第117話「空白の時間と留学生の影」


「留学生ですか? 二月の初週つまり来週から……また中途半端な時期ですね」


「ええ、まだ一般生徒には言ってませんが韓国の留学生です」


 生徒会室には今、男女含めて三名の人間がいた。僕と引退したはずの七海先輩と仁人先輩だ。


「また韓国か、そういえばソンさんは元気でしょうか三月に来日するらしいですが」


「だから、ちょうど良いと思ってな今度来るのは彼の弟だ」


 仁人先輩が資料を読みながら言った。僕は内心で驚いていたと同時に思い出していた。そう言えば弟がどうとか言っていた気がする。


「だけどサンジュン氏の意向では無くて政府の肝入りなのよ」


 七海先輩が言うには政府とは韓国だけではなく日本政府、つまり日韓両政府からの依頼だという話だ。


「ええ、彼ソン・ユンゲは向こうで売り出し中グループ『南方王位』のメンバーでK-POPを世界に広めるために国策でアイドル活動している最中なのよ」


「国策……まさか国レベルでアイドル支援を?」


「らしいな、かの国は芸能やゲーム産業なども発展が目覚ましいのは国が力を入れているからだろう」


 最初は二人は断ろうとしたらしいが今回の件を受けた場合、七海先輩に喧嘩を売ってきた例の議員とマスコミ関係者に対し政府として対応をすると約束させたそうだ。


「つまり今回の梨香さんのお母さんの件も含めて全て上手く行くと?」


「それだけじゃなくて今後、より一層グループに対して国が協力してくれるそうよ、例の議員はそのための生贄って話でまとまったの」


 そんな裏話が有るから留学生の件は任せると言って帰ってしまった。それから少し後に外回りに出ていた生徒会役員の四人が戻って来た。




「シ~ン~ただいま~!!」


「春日井会長戻りました」


 四人には生徒会の見回りの仕事と同時に校内の簡単な巡回を頼んでいた。カリンに至っては未だに分からない場所が多いからと副会長の吉川さんにお願いしていた。


「おかえり狭霧、あと霧ちゃんも別に家と同じで良いのに」


「公私混同は厳禁、ま、生徒会室だけなら家と同じにしますけどね?」


「ほんと霧華ちゃん救世主です、即戦力ですよ……ほんと」


 吉川さんは去年の夏以降から僕の片腕として頑張っていた。第二人格の俺状態の無茶振りや第三人格の私状態の冷酷なまでに完璧な仕事振りに振り回されていたから霧ちゃんの登場は万感の思いだったのだろう。


「な、何が言いたいの吉川さん!?」


「狭霧よ私が思うに姉より良く出来た妹と言いたいんだと思うぞ?」


「止めてカリン!! 吉川さんだってぼかしてくれてるのに~!!」


 そんな光景を見て笑っていると狭霧はすっかり不貞腐れてしまった。こんな感じで男一人に女生徒四人というハーレム状態だが僕の大好きな恋人は一人だけだ。


「狭霧が居てくれて僕は嬉しいよ一緒に生徒会できて、バイトも家でもいつも一緒にいられて幸せだよ」


「うん!! 私もだよシン!!」


 ぎゅ~っと二人で抱き合うとカリン以外の二人は呆れていた。そのカリンは三郎は抱いてくれないとぶつくさ言っていて不満そうだ。


「さて、さっき七海先輩から留学生の話が来ました」


「留学生?」


「ええ、詳しい話は省きますが吉川さん、去年の留学生マニュアルを三人に、外国人留学生への簡単な対応と当校のスタンスを教えておきたいので」


 吉川さんが奥の棚のマニュアルを数冊持って来て広げると去年の留学生への対応が図解付きで詳しく載せられていた。そして背後で物が落ちる音がして振り返ると別なファイルが床に落ちていた。


「何これ? 去年度、生徒会による一部生徒への制裁及び制圧の極秘ファイル!?」


「これって私も閲覧が禁止って言われてた例の『暴力会計事件』の!?」


 霧ちゃんと吉川さんがファイルを拾い上げると読み上げて僕だけは渋い顔をする。去年の僕が私だった頃の出来事だ。涼学始まって以来の乱闘事件で一般生徒も含め緘口令が敷かれた事件だった。


「あ、それ詳細は一切非公開だったよね、私も一年で最初から知らなかったけど」


「ええ、あれは僕の第三の実験で狭霧には特に入念に隠蔽されたんです」


 そう、あれは仁人先輩と七海先輩に拉致された後、第二人格が封印されたという体で暗示にかかったと思い込んでいた時。本当は一人しか居ないのに勝手に三人分を演じた練習期間の話だ。


