第121話「本当の強さと家族の絆」


「人数は朝より多いが行けるのか信矢?」


 カリンが現れたユンゲと取り巻きのレギオン達を見て言うが僕は余裕だと答えていた。理由は二つ、一つは取り巻きは口だけで手は出してこない可能性が高いという点で、もう一つは……。


「カリンが狭霧を守ってくれるから後ろを気にせず戦える!!」


「そっか信矢頑張って~!! あとカリンは守って~!!」


 すぐに察したのか狭霧はカリンの後ろに隠れてくれた。そして俺はここまで来たユンゲ一行を見る。


「今度は逃がさないぞ卑怯者!!」


「語彙力は無いのか? ワンパターンだ」


 彼の中では僕はどうあがいても卑怯者らしい。後ろのレギオン連中も騒いでいるが似たような事を言ってユンゲの顔写真入りの団扇うちわで応援をしている。


「貴様に似合いの単語はそれだけなんだよ卑怯者が!!」


「話し合いの余地もっ!? 無し……かっ!?」


 不意打ち気味の蹴りが掠めるが今度は俺は片腕で簡単にガードをする。やはり一度見たら対応出来る程度くらいには彼の技は拙い。


「なっ!? 俺の蹴りが!?」


「蹴りは確かに強いよ、今のは飛びながら横蹴りをしたみたいだけど思った通りスポーツの域を出てないね」


 やはり不意打ちや多対一などの特殊な状況以外では何をやっても僕との実力差は確認できた。例えるなら俺とアニキぐらいのレベル差が有ると考えれば分かりやすい。


「それがどうした!! テコンドーは空手なんかよりも先にオリンピックに登録された世界でも有数なスポーツだ!!」


「そーよ、そーよ!!」

「空手なんて古臭いし弱いのよ!!」

「テコンドー最高~~!!」


 奴が何か言う度にレギオンの女子が騒ぎ金切り声を上げている。彼女らはどうやらユンゲ全肯定BOTのようだから流すとしよう。


「だから、その通りスポーツだと言っているんだけど?」


「お前がテコンドーをバカにしたのは――――「バカにしていない、しているのはテコンドーを扱っているお前の未熟さだけだ、ユンゲ」


 テコンドーは元は空手をベースにし今や世界的な競技なのは有名でオリンピック競技なのも知っている。しかしイコール目の前の男が尊敬に値する相手で無いのは朝の行動を含めよく分かっている。


「なっ!? 王位を継ぐ俺を――――「黙れよ、ごっこ遊び風情が!! まさか自慢の軍団レギオンに守られてなければ、まともに日本人と話も出来ないのか?」


 そもそもテコンドーは礼儀や礼節を重んじ、清らかな心で忍耐を鍛えるスポーツだと聞いている。最初から目の前の相手を決めつけ話し合う気もリスペクトも無く一方的に攻撃を仕掛けて来る人間にテコンドーを語る資格は無い。


「ぐっ、だが!! お前がテコンドーをただのスポーツだと!!」


「違う、テコンドーがスポーツの域を出ていないと言っただけだ」


 そう、こいつも過去に戦って鉱山送りになったボクシング部の部長と大差は無い。ただ一つ違うのは例の部長の方は殺気などが無かったがユンゲはスポーツレベルの戦い方しか出来ていないのに殺気だけは一人前だという点だ。


「ど、どういう意味だ?」


 ここで初めて奴が困惑したのを見て、ユンゲにテコンドーを教えた人間の思考も何となく理解した。


「恐らく君にテコンドーを習えと言った人は君の心の未熟さを理解させるために勧めたんだと思うよ」


「っ!? お、お前の勝手な妄想だ!!」


 表情が明らかに変わった。そして彼に忠言した人間が誰か想像も付いた。おそらくはあの笑顔の似合う目の前の男の兄だろう。


「そうかも知れない……だが、心が乱れてないかなアイドルくん?」


「うるざぁい!!」


 隙だらけの蹴りを見る限りテコンドー同士でしか戦ってないのは丸分かりだ。今度はユンゲの攻撃を受けずに半歩下がって避け、続く二撃目も予想できたから片腕で容易に受け止める。


「後ろ回し蹴り、か……だけど試合と違って実戦なら隙の多い攻撃を待つ相手なんていないよ、これが一流の選手なら予備動作込みでもっと早いけど君は遅くて技を放つ前に勢い不足、だから止められてしまう」


「なっ、う、嘘だっ!? こんなぁ~!!」


 出す技が分かっているなら事前に防ぐのは策として当然だ。なまじテコンドーを武道としてでは無くスポーツ競技の方で捉えているのならばポイント狙いの動きで実戦向きではない。


「昨日の君の構えは実戦だと最初は警戒していたが動きはスポーツ競技そのものでチグハグ……そこで気付いた、君が未熟だとね?」


「なっ!? ケセキが!! ケセキ!! ケセキいいいいいい!!」


 つまりユンゲは構えだけは実戦形式だが中身はスポーツ競技に近いテコンドーでスポーツの域を出ていない中途半端な状態だったのだ。


「中途半端か……僕にはちょうどいい相手だ」


 そう、器用貧乏の相手には中途半端がお似合いだ。だけど今の僕には器用貧乏なりに意地も誇りも有るんだ。


「俺を、俺を、うrwlfjkふぁ!! hynjiぎゅああああ!!」


「今までは怒りに任せていれば解決したんだろうね……可哀想な奴だ、はぁっ!?」


 そして僕は突っ込んで来た相手の乱雑な蹴りを避けて腹に一発の正拳突きを叩き込んだ。


「ぐはっ!? あっ……ぐぅ……」


「 ふっ、これが君が劣っていると言った空手の基本中の基本、正拳突きだ」


 それだけ言うとユンゲは目の前で膝を付いて崩れ落ちた。手加減はしたから骨折などの心配は無いと思うがピクピクしていて少し不安になる。軍団は阿鼻叫喚で俺を避難しているが完全無視だ。


「君のお兄さんが何を考えて君にテコンドーを勧めたのか少しは考えた方がいい、じゃあ失礼する生徒会の活動が有るのでね」


 僕は狭霧が腕に抱き着いて来るのを確認すると今度は背後に気を配って奴が動かないのを確認するとカリンも伴い三人で生徒会室に向かった。




「ちょっとシン兄ぃ~、中等部でも凄い噂になってたよ」


「ああ、マスゴミ部の二人が視界に入っていたので予想はついてたけど」


 両家の夕食で今日は全員が集まった中で霧ちゃんが言った一言で奈央さんの表情が強張っていた。


「信矢? 説明しなさい」


「例の韓国人留学生が、また狭霧に付き纏っていたので撃退しただけですよ」


 母さんが俺を睨みながらエビチリを取り分けて言う。それに対して俺は一番大きいエビを取ろうとしたら横から来たリアムさんに目標物を取られていた。


「横から頂くよ信矢、それで狭霧は大丈夫だったのカ?」


「うん大丈夫だったよパパ、シンが守ってくれたから!!」


 俺のエビが……いくら未来の義父とはいえ酷過ぎる。あれは狙っていたのに……しかもエビチリは好物だから期待していたのに……酷い。


「さすがはマイサンだ、うん美味い!!」


「お、俺のエビ……」


「シン、はいア~ン」


 すると見ていた狭霧が自分の分のエビを箸で素早く摘まんで口元に運んでくれた。まるで雛鳥のように俺は口を開け餌付けされる。


「うん、美味い……狭霧、でも狭霧の分が一つ減って」


「私は、シンに食べて欲しいから、それに小さい頃から大好物だったでしょ?」


「さぁ~ちゃん……ありがとう」


 当たり前のようにお互いにハグしてキスをするとエビチリの味がした。お揃いだと笑い合っていると霧ちゃんが冷めた目で僕らを見ている。


「あ~、向こうでも居なかったレベルのバカップルね……それはそうとママ、それと翡翠ママも、あのサノバビッチだけど本当にいかれてるわ」


 そこで霧ちゃんが中等部で仕入れた話を噂込みで話してくれた。内容は僕が狭霧の弱みを握って無理やり従わせ涼学の支配を目論んでいるという話で他にも様々な嘘の話を垂れ流していたそうだ。


「自分は日本の支配から救い来たとか、日本人は卑劣な歴史修正主義者とか、レギオンに入れば女の子にモテるとか、もう怪しい宗教レベルの勧誘までしてた」


「そいつを信矢が黙らせたのか? 怪我はさせてないな?」


「もちろんだよ父さん、手加減したから……相手はテコンドーだった」


 蹴り重視とは厄介だなと呟いて味噌汁を飲むと父さんはまた静かになってしまった。反対に喋り出したのは奈央さんと母さんで二人とも狭霧の心配をしていた。


「狭霧ちゃん、いざとなったら信矢に頼るのも良いけど逃げなさい、いいわね?」


「はい!! お義母さま!!」


 狭霧が珍しくいい返事をしている。てかシンママに戻したんじゃなかったのかと思うと奈央さんも心配そうに声をかけていた。


「本当に分かってるの狭霧? あなたは昔から暴走しがちだから心配で」


「はいは~い、分かってるよ母さん、シンもいるから大丈夫~」


 そう言って、自分の茶碗におかわりを大盛りにしていた。食欲は有るようだから案外と平気そうだ。


「何で先輩と私との差がここまで……どうして」


「そ、それだけ奈央さんに心配をかけないようにと……狭霧なりの、ね?」


 俺が言うと奈央さんはガッシリと俺の手を掴んで目を見て言った。


「シン君!! 本当にお願いね、もう五歳の頃から言ってるけど狭霧はあなたにしか任せられないから本当に頼むわ!!」


「ええ、お任せを狭霧を終生守ると誓ってますので……何があろうと二度と手を離す事は有りません!!」


 もう二度と狭霧の手は離さない。何が有ってもだ。狭霧も成長し頑張って僕の傍にいようと必死にあの事件を二人で乗り越えたんだ。今さら出て来た過去の亡霊に僕らの将来を邪魔されるわけには行かない。


「私の目が節穴だったばかりニ狭霧と霧華には辛い思いをさせたナ、こんな事なら最初から奈央の言う通り、こちらに家を買ってれば良かっタ」


「リアム……」


 そういえばリアムさんが当時、ハーフや日本にいる外国人の子供が多い団地を選んだと聞いた。その責任を感じているんだろう。


「ま、パパが私たちの事を考えて選んでくれたのは分かるよ」


「それに遠回りした分、シンの王子様レベルも跳ね上がったしね!!」


 それを狭霧と霧ちゃん姉妹が慰めるように言ってリアムさんが涙目になって頷くのを見て僕も安心した。結果的に苦しかった事も今の状況に全部繋がっている。


「だから大丈夫ですリアムさん、狭霧はもちろん霧ちゃんも二人は俺が守ります、それに何らかの事件が有ればリアムさんのお力に頼るかも知れません」


「そうか……その事態は避けるように頼むゾ信矢」


 それに頷くと両家の団欒は続いた。明日は父さんが休みらしくリアムさんが酒が飲めないと愚痴っていたり母さんのエビチリの味を盗もうと狭霧がコツをメモっていたり俺が霧ちゃんの数学の宿題を奈央さんと見たりと楽しい時間は過ぎて行った。


「明日からも厄介になりそうだ狭霧」


「うん、でも明日も頑張らないと、ね? シン」


 そう言うと狭霧が頬にキスをして来たから僕もキスをし返して止まらなくなりそうになる。


「ああ、じゃあおやすみ狭霧」


「うん……」


 そして電気を消そうとリモコンを取ったタイミングで僕の部屋のドアがバタンと乱暴に開かれ、そこにいたのは母さんだった。


「なぁ~に当たり前のように寝ようとしてるの二人して!! 狭霧ちゃんは早く帰りなさい!!」


「え~!! 今日は頑張ってくれたシンに恋人としてご褒美を……」


「だまらっしゃい!! この歳でお婆ちゃんになるわけにはいかないのよ!!」


 こうして狭霧は隣家から来た霧ちゃんに連行され僕は母さんに説教されて一日が終わった。そして一人になったベッドの中で僕はある事を決意していた。

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