第119話「歪んだ感情と初対決」


 あれから狭霧が落ち着いたのは三時間目からで、その後は何事も無く今は昼休みで昼食が終わって一段落付いていた。そして早速の事件が起きた。


「ふくかいちょ~!! じゃなくて今は会長!!」


「マスゴミ同好会か」


「そう、それですよ!! 申請書にいつの間にかマスコミがマスミになってました!!」


 すっかり忘れそうになっていたが彼の名は内山くん一年生で僕と狭霧のことを無駄に嗅ぎまわっていたから逆に暴露に利用した我が校で初のマスコミ同好会だ。そして後ろには相方のカメラ担当の関山さんも居る。


「生徒会長に就任してすぐに留学生に襲い掛かったとなってますが何か一言!!」


「今回の事態はソン君による独断だったので生徒会として止めに入りました、その際に一部生徒会役員による鎮圧行為が有ったのは認めます」


 ちなみにユンゲが自分のグループの曲を流すように指示をしていたのは事情を知らない放送委員だったらしく生徒会からの指示だと聞かされていたそうだ。その件も話すとなるほどと内山くんはボイスレコーダーを確認して出して来た。


「なるほど、それとは別に先ほど留学生が気になる事を言っていたのですが」


「興味深い……何ですか?」


「はい、竹之内先輩は自分の物だったのに、それを奪い取った悪辣非道な男と生徒会長の事を言っていたのですが……」


 分かりやすい、だけど当たりのようだ。まさか自白してくれるとは思わなかった。思ったより知能レベルは低そうだと僕はニヤリと笑った。


「どうやらビンゴ……自白したようですね狭霧」


「えっ!? シン、もしかして私の言う事信じてなかったの!?」


 さすが狭霧、今の一言で状況は理解したようだ。さすがは幼馴染だ。それに頷いて溜息を付きながら言うと関山さんのスマホのカメラが僕らを撮っていた。


「そりゃ四歳の頃の話ですから他人の空似も疑ってました、でも確信が持てました……ならマスコミの皆さんに特ダネです」


「え? マ、まじですか!? 生徒会長!! 関山!!」


「あ~い!! 回してま~す」


 ちゃんと僕と狭霧を撮っているのを確認すると、さり気無く狭霧に近寄る。ポケーッとしてて可愛いけど本番はこれからだ。


「はい、私と狭霧の出会いは幼稚園からなのですが留学生の彼はその前に少しだけ、狭霧と知り合いだった”だけの”人間です!! 狭霧も騒ぎになるまで気付かなかった程度の思い出の欠片も無い忘れられていた過去です」


「……そ、そうなのですか竹之内先輩!?」


 なぜか内山くんやパートナーの関山さん、それに周囲のクラスメイトもカリンを除いて僕を見て驚いているようだった。どうしたのだろうか?


「えっと、そうだね……それに私は彼の事あまり良い思い出は無いから、彼とはあまり会いたくない……かな」


 マスコミ二人のインタビューを受ける狭霧は、しどろもどろになりながらも言いたい事を言ったので、そのタイミングに合わせて僕は声をかける。


「そうそう、狭霧?」


「え? なにシンッ――――んんっ~!?」


 わざとカメラにしっかり映る位置で僕は狭霧を抱き寄せてキスをした。教室は阿鼻叫喚で悲鳴と怒号とが混ざり合うが構わず深く長く口づけをかわす。見せつけるようにして狭霧から離れると二人の間で唾液が糸のように引いて淫靡な空気を出して少しやり過ぎてしまった。


「んっ、ふぅ……狭霧、もう心配は無用だからな」


「う、うん……シン、大好き、だよ」


 最後に狭霧の方からギュッと首に抱き着くようにして今度は頬にキスをしてきた。どうやら僕の意図に気付いたようだ。


「と、撮ったか?」


「うん……すごい……色んな意味で大スクープ」


 そこで僕は、いや俺はニヤリと笑ってスマホを睨みつけるように見て言った。


「最後に一言だけ、どうやら時差ボケを起こしているようなので目を覚まさせてあげようと思いましてね……狭霧は俺の大事な恋人だ、物扱いなんて論外、では日本での留学をお楽しみ下さい」


 そのまま一同が茫然としている内にチャイムが鳴り昼休みの終わりを告げていた。これにて俺たちの宣戦布告は終わった。後は彼がどう出るかは分からないけど向こうの出方次第だ。




「シン……やっぱり居る……」


「家まで押し掛けて来る事まで想定してたけど校門で待つとは殊勝じゃないか、だが狭霧に対しての情熱は足りてないな」


 昨日は警戒して狭霧は当然のように僕の家で過ごして朝まで一緒だった。今回は母さんと奈央さんの二人にも事情を話して了承済みだ。特に奈央さんが狼狽してすぐにリアムさんに連絡していたのが印象的だった。


「ちょっとシン~」


「シン兄ぃが半分本気なのが怖いのよね……」


 家に来ても対策はしているから関係無いけど狭霧に対して仮にも未だに未練タラタラならストーキングくらいはすると思った。実際、僕と狭霧は互いにストーカー状態で探り合っていた事も有った。