「そうだったんだ……」


「まあ今はその話は良いとして問題は、こちらです」


 そこで再び留学生の話に戻すと狭霧は僕の顔を見ながら少し不安そうな顔をしていた。だけどボクは最後まで気付かないフリをした。




「ね? シン、さっきの話って今は聞いても良いの?」


「うん、やっぱり気になる?」


 帰宅後、今日は狭霧の部屋で過ごしていた。二人でベッドに腰掛けて話していた時に先ほどの学院での話題が自然と出る。


「吉川さんも言ってた暴力会計の事件ってやつだよね?」


「ええ、長谷川先輩っていう卒業した先輩が起こした事件で去年の一学期の話さ」


 去年の四月の終わり僕の第三人格を完璧にするために行われた最後の試験。その出来事もあって僕は狭霧に関わる事が極端に減っていた。


「私、その時の話知らないからシンの過去……知りたい」


「第三の僕も色々有ってね、今思えば拗らせてただけなのに当時は必死でさ」


「そっか」


 あとは先輩たちに例の誓約、狭霧を巻き込まないというものを厳守してもらった影響で狭霧にだけは話が行かないようにしてもらっていた。


「だからバスケ部や体育館を使う部活は蚊帳の外にしてもらった」


「それも私を守るため?」


 そうなると答えると狭霧は悲しそうな顔をした。あの時はまだ自分が多重人格だと思い込んでいたし第三人格と思い込んでいた私も狭霧を巻き込みたくない一心で動いていた。


「当時は僕が完全に安定していないし記憶も曖昧で不完全だったからね」


「一年の時、一度だけ遠くからシンを見たんだ……夏休み明けに、でもシンは生徒会で働いてて別人で、もう私とは世界が違うって、だから部活で頑張ろうって、でも話したかった、今頑張ってるよって言いたかった」


「ごめんね、僕が変に拗らせたから狭霧に寂しい思いをさせた」


「そんなの私の自業自得だよ、でも私のせいでシンが辛い目に遭ってたのだけは許せない……自分自身を」


 狭霧をまた落ち込ませてしまった。こういう時、昔は頭を撫でるのが一番効いてたけど最近はもっと効果的な方法を知っている。


「そっか、じゃあ罰を与えなきゃね? さ、おいで狭霧」


「え? でもそれ罰にならないよ? それにシンママにもエッチはダメって……」


 狭霧を抱きしめながら愛を囁き、そのまま行為に突入するパターンだ。最近はこんな事ばかりしているから霧ちゃんには盛りの付いた猿だと言われるが構わない。


「だから罰になるんだよ、ダメって事を僕は強要してるんだ、来て、さぁーちゃん」


「そ、そうだよね!! こ、これは罰だよね!! シン、今日も優しく――――」

「させませんよ!! 毎晩毎晩盛ってて寝不足なんですよ!! こっちは!!」


 そして隣の部屋で聞き耳を立ててた霧ちゃんがドアを蹴破って乱入する。霧ちゃんには本当に迷惑をかけている自覚は有るけど狭霧を抱きしめる腕は緩めない。


「き、霧華ぁ!! 私はこれからシンとエッチするの!! 邪魔しないで!!」


「少しは隠せバカ姉!!堂々とし過ぎなのよシンママ呼ぶわよ!!」


「仕方ない狭霧、霧ちゃんも来ちゃったし、お預けだ」


「まるで私が悪いみたいに言わないでよ、シン兄ぃ!?」


 そんな話をしている内に夕飯だからと僕らは下に降りると当たり前のように僕の両親も下の階にいた。そして霧ちゃんが即座に告げ口をする。


「信矢あんたねえ……」


「仲が良いのは良いんだが本当に子供が出来るぞ、この年で孫はまだ……な?」


 母さんは怒りを通り越し呆れ父さんは複雑そうな顔でしどろもどろになっている。意外と父さんは奥手なんだよな、こういう時は特にね。


「母さん……そして父さん、言い訳はしません、ですが狭霧の美しさが僕を狂わせるんです!!」


「どうも魔性の女で~す、えへっ!!」


「うちの娘がすいません、せんぱ~い」


 そして狭霧が隣で奈央さんと母娘で「イェイ」とハイタッチして火に油を注いでいた。母さんの堪忍袋の緒は既に三回以上切れてるらしい。


「奈央ぉ……霧華ちゃんもごめんなさいね、家のバカ息子が」


「いえ、ママと姉も、そして今は居ない父も揃ってアレですから」


 本当に霧ちゃんだけ毛色が違う。むしろ彼女こそが母さんの娘と言われても違和感が無いレベルだ。そんな感じでリアムさんが帰宅して夕食を食べた後に当たり前のような顔をして狭霧は隣の我が家に付いて来た。




