第120話「喪失した力、厄介者と軍団」
「そこまでだ春日井、それにソンも二人とも落ち着け」
「山田先生……分かりました」
騒ぎを聞きつけて来たのは部活動の統括で特進科の教師の山田先生だった。狭霧の件ではお世話になった人で、やはり剣道部顧問だけあって力は決して弱くは無い。僕ら二人を同時に抑えているのはさすがだ。
「けっ!! 俺は悪くない、こいつが仕掛けて来た!!」
「先に仕掛けて来たのはそっちでは?」
真顔で嘘を付いてくるタイプか……これは水掛け論になると思った時だった。今まで静かにしていた彼のファンの女子生徒が喋り出した。
「いいえ生徒会長は嘘を付いています!!」
「その通りです!! それは私達レギオンが証明します!!」
「そ~よ!! みんな騙されているのよ!!」
周囲がざわざわしているが、なるほど狡猾だ。自分のファンを利用して有利に運ぶのか、つまり最初から騒ぎにする気だったということだ。だから昨日は行動を起こさずに今朝に照準を合わせたわけか。
「ほら、分かりましたよね!! この薄汚い日本人の本性が!!」
「俺も日本人なんだが?」
山田先生もイラっとしてユンゲを睨むが奴は悪びれる様子もなくニヤニヤして俺や先生に向かって口を開く。
「おっと失礼、過去の歴史に胸を痛めてしまい言葉が勝手に出てしまいました。今は日本は世界に敗北し世界の犬になったのですから許してあげたんだ、すいません」
「ユンゲ優しい~!!」
「キャー!! さいこ~!!」
「かっこいい~!!」
これを最高と言えるあたり彼女たちの頭のネジは少々緩んでいるようで見ると先生も頭を抱えていて何を言っても無駄なのは明らかなようだ。
「とにかく二人とも、一度止めるんだ喧嘩両成敗だ」
「は? 悪いのはそこの男だ!! 謝罪と賠償を要求する!!」
「何を言ってるんだソン、俺は双方に止めろと言っている」
「そうやって卑怯者を庇うのか!! それが日本のやり方かっ!!」
だいぶ頭に血が上っているようで、しかも自分が母国を背負っているかのような勘違い野郎なようだ。それに付随しているギャラリーもうるさい。
「それが教師への口の利き方かソン?」
「うるっさい!! 俺は差別される人々の代弁者――――「話を逸らすな、いい加減にしなさい!!」
さすがに我慢の限界なのか先生もキレて大声を出していて周囲の登校中の全員が注目していた。
「お前がどう思っているかでは無く周りの迷惑を考えろ、これ以上グダグダ続けるなら職員会議に上げて問題にするぞ!!」
「ぐっ、これもお前の仕業か春日井!! 卑怯者!!」
何で俺の方に文句が来るのか全く原理が理解出来ない。一つ理解できたのは奴は俺が憎いというだけで牙を剥いて来て周りを巻き込んで、それが絶対に正しいと思い込んでいるようだ。
「そ~よ生徒会長は卑怯者よ!!」
「ユンゲ負けないで~!!」
「レギオンは皆が味方よ!!」
あと先ほどから出て来るレギオンって単語は何だ? 怪獣か? 空飛ぶ亀と戦うのかこの女生徒たちは? 見ると一年や中等部の生徒のようだが来学期が不安だ。こんな後輩しか居ないのだろうか。
「先生、朝のHRも始まるんで職員室には後で顔出すんで今はこの辺で」
「ああ、そうか……確かになスマン熱くなった」
先生も冷静になったタイミングで予鈴が鳴っていた。あと五分で今日の学校が始まってしまう。
「それに、既に狭霧たちは逃がした、これ以上は無益だ」
「なっ!? サギーが!! いつの間に!!」
「狭霧はカリンと一緒にクラスに行ったぜ……じゃあ、俺も行く」
俺が背を向けて行こうとした瞬間、背後に殺気が有った。僅かに反応が遅れて俺は背後からの攻撃を肩に受けていた。
「ちっ!? 油断したか……」
「ざまあみろチョッパリが!! 次こそはお前を倒してサギーを取り戻す!!」
それだけ言うとファンの連中、レギオンと一緒に逃走した。その人数は約十名だったが昨日の朝会を見る限り更に多くいるのだろう。厄介なことになりそうだ。
「春日井、大丈夫か?」
「ええ、掠めただけっす……まさか後ろから不意打ちとは」
「ああ、あれで武道を嗜んでいるとは……せっかくのテコンドーが泣いているな、スポーツマンシップにも反している情けない奴だ」
山田先生が吐き捨てるように言うと俺も同意見だったが、あの手の人間に何を言っても無駄だ。しかし同時に自分が、あの戦いで失った『気配探知』さえ有れば今の攻撃は避けられたとも思え複雑だった。
◇
「これは意外と厄介かもしれない……」
「どうしたのシン?」
先ほどの戦闘を思い出し今さらながら僕は気配探知を失った現状に危機感を抱いていた。今日、戦ってみた感じユンゲは弱くは無い。だけど『S市動乱』前の僕の敵じゃないレベルでもあった。
「少しね……」
「隠さず話して、不安……だよ」
それを言われてハッとした。僕達が疎遠になったのは互いに想い合ってもキチンと話さなかった結果で一度失敗した。だから話をすべきだろうし狭霧も言って欲しそうに僕を見ている。
「実は前に狭霧には話したけど僕の気配探知が使えなくなったのは言ったよね」
「うん、私以外には反応してたっていうアレだよね?」
