第118話「異国からやってくるトラウマ」


「それで? 何か言うことは?」


 僕と狭霧は朝食の前に我が家のリビングで正座させられていた。もちろん母さんの前でだ。


「昨日は狭霧としていません!! 純粋に添い寝しただけです」


「眠くて一緒にベッドで寝ただけでエッチしてません!!」


 しかし今日の僕らは平気だ。なぜなら純粋に抱き合って寝ていた。寝巻だって着ていたから分かるはずだ。僕らが結ばれた日は大概は下着姿か全裸が基本だ。


「何で私は朝から息子と嫁の性交チェックしなきゃならないのよ、ほんともう」


「二人とも、ほどほどにな、じゃあ俺は今日は昼から秋山社長の護衛が有るから準備が忙しい、翡翠あとは任せた!!」


「あっ!? あなた、あなたからも二人に!! 逃げたか、ほんともう!!」


 朝から母さんの血圧は上がりっぱなしだ。原因は僕らだから強くは言えないが、そんな事をしている間にも僕と狭霧は朝食が終わるとタイミング良く隣の家から霧ちゃんがやって来た。今日も三人で登校だ。




「明日は例の留学生が来ます、何でもスポーツに自信が有るらしく向こうの希望でスポーツ科のクラス、狭霧の前のクラスに入るようです」


 放課後の生徒会の議題は引き続き例の留学生の話題と対応がメインだった。


「へ~、前のクラスだから割と離れてるね凛と優菜に聞いてみようかな」


 しかし韓国からというから流石というかテコンドーが得意らしい。しかし我が校にはテコンドー部は無いから空手部に体験入部しつつ色々と他の部活も見てもらうそうだ。


「明日は二月の朝礼が有るので発表もするようです、狭霧も明日は一緒に壇上に上がってもらうよ、簡単に原稿も読んでもらいます」


「わ、私がついにシンの秘書としてデビューなのね!! 頑張るよ!!」


 狭霧は気合十分で今から原稿を見ている。そんな様子を見て安心すると同時に少しだけ寂しくなる。良くも悪くも前向きでスポーツ科の話題が出てもバスケ部の話題は出なくなっていた。


「ええ、期待してます」


「任せてシン!!」


 定期的にリハビリと練習はしてるから諦めてはいなようだが以前のようにバスケに全力のような雰囲気は無くなっていた。幸い足の経過は順調で部活をやってないお陰だと医者にも言われたらしい。


「空回りしないか不安です」


「大丈夫、会長はフォローの鬼ですし狭霧先輩なら完璧に守りそうですし」


 霧ちゃんと吉川さんが言う通り狭霧のデビュー戦でも有るから明日は僕も全力でフォローする気だ。


「ふむ、それにしても、この名前どこかで聞いた覚えが……」


 最後のカリンの呟きが気になったが、この日は明日に備えて早期に解散とした上で帰宅する事になった。そして翌日から僕と狭霧に対しても最後の試練が始まった。




「キャアアアアアアアアアアア!! 本物よ本物!!」

「ピギャアアアアアアア!! ユンゲエエエエエ!!」

「イヤアアアアア素敵!! こっち向いてえええ!!」


 朝の朝礼で騒ぎは一部で最高潮となっていた。主に中等部と高等部の一部の女子などの黄色い悲鳴とというよりも絶叫のようなシャウトが響いていた。


「まさか、これほどとは……」


「そうですね私、今日初めて見たんですけど」


 吉川さんが俺の言葉に相槌を打ちながらスマホで調べた結果を聞くと僕らがもらっていた資料とは少し違っていた。デビューしてすぐ女性ファンに手を出していたり、メンバー数名が過激なパフォーマンスでデビュー後すぐ炎上したり割と危険なグループだったようだ。


「吉川さんの言う通り僕が紹介して正解だったよ」


「狭霧先輩を軽んじるわけじゃないですけど荷が重いと思ったんです」


 少し離れて舞台袖にいる仕事の終わった三人を見て頷く。霧ちゃんは中等部だからあくまで音響やマイクの準備などだけで裏方に徹してもらいカリンもその手伝いをしてもらった。


「霧ちゃんは相変わらず優秀だ」


「来年は副会長に推薦します、すぐに!!」


 そんな話をしていると壇上の韓流アイドルは口を開いた。最初は韓国語で何かを喋っていたが僕を含めほとんどの人間は履修していないので分からなかったが笑顔を浮かべていたので大丈夫だと思う。


「実は日本語も少しデキマス」


 その言葉にファンの女子や今の韓国語のトークで盛り上がった生徒たちの歓声が聞こえて一安心だ。予定では韓国語での挨拶など聞いてなかったし内心焦った。しかし気になったのは僕らとは反対の舞台隅にいた七海先輩と仁人先輩の表情だった。


(何が? 何か有ったのか?)


「ワタシはスポーツ出来ます、バスケ部も見たいです、女子のミナサンよろしく」


 バスケ部の女子がキャーキャー騒いでいる。それを聞いて狭霧が苦笑していた。やはり元バスケ部としては複雑な思いなのだろうか。そうこうしているうちに彼の挨拶が終わると思いきや彼は次に歌い出すと言い出した。


「「なっ!?」」


 なぜか曲のイントロまで流れていて音響関係を任せていた霧ちゃんが首を横に振った後に走り出した。カリンも後を追うように走り出すのを確認すると僕は大音量のイントロに負けないように叫んでいた。