「おはよう三人とも」


「あっ、おはよ~カリン!!」


 そんな感じで過去を省みていると声をかけて来たのはブロンドを今日はポニーテールにしたカリンだった。挨拶をした後に視線を向けるのは同じく校門前にいる厄介な人物だ。


「奴が堂々と校門前に居るから引き返して三人を待っていた」


「それならスマホで連絡してくれれば良いのに」


「うむ、だが……まだ使いこなせなくてな」


 どうやら未だに機械関係は苦手らしい。サブさんは得意なんだし同居もしているのだから教えてもらえば良いのにと言ったら意外な答えが返って来た。


「サブさんが数日間も家を空けてる?」


「うむ、最近は千堂グループのラボに顔を出している事が多くてな、連絡は来るのだがな……まったく許嫁を放っておくとは何事か」


 サブさんが俺や狭霧にカリンを頼むと言ってたいたのは、こうなる事を想定したからなのかもしれないと僕が考え込んでいると狭霧が元気を取り戻してカリンの手を握って励ましていた。


「そうだよね寂しいもんね!! 三郎さんが今度「しゃいにんぐ」に来たら私も言っておくよカリン」


「ああ、助かる狭霧、やはり持つべきものは親友だな」


 二人が和んでいるとゴホンと霧ちゃんが咳をして俺たちを見る。どうやら向こうに見つかったようで奴は顔を真っ赤にしてこちらに走って来た。


「シン、来たよ~」


「狭霧は霧ちゃんと俺の後ろに、カリン万が一の時に二人を」


「任された、昨日あんな事が有ったからな自分の得物も用意して来た」


 それで竹刀袋を今日は肩にかけているのか中々に好戦的なようだ。さて準備は万端だと思ったら少し様子が違う。ユンゲと彼に従うように数名の女子生徒がいた。




「やぁ、サギー困ったもんだよ、もうファンの子がこんなにたくさん――――」


「あっそ、じゃあ姉はどうでも良いですね、さよなら~、永遠に!!」


 開口一番、出鼻をくじいたのが霧ちゃんだった。しかも相当お怒りのようだ。よく考えたら彼女も過去にイジメの被害に遭っているのだから当然かもしれない。


「そうですね、早く行きましょう狭霧」


 そして僕が狭霧の手を掴んで引き寄せた瞬間、奴の表情が変わった。


「待てよ、ケセキ!!」


「ケセキ? 意味は存じ上げないが私の名は春日井信也です、昨日は壇上で挨拶をしましたが忘れましたか?」


「低能な日本人め!! 偉大な韓国語を知らないとはな!!」


 韓国語は知らないがサンジュンさん、つまり目の前の男の兄は使って無かった言葉だ。どうせろくな言葉じゃないんだろう。


「ええ、低能で結構ですので道を開けて下さい」


「はっ!? ならサギーを置いてけ!! 僕の物だ!!」


 狭霧が露骨に怯えているのに気付きもしない。しかも狭霧を物扱いとは確かに自分の物にしたくなる愛おしさだが論外だ。


「二つ教えておきましょう、一つは狭霧はその呼ばれ方を嫌っていること、もう一つ、狭霧は物では無い一人の人間だ、いい加減にしろっ!!」


「なっ!? 生意気なんだよ!! 口だけは達者でさぁ!!」


 掴みかかって来る相手に対して即座に戦闘態勢に切り替える。昨日のように隙だらけなわけじゃない分かなり厄介だ。だからまずは狭霧をカリンの方に突き飛ばす。


「きゃっ!? シン!?」


「大丈夫、今度も僕が狭霧を守るよ!! カリン頼む!!」


「ああ、任された!!」


 構えは空手に似ているが恐らくはテコンドーだろう。しかし昨日調べた構えとは違っている気がする……だが真っ先に跳んで来たのは予想通り蹴りだ。テコンドーは蹴りのボクシングと呼ばれるくらい足技が多彩な格闘技だ。


「くっ!?」( 威力はそこそこか……手数が多いし間合いが遠いな)


「はっ!! しっ!!」


 全力の回し蹴りからの牽制の蹴りまでの流れは上手く威力は高い。それを全て腕で防ぎ切るが次の瞬間、鋭い正拳突きが飛んで来た。だから僕は咄嗟にステップを取って後ろに回避していた。


「危ない!? 決め手が蹴りじゃない?」


「はっ!! 避けるだけで精一杯か、卑怯な日本人め!!」


 なおも追撃するような再び回し蹴りを回避し背後に回り込んで改めて観察する。先ほどから蹴り技だけは隙だらけだ。その分威力は高いが反面、命中率は低いようで回避が容易だ。しかし、それは超接近戦で相対しているからだろう。


(テコンドーは蹴り中心で間合いは遠い、だから僕は対応出来ている)


「ちっ!! 張り付いてうるっさいなぁ!!」


 そして再び今度は貫手を僕の目に打ち込もうとして来たからバックステップで再び下がった。しかし、それが狙いだったようで素早く蹴りのモーションに入っていた。素早い蹴りが僕の頬を掠めるがダメージは無い。


「危なかった、さすが蹴り特化の武術、ただ気になるのは君は随分と手技を使うな」


「はっ!! テコンドーはあらゆる面で空手を越えた国際的な格闘技だ!! 空手に出来てテコンドーに出来ないものなんて何も無い!!」


 なるほど認識を改めた方が良さそうだ。それに戦い方も変えた方がいい彼にはスポーツ的なアプローチではなくケンカで分からせた方がいいかもしれない。


「それは凄い、では僕を仕留めきれないのはテコンドーのせいでは無く単純に君が弱いだけということか?」


「タクッチョ!! 日本人風情が偉そうに!!」


 しかし今度は相手の動きが読めていた俺は簡単に動きを捉え避けていた。


「なるほどなぁ、蹴り以外も達者ってわけか……思ったより強ぇな」


「な、何だ、お前……動きが、喋り方も……」


「へっ、細けえことはいい、体も温まって来たし……やるか、次は本気で!!」


 二回戦開始だと思った俺達だったが、それは叶わなかった。

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