次第に慣れてきた、高校一年生の6月のある日。

 梅雨入りを果たし、ここ最近の天気はずっと雨予報だ。

 濡れるのはあまり好きじゃないが、ぼーっとしながら雨音を聞いている時間はなかなか良い。しんみりと落ち着いた気分になれるから。


「おーい紫吹ー。今からみんなでカラオケ行くんだけど、お前もどう?」

 

 帰りのHRが終わり、物思いにふけっていると、茶髪の男子が声をかけてきた。

 その後ろには複数人の男女。派手めな者が多く、クラス内でもカースト上位のグループで、いわゆる"陽キャ"だ。


「あー、今日はやめとく」

「今日も、だろ?まだ一回も来たことないんだから、たまには一緒に遊ぼうぜ」

「気が向いたらな」

「そう言うやつはだいたい気が向くことはないんだよ」


 その通り。

 茶髪男子は「また明日な」と言うと、その他もろもろを連れて教室のドアの方へ向かう。


「紫吹くんって付き合い悪いよねー」

「顔はまあまあなんだけどね。中の上みたいな?」

「あ〜!偏差値56くらい?」

「あはは、そうかも!」


 そのグループの女子がそんな会話をしている。

 おい、聞こえてんぞ。本人がいるんだからせめて教室を出てからにしてくれ。

 それに、人の顔を偏差値で例えるんじゃない。

 いかにも「偏差値」というワードを使うと頭よく見えるって勘違いしてそうだ。ギャルっぽいし。


 ……いや、人を見かけで判断するのは良くないか。

 心の中で、全国のギャルに謝っておく。

 誠に、ごめんなさい。


「ま、うちは偏差値50超えたことないんだけどね〜」

「あはは、なにそれー」


 前言撤回。

 今すぐに俺の誠心誠意の謝罪を返せ。

 てか、それでよくこの高校に入学できたな。学校七不思議にエントリーできるんじゃね?

 トイレの花子さん。

 音楽室のベートーベン。

 ギャルJK、入学の謎。


 そのグループが教室を出た後、俺も帰り支度を済ませ、席を立つ。


 俺は基本的に人とは浅い付き合いしかしていない。そのため、友達と呼べる者はおそらくいない。どこのラインを「友達」と定義づけるかにもよるが。


 ただ勘違いしてほしくないのは、人嫌いだとか、人が苦手というわけではないということだ。

 ただ、どうしても必要以上に他人と関わろうと思えないのだ。


 俺は他人に合わせて行動が制限されたり、変に気を使ったり、そういうのが苦手なのだ。

 だから、人と関係を深くすることを望まない。

 そうすることで、人間関係のトラブルなどを回避することもできる。


 しかし、人と関わらないからと言って、別にコミュ障というわけでもない。自分から絡みに行くことは稀だが、普通にコミュニケーションをとることはできる。


 どのグループにも所属していない。

 良く言えば、中立。それが俺のクラス内のポジションだった。

 俺は、そんな自分が嫌いじゃない。


 また、さっきのように遊びに誘われることもたまにあるが、その誘いに乗ることもほとんどなかった。

 放課後や休日は、一人の時間を過ごしたいのだ。

 他人に気を使う必要もない、自由なひととき。それこそ至高である。


 校舎を出て傘をさし、最寄りのバス停に着くと、ちょうどバスが到着したところだった。

 グッドタイミングだ。

 乗車すると、雨ということもあり、バスの車内はやや人が多めだった。

 座席は確保できず、仕方なく立ったまま右手に傘を持ち、左手でつり革を握る。


 それから、およそ10分後。

 まだ俺の降りるバス停ではないが、ここでちょっとしたトラブルが発生した。

 降りようとしていたであろう一人の女子高生が、運賃箱の前で立ち止まっている。


 あの人は確か……。


 顔を見てみると、見知った人物だった。まだ他クラスの生徒はほとんど覚えてない俺でさえ知っているほどの有名人。

 隣のクラスの早見姫雪はやみひゆき

 肩のあたりで切り揃えられているサラサラの銀髪。吸い込まれそうなほどの澄んだ瞳。身長はやや小柄で、細くしなやかな、雪のように真っ白な肌。

 入学早々、学校中の話題をかっさらったほどの美少女だ。

 その名前と容姿から"白雪姫"という二つ名でよく知られている。


 早見は立ち止まって、自分のカバンの中をごそごそとあさっている。

 おそらく、財布を忘れたのだろう。

 その後ろにも3人ほど並んでおり、早見は焦ったようにおどおどとしていた。


「……ちっ。ちんたらしてんじゃねぇ!早くしろよ!」


 後ろで並んでいるうちの一人の男がイライラした口調でそう言い、早見はさらに慌てて、少し泣き出しそうな表情になる。


 ……さすがに見ていていたたまれない。

 柄にもないなと思いながら、俺は小銭を財布から取り出し、早見のもとまで歩く。


「あの、これ落としましたよ」

「えっ……?」


 明らかにバレバレな嘘だったからか、早見は少しの間ぽかんとする。しかし、俺が小銭を早見の手に押し付けると、状況を察したのかハッとした表情になる。


「それじゃ」

「あ、ありがとうございます……!」


 俺がその場から離れようとすると、早見はこちらに向かって勢いよく礼をして、小銭を運賃箱に投入すると、急いでバスから降りていった。


 この時俺は、彼女と関わるのはこれが最初で最後なんだろうなと、人ごとのように思っていた。俺のような平凡なやつが関わり合いになるような人ではない。


 しかし、ここから俺の学校生活は大きく変化していくのだった。

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