「そういえば思い出したんだけどシンって入学式の時に母さんとアプリのID交換したり色々してたよね?」


 あの時は両家の母親が僕と狭霧を会わそうと必死だったが幸か不幸か僕らは偶然にもニアミスしていた。


「私、バスケの特待生だったから部活に行ったんだよね、すぐに」


「頑張ってたからね、偉いよ狭霧」


「だって信矢との約束だったから……」


 第二人格を無意識に演じていた説教され狭霧は少しでも依存しないように努力した。それは僕が他の二人を演じていた時にも痛いほど感じている。


「本当に頑張ったね……だから当時の私は狭霧を巻き込みたくなかった」


 簡単に事件の内容を話すと長谷川先輩は、とある事件で怪我を負って空手の全国大会出場を逃し荒れた。そして最後は空手部と柔道部の乱闘騒ぎを誘発させようとしたのだ。


「それを止めたのがシンだったの?」


「うん、僕にも関係の有る話だったからね」


「え? でもシンはその時って入学して一ヶ月も経ってないよね?」


 狭霧の言う通り当時は高校一年で長谷川先輩とは初対面だった。だけど彼の怪我の原因の一端に僕は関係していた。


「長谷川先輩は空見澤で過去に開かれていたケンカの集まりに憧れて出場したいと考えていたけど参加が出来なかったんだ」


「ケンカの集まり?」


「その集まりの行われた場所は、今は駅前の北口になってるんだ」


「そ、それってシンが秋津さんや愛莉さんと戦ってた格闘技の!?」


 狭霧の言う通り僕が俺として覚醒したもとい自分を守るために騙し始めた場所、僕が実戦を積んだ戦いの場だ。僕は狭霧の言葉に頷いて話を続ける。


「工事現場を隠れ蓑にした格闘技大会、決まった曜日の夜から始まって深夜も続く狂乱の宴……長谷川先輩はどこからか知ったらしい」


 しかし彼が参加する前に大会は終わってしまった。僕が須藤と死闘を制し七海先輩が飽きてしまったから宴は終わったのだ。


「そこで終われば良かったんだけど長谷川先輩は当時の参加者を襲い始めたんだ、参加出来なかった憂さ晴らしにね、八つ当たりさ」


「え、それって……シンも!?」


「いや、僕は当時は有名じゃないから狙われなかった」


 当時の僕の最高ランクはDリングで知名度は他のメンバーより圧倒的に低い。しかしA、B、Cの上位三つリングとなると話は別だ。そして当時のCリングで上位争いをしていたのは甲斐零音、レオさんだった。


「じゃあ、まさか……」


「ああ、レオさんと真莉愛さんをデート中に襲ったらしい、それでキレたレオさんが手加減無しでボコボコにして全治三ヶ月の怪我を負わせたんだ」


 しかし通行人をいきなり襲い挙句、他の通行人たちが見ている前で負けて病院送りで停学となり当然、大会は夢のまた夢となってしまった。


「あ~……それは自業自得だね」


 レオさんも更生中だったから鬱憤が溜まっていたんだろう。後で聞いたが覚えて無かったらしいから相手にならなかったに違いない。


「僕は正直、アニキや竜さんじゃなくて良かったと思うよ二人なら怪我じゃなくて再起不能にしてただろうから」


「確かに、汐里さんに手を出されたら竜人さん止まら無さそうシンと同じで」


「それは当然、実際あの先輩が次は体育館を襲撃しようとしたから僕が本気を出さざるを得なくなったし」


 だから長谷川先輩は最後は涼学で同じ大会をしようとした。その目論見は空手部と柔道部の大多数の部員を巻き込み互いに殴り合いの戦いに発展させようとして後一歩の所まで来ていた。


「でも、それをシンが止めたんだよね?」


「ええ、空手部と柔道部それと何個か別な部活動の人間も込みで約九十名を乱取り形式で無力化しました、もちろんを怪我をさせずにね」


 そして七海先輩と仁人先輩の二人が後から来ると宣言した。


『彼、春日井信矢は生徒会の暴力装置です』

『ワンマンアーミーのようなものだ諸君、我が生徒会の会計はな?』


 そこから付いた僕の不名誉なあだ名は『暴力会計』スポーツ科の上級生、特に直接倒された当時の二年生や三年生は恐怖の対象として僕を見るようになり噂が噂を呼び有名になった。

 これが暴力会計事件の詳細で、話をしていたら狭霧が眠そうに肩に頭を預け舟をこぎ始めたので今日は僕の部屋で眠る事になった。

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