「ああ、だから狭霧たちを逃がした後に軽く肩に一発もらってね」
もう痛みは無いけど格下の相手に一発貰ったのは驚いた。油断していたと言い訳はいくらでも出来る。だけど強敵じゃない相手に攻撃をもらったのは僕の未熟さと気配探知に頼り切っていた戦い方が原因だろう。
「えっ!? 怪我とか大丈夫なの!?」
「大丈夫、彼はそれほど強くない……ただ、今の僕は前より弱くなっているから少し弱気になってるんだ」
「シンが本気を出せば大丈夫……なんだよね?」
頷いて余裕だと言うと安心した表情を浮かべてホッとしている様子を見て僕も内心で安堵する。なら僕が何を心配しているのかというと、それは相手の事だ。
「今の僕だと、彼相手にもある程度の力を出して捻挫や骨折くらいは負わせてしまう可能性も有るから……それが問題なんだ」
「あ~、なる、相手は外国の芸能人様だから怪我させられないってわけ?」
そこで僕と狭霧の会話に入って来たのはツッチーこと椎野恵だった。あの七海先輩の幼馴染で幼い頃からの千堂グループの審査を突破した猛者で本人はカモフラージュのためにギャル系を装っているらしい。
「あ、ツッチー今日は、お昼はお弁当?」
「うん、ま~ね……それに生徒会長様に少しご忠告をしたくてね」
弁当を開きながら何か言い辛そうにしている椎野の言葉に俺は自然と硬くなって答えていた。
「昨日の事? それとも今朝のこと?」
「どっちも……例のマスゴミ部の動画と記事は?」
「まだだけど……見た方が良いみたいだね」
そこで狭霧がスマホで見せてくれたのは僕と狭霧のキスシーンの動画と記事で煽りに煽った文章は予想通りだった。ちゃんと彼らは仕事をしてくれたようだ。
「あと……こっちは、あいつの記事」
「なるほど、宣戦布告か……にしても、この後ろの女生徒は何なんだろう? ファンなのか?」
見ると俺を名指しで汚い言葉で罵倒しているようで自分のスポーツ科のクラスで俺を盛大にネガキャンしているらしい。
「ああ、それは割と有名だ、ユンゲというよりも『南方王位』のファンネーム、ファンの総称で軍団、レギオンだよ」
次に会話に入って来たのは後ろの席の河合くんで空手部所属でアイドル好きな意外と隠れオタクなクラスメイトだ。
「向こうの国は日本と違って徴兵も有るからな軍隊とか軍団とか好きなのかもな」
「澤倉の言う通りだ、しかも例のアイドルについてはドイツでも話題になっていた」
カリンと澤倉も席に着いて弁当を広げると話に加わる。いまいち分からなかったがクラスメイト達の話を聞いていると奴というより韓流アイドル『南方王位』のことが色々と分かって来た。
「コンセプトが世界の差別や傲慢と戦う反逆の王位を継ぐ者達の集まりで、そのファン達を総称して
「春日井それが一番燃上するからな? ファンってのはアイドルと一緒に何かしたいんだよ!! そのためのファンネームやコーレスやら色々とだな……」
河合くんが良い感じでドルオタを発揮しているのは分かるけど、つまりシミュレーションの一種で『ごっこ遊び』の延長線上だ。
「そうだよ、それにアイドルだって綾ちゃんみたいに頑張ってる子だっているんだよ、あんな最低な奴と一緒にしたら可哀想だよ!!」
「およ? 狭霧にしては随分と過激じゃん、そんなに嫌いなの? 何か知り合いっぽいけど、あのソン・ユンゲと」
「それは――――「いいよシン、私、話すから……」
そう言うと狭霧は幼少期の話をし出した。自分が何で金髪と呼ばれるのが嫌なのか、何でGGなどと呼ばれて表情を硬くして学校生活をしていたのか。全部を包み隠さず話していた。
◇
一通り話し終えるとクラスの全員がいつの間にか俺達を見ていた。狭霧の独白を聞きたかったのだろうが何人かは複雑そうな顔をしたり頷いたり色々だった。
「だからっ、私……あいつが怖い……シンとやっと二人で一緒に居られるのに」
「あ~、ゴメン狭霧、ガチのトラウマだったんだ」
狭霧が涙目で語り終えると僕の方を見て来たからポンポンと膝を叩くと乗っかって抱き着いて来た。
「頑張ったね狭霧……」
「ふむ、だが狭霧に聞きたいが記憶違いは無いのか?」
クラス中の温かい視線が俺達に集まる中で口を開いたのはカリンだった。しかし昨日のマスゴミ部の報告や朝の出来事から考えても奴がイジメをしていた主犯なのは間違いないだろうと俺が言うと椎野が思い出したように口を開く。
「そういえば、その辺りをお嬢が調べ始めてるらしいよ?」
「七海先輩が?」
ある意味で一番信頼出来て同時に厄介な報告だ。あの人が動けば解決はするが解決の仕方が八割方危険なのだ。そして杞憂が現実となったのは放課後だった。
「サギー!! 会いに来たよ!! 王の元に君を迎えに来た!!」
「シ~ン~!! 出たよおおおおおお!!」
涙目の狭霧を背中に隠しながら見ると奴のファン、レギオンは三十名以上に増えていて男子も数名いた。どうやら性格は悪くても付き従う人間はいるらしい。腐っても王位を継ぐなどと大言壮語を吐いてるだけは有るようだ。
「さて、どうしたものかな……」
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