「さすがに聞いていない、いいですね!!」


 七海先輩たちが頷くのを確認して僕と吉川さんは前に出た。いくらなんでも、やり過ぎなんだよ留学生。


「そこまで!! ユンゲくん、ストップでお願いします」


「くぁwせdr―――― コジョ!! チュゴラ!!!」


「失礼、韓国語は分からないので日本語で、もしくは英語でお願いします」


 そして音楽も止んでいた。霧ちゃんとカリンの言い争う声が聞こえたから協力者でもいたのだろう。高等部の一部の女子からブーイングが上がるが構わない。


「し、シン~、霧華が上で協力者が放送委員の人を騙して流そうと――――」


「ああっ!! サギー!! 会いたかった!!」


 狭霧を見た瞬間、急に日本語が流暢になった。まさか、こいつもサンジュンさんと同じで日本語が出来るのを隠していたのか? 冷静に考えたらそうだろう。あの人も日本に住んでいたのなら目の前のこのアイドルも喋れて不思議は無いだろう。


「それに何より、私の狭霧に触れようとする時点で敵だ!!」


 狭霧に飛び掛からんばかりに隙だらけになったユンゲの首根っこを掴むと後ろに引き戻す。


「タッテガ!! ――テガリ!! スレギスレギ!! ――ッパリ!!」


「暴れないで下さい!!」


 何とか狭霧の方に行く前に止めたが力が強くて抑えつけるだけで一苦労だ。しかも殺気じみた気配をぶつけて来る物騒さで、とてもサンジュンさんの弟とは思えない粗暴さだった。さらに変化は狭霧の方にも出ていた。


「サギーって……う、嘘……いや、いやああああああああああああ!!」


「狭霧!! くっ、どうなって!?」


 教師陣を呼んで壇上に他の生徒が上がらないように抑えていた吉川さんに変わって放送設備の有る部屋から戻った霧ちゃんとカリンは下の大混乱を見て驚いた後に座り込んで涙目の狭霧を見つけた。


「シン兄ぃ!! 下は大丈夫……って姉さん!? 何が……」


「あ、あいつ、あいつ、なんで、私を……いや、いやっ!?」


「え? この反応……シン兄!! 姉さんがPTSD発症してるから連れて行くね!!」


 PTSDって大げさな……だが実の妹にしか分からない事も有るのかもしれないし狭霧を避難させるのは賛成だ。霧ちゃんとカリンなら安心だろう。


「ホバッ!! ――トライ――――サイコ!! ケセキ!!」


 未だに俺に抑えつけられたユンゲは何か騒いでいるが一部しか聞き取れない。怒り狂っているのは分かるがサッパリだ。しかし霧ちゃんは違ったらしくイラっとした表情を浮かべて叫んでいた。


「は? Bullshit!! ほんと最悪……Son of a bitchサノバビッチ!! カリンさん、姉さん連れて行くんで手伝って下さい!!」


 三人を見送りながら暴れ続けるユンゲをどうするかと一瞬、力を抜いた瞬間、奴は俺を振り払って三人に迫った。しかし甘かった。


「不埒な輩め……お前など、これでじゅうぶんだ!!」


 カリンが向き直ると舞台脇に置かれていたモップの柄を持つと華麗に鳩尾を突いて一発で気絶させていた。




 あの後、多少の騒ぎは有ったがユンゲ本人が保健室に運ばれた事もあって騒ぎは終息した。しかし最悪なデビューをかましたユンゲは間違いなく厄介者だ。ソンさんの弟と聞いて安心していたのに災厄そのものだった。


「よしよし大丈夫だよ……」


「怖かったよぉ、じんやぁ~」


 現在は生徒会室で授業を受けられるような状況じゃない狭霧を慰めている最中で工藤先生や七海先輩が上手く上を抑えてくれた。


「落ち着くまで今日はこうしてても良いけど、家に帰る事も出来るよ?」


「あと少しだけ甘えたら学校頑張る……」


「分かった……じゃあ聞いていいかな、あの留学生と知り合い?」


「うん……」


 狭霧は少し逡巡した後にゆっくりと口を開いた。小さい時の話で僕と出会う前の話だと言うと内容は想像通りだった。


「――――だから怖くて」


「うん、よく話してくれたね、さぁーちゃん偉かったよ、辛かったね」


 狭霧が幼少期、僕の隣の今の家に引っ越す原因となった出会う前の出来事。つまりイジメが有ったのだが、その主犯がソン・ユンゲだと言うのだ。


「勘違い……なんてことは無い?」


「私の事を、『サギー、サギーって詐欺師の日本人の血が入った金髪女』って……他の二人とイジメて来たの……それが怖くて」


 なるほど今さらながら狭霧は髪の毛の事で暴走した事件は何度か存在した。小学校の中学年時に油性マジックで自ら黒く染めようとした時も有った。

 他にも自ら金髪は止めて欲しいと告白した時はつい最近で今は頑張って耐えられるくらいまでなっていたのに余計な人間が来たものだ。


「顔は覚えてないんだよね?」


「うん……でも、あの声のトーンと韓国語は、私……覚えてるもん」


 狭霧を疑う気は無いけど四歳当時の記憶を信用するのは正直難しい。しかし狭霧が嘘を言っているとは思えないし何より狭霧に詰め寄っていたユンゲの顔は尋常じゃなかったから何らかの思惑は有るのは確実だ。


「分かったよ、幸いクラスも遠いし狭霧と霧ちゃんの二人は今回の件から外すって工藤先生にも言っておく」


「でも、いいの?」


「ああ、その代わり生徒会で他の仕事もやってもらうよ、大丈夫だよ狭霧」


 そうだ何があろうと狭霧に付き纏う者がいるのなら僕が守る。もう弱くて情けないボクは居ない。ボクは私と俺の協力を受けて僕になったのだから迷いなんて無いし迷ってる暇なんてどこにも無いのだから